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 俺は、目の前でソーセージを噛み切るイガリさんを見つめる。
 
 グンシさんは、端正な見た目を裏切るように盛大に食べる人だ。
 決して下品ではないが、大口を開けて、がつがつと食べる。見ていて気持ちのいい食べ方だ。
 しかし、そんな綺麗な顔でそんなものにかぶりつかないでほしい。
 
 なんていうか、エロい。
 
 ベタなネタだが、俺は健康な20代男子なので、想像力も豊かだ。
 昼の定食にソーセージなんて出した厨房のコックを恨みたい。
 イガリさんが唇についた脂を舌で舐めとるので、俺は悶絶しそうになる。

 慌ててアイスティーを飲み乾す俺を、グンシさんが楽しそうに見ている。
 普段からあまり食事をしないという彼の皿はまだ半分も減っていない。

「テオは、イガリのどこが好きなのかな?」

 グンシさんの唐突な質問に、俺は即答する。

「男らしくてカッコいいところです。勿論、見た目も大好きですけど」
「へええ」

 グンシさんは目を細めた。

「君、よく見てるね」
「当たり前です! 出来れば一日中見ていたいです!」

 力絶してイガリさんを見ると、額を手で押さえて俯いている。

「なんなんだ、昼間の食堂でこの会話は。テオ、慎め。グンシ、あなたもけしかけないで下さい」
「でも本当のことです!」

 俺が言い募ると、イガリさんは溜め息をついた。
 その頬と耳が少し赤くなっている。可愛い。

「そういうのは二人の時に言ってくれ」
「二人の時ならいいんですか?」
「っ。言葉の綾だ」

 イガリさんは言葉に詰まり、そっぽを向いてしまう。
 
 あー、もう、本当、この人可愛いわ。 
 
 デレていると、グンシさんが立ち上がった。

「はいはい、ご馳走様。昼休み終わるから先行くわ。イガリ、明後日の参謀長会議の資料は準備出来ているな」
「はい。今、作戦幕僚に照会中です」

 答えたイガリさんは仕事モードのクールな声だ。

「明日までに決裁を取ればいいから、今夜は定時で上がっていいよ」
「しかし、他にも仕事は山ほど」
「上官命令だ。たまにはその小僧に付き合ってあげなよ」

 颯爽と立ち去るグンシさんに、俺は心の中で合掌した。



 一日の作業が終わって、職人を先に返した頃には、陽はとっぷり暮れていた。
 俺は急いで身支度を整え、イガリさんの仮の執務室を訪れた。

「お疲れ様」
「お疲れ様です」

 互いに一日の仕事を労い、イガリさんが注いでくれたワインで乾杯する。
 デザイア帝国の夜は夏でも肌寒い。
 冷えた身体をアルコールが温めてくれる。

「どうする? 外に食事でも行こうか?」

 イガリさんが聞いた。
 イガリさんは、窓の前で壁にもたれかかるようにして立っている。
 すらりとした軍服姿で、ワイングラスを持つイガリさんは古代の彫刻のように美しい。
 ランプと月光が混じり合って、部屋はぼんやりと明るい。

 今のこの光景をモザイク画に映し取れたらどれほど幸せだろう。
 俺は飲み干したワイングラスをサイドテーブルに置いて、イガリさんに近づいた。

「それ、意地悪で言ってます?」
「何が?」

 イガリさんが上目遣いに見てくる。
 無意識の色気。タチが悪い。
 その手からグラスを取りあげて脇に置くと、俺はイガリさんに口づけた。
 キスの合間に囁く。

「さっき、作業室に警備員が来て、俺の立入時間の延長、イガリさんが申請してくれたって聞きました」
「念のためだ」
「念のため、朝まで申請してくれたんですか?」
 
 抱きしめて耳元に甘く囁くが、返事が返ってこない。
 引かれたかと思って顔を見ると、イガリさんは真っ赤になっていた。
 
 え。
 
 俺は、視線を逸らすイガリさんの顔を思わず凝視してしまう。

 やばい、なんだこれ、可愛い。可愛すぎる。
 今すぐ押し倒して、貫いて、めちゃめちゃにしたい。
 どろどろに溶けるまで。
 この細い身体が壊れるまで。
 下半身に一気に熱が溜まる。

「確認なんですけど、これはつまりお試し期間は終了したってことでいいんでしょうか」
 
 イガリさんは俺の胸元に顔を埋めると、消えそうな声で呟いた。

「いちいち聞くな」

 その時。
 俺は、理性が飛ぶ音というものを初めて聞いた。 
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