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 浅い眠りとセックスを交互に繰り返しているうちに、窓の外は白み始めていた。

 イガリさんはうつ伏せの姿勢で眠っている。
 その白い肌には俺がつけた赤い跡が数えきれないほど散っている。
 イガリさんの身体にシーツをかけなおすと、俺は盥の水で身体を拭き、服を着た。

 廊下を出て食堂へ向かっていると、正面からグンシさんが歩いてきた。
 後ろを歩く2人の年嵩の軍人に何やら小言を言っているようだ。
 まだ朝の6時前だ。
 この人達はこんな時間から働いているのか。
 
 グンシさんは俺を認めると、片眉を上げた。

「こんなところでどうしたんだい」
「その」

 言い淀む俺の耳元の匂いを少し嗅ぐと、グンシさんは声を潜めた。

「お楽しみだったみたいだね。困りごと?」

 この人に隠し事は出来ない。俺は正直に言った。

「その、新しいシーツと水が欲しくて」
「そのへんの下士官に言えばいい。イガリの要望だと言えばすぐに持ってくる」
「駄目です」
「は?」
「イガリさん、今すごくあられもない姿だから、誰にも見せたくない」

 思わず口走ってしまう。
 いつものように意地悪に爆笑されるかと思ったが、グンシさんはふむと頷くと、少し待っててと言って足早に去っていく。

 2人の軍人は何事かと俺をじろじろと見ていたが、グンシさんが自らシーツと水差しを抱えて戻ってくると、ぎょっとした顔をした。

「グンシ殿! あなたがそのようなことをなさらずとも」
「うるさい。もういいから行け」

 グンシさんは顎先だけで2人を追いやった。
 その仕草と声色はイガリさんや俺にはすることがないぞんざいなもので、俺はひやりとする。

「はい、これ」

 俺はシーツと水差しを受け取ると、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 部屋へ戻ろうとする俺に、グンシさんが唐突に言った。

「イガリを傷つけたら、ボクは君を殺すよ」

 その指が自分の首を掻っ切るように動く。
 戯れの会話ではなく、本気だった。
 俺は居住まいを正して頷いた。

「はい。傷つけません」
「何故だか分かるか」
「イガリさんが大事だから、ですか」

 イガリさんとグンシさんは、嫉妬したくなるほどに互いのことを理解して、信頼し合っている。
 その関係は、上司と部下の範疇を超えて、戦友に近いのだとイガリさんが言っていた。

「違う」

 グンシさんは否定すると、俺を真正面から見据えた。
 ぞっとするような目だ。

「イガリがこの国のために必要な人間だからだ。ボクは、家族にも友人にも恋愛にも興味がない。
 欲しいのはこのデザイア帝国の繁栄だけだ。そのためにはなんだってする。文字通り、なんでもだ」

 俺は静かにグンシさんの話を聞く。

 吹きさらしの廊下は、早朝の冷気と砂漠の砂が舞っている。
 夜と朝の境目の砂漠は幻想的に美しい。
 水にも森にも肥沃な大地にも恵まれず、荒涼としたこの国の、数少ない美しい情景だ。

「皇帝も閣僚連中もロクでもないが、この国の軍隊は捨てたもんじゃない。イガリは中でも優秀な軍人で、この国の発展のために必要な人材だ。あいつはくそ真面目な石部金吉だが、その分繊細だ。恋愛で傷ついたら、仕事に手がつかないほど落ち込むだろう。
 この大事な時期にそんなことになっては国の進退に関わる。だから、君も覚悟しておけ」
 
 怖いことを言われているのに、不思議と怖くはなかった。
 グンシさんのことを、得体が知れなくて底が見えないと思っていたけれど、違った。
 この人はとてもシンプルだ。
 だから、理解することができる。

「はい。肝に銘じておきます」
「ホントに分かってるのかな」

 愚直な俺の返事に、グンシさんは薄く笑う。

「分かっていると、思います。俺も、自分が理想とするモザイク画を描く才が手に入るなら、なんだってやる。悪魔にだって魂を売るかもしれない」
「良い答えだ」

 グンシさんは強く頷くと踵を返して去っていく。一度だけ振り返って釘を刺した。

「翌日の仕事に支障を来たすような激しいセックスも禁止だからな」
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