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05:1度目のキス
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「動物好きだからって、撮りすぎだろ」
航平は突っ込むが、自分とは違う視点で撮られた写真の数々は見ていて面白い。
数十枚に及ぶワニの写真が終わると、今度はイエローウォーターの空を羽ばたく鳥の群れが映った。
実物には到底及ばないが、空と水のグラデーションが幻想的な美しい写真だ。
数時間前の感動が胸を過ぎった。
「あの時さ、あんたが、全部どうでもよくなるって言っただろ。俺もまったく同じこと思ってた時だったから、びっくりした」
横に座る有馬を見ると、不意に目が合った。
きらきらの男前がバスローブなんか着ているものだから、映画の中の俳優みたいだ。
ほろ酔いで、こんなふうに見つめられたら女だったら絶対オチるな、なんて呑気に考えていると、有馬の顔が近づいてくる。
「え、なに」
今度はなんのからかいだろうと笑っていると、有馬の顔は数センチ前で止まった。
キス寸前の距離だ。
「してもいい?」
有馬がひそやかに尋ねた。
「何、を」
「この体勢で、キス以外にすることある?」
「なんで」
「君を好きになったから」
有馬は至極真面目な顔つきだ。からかっているふうでは絶対にない。
ゲイなのは分かったけど、この展開は、ない。
「悪いけど、俺は男には興味ないです」
動揺で敬語になってしまった。
「ガールフレンドはいる?」
「今はいないけど、男は無理」
「してもないのに無理かなんて分からないよ」
それは一理あるのか。いや、ないだろ。
てか、本当に顔がいいな、こいつ。いや、だからそうじゃなくて。
「襲わないって言っただろ」
「だから、してもいい?って聞いてるんだよ。本当に、心の底から、どうしても無理で、絶対に嫌なら、そう言って」
有馬は一語一語区切って、諭すように言う。話す度に有馬の息が唇に触れてむずがゆい。
どうしても無理かだって?
無理だろ。だって男だぞ。けど、絶対に嫌かって言われると。
っつうか、この距離が恥ずかしすぎて頭が回らん。
「なんでも試してみるんでしょ」
声は静かに甘くて。覗き込んでくる瞳は色素が薄くて。
するりと頬を撫でられ、背筋がぞくりと震えた。
「っ…」
逃げたいのに、目が逸らせない。とにかく早く離れないと。
ああ、もうっ!
航平は目を閉じると、逃げたい一心で有馬の唇に素早く口づけた。一瞬だけ触れてすぐに離れる。
「これでいいだろ、もう離れろよ……んっ」
押しのけようと伸ばした手首を絡めとられ、強く引き寄せられる。言いかけた言葉は有馬の口に飲み込まれた。唇が深く合わさってくる。
「ん、やめっ…」
抗議しようと開いた唇の隙間から、舌が滑り込んでくる。ワインとオレンジの香りが鼻をついた。
逃れようとするが、後頭部を固定されて頭が動かせない。
器用な舌は的確に口の中を暴き、歯列をなぞる。天井を執拗につつから、ぶるりと身体が震えた。
くちゅくちゅという水音に頭がくらくらする。
頭がぼーっとして、力が入らない。
っつーか、まずい。気持ちいい。
腰が抜けて、身体を支えていられない。
ベッドから滑り落ちる、と焦った瞬間、唇は離れて、有馬が両脇を支えてくれた。
「有馬あ、俺、やめろって言ったよな」
体勢を立て直して息も絶え絶えに睨むが、有馬は悪びれずに素敵にウィンクを飛ばしてきた。
「でも気持ちよかったでしょ」
「ふざけんなっ! 今度したら殺す」
「君、怒り方が猫みたいだよね」
「うるさい!」
「それより、下、大丈夫?」
「は?」
有馬の指先は航平の下半身を指している。股間を見下ろすと、完全に勃っている。柔らかい生地のスエットを穿いているので、勃ち具合が丸わかりだ。
「嘘だろ」
股間をクッションで隠して、呆然と呟いた。
ショックだ。ショックすぎる。なんで反応してんだよ、俺のジュニア。
「手伝ってあげようか?」
有馬がちろりと舌を出してみせる。なんのジェスチャーか恐ろしくて想像したくもない。
こいつ、なんか性格変わってないか。
「間に合ってる! トイレ行くから、その間に帰れよな!」
「それは残念」
有馬は余裕の表情で、航平が投げつけたクッションを受け止めた。
処理に数十秒、頭を冷やすのに10分、ショックから立ち直るのに15分。
バスルームから出ると、有馬は本当にいなくなっていた。
バスローブは綺麗に折りたたまれ、テーブルにはメモが一枚。
「ありがとう。とても楽しかった。また近いうちに。有馬」
ブルーブラックのインクで書かれた丁寧な文字を、航平は苦々しく読み上げた。
「何が近いうちにだよ」
思えば連絡先も何も交換していない。
有馬はこの後もオーストラリアを周遊すると言っていたし、航平は明日の便で帰国する。
いい奴だし、友達になって、日本に帰ってもつるめたらなんて思っていたのに。
これじゃあ、やり逃げだ。いや、ヤってはないから、キス逃げなのか。そんな言葉ないか。
自分から帰れって怒鳴ったくせにいなくなっているのが妙に寂しくて。
腹は立つのに、もう会うこともないのかと思うと息苦しくて。
その夜は寝付けなかった。
航平は突っ込むが、自分とは違う視点で撮られた写真の数々は見ていて面白い。
数十枚に及ぶワニの写真が終わると、今度はイエローウォーターの空を羽ばたく鳥の群れが映った。
実物には到底及ばないが、空と水のグラデーションが幻想的な美しい写真だ。
数時間前の感動が胸を過ぎった。
「あの時さ、あんたが、全部どうでもよくなるって言っただろ。俺もまったく同じこと思ってた時だったから、びっくりした」
横に座る有馬を見ると、不意に目が合った。
きらきらの男前がバスローブなんか着ているものだから、映画の中の俳優みたいだ。
ほろ酔いで、こんなふうに見つめられたら女だったら絶対オチるな、なんて呑気に考えていると、有馬の顔が近づいてくる。
「え、なに」
今度はなんのからかいだろうと笑っていると、有馬の顔は数センチ前で止まった。
キス寸前の距離だ。
「してもいい?」
有馬がひそやかに尋ねた。
「何、を」
「この体勢で、キス以外にすることある?」
「なんで」
「君を好きになったから」
有馬は至極真面目な顔つきだ。からかっているふうでは絶対にない。
ゲイなのは分かったけど、この展開は、ない。
「悪いけど、俺は男には興味ないです」
動揺で敬語になってしまった。
「ガールフレンドはいる?」
「今はいないけど、男は無理」
「してもないのに無理かなんて分からないよ」
それは一理あるのか。いや、ないだろ。
てか、本当に顔がいいな、こいつ。いや、だからそうじゃなくて。
「襲わないって言っただろ」
「だから、してもいい?って聞いてるんだよ。本当に、心の底から、どうしても無理で、絶対に嫌なら、そう言って」
有馬は一語一語区切って、諭すように言う。話す度に有馬の息が唇に触れてむずがゆい。
どうしても無理かだって?
無理だろ。だって男だぞ。けど、絶対に嫌かって言われると。
っつうか、この距離が恥ずかしすぎて頭が回らん。
「なんでも試してみるんでしょ」
声は静かに甘くて。覗き込んでくる瞳は色素が薄くて。
するりと頬を撫でられ、背筋がぞくりと震えた。
「っ…」
逃げたいのに、目が逸らせない。とにかく早く離れないと。
ああ、もうっ!
航平は目を閉じると、逃げたい一心で有馬の唇に素早く口づけた。一瞬だけ触れてすぐに離れる。
「これでいいだろ、もう離れろよ……んっ」
押しのけようと伸ばした手首を絡めとられ、強く引き寄せられる。言いかけた言葉は有馬の口に飲み込まれた。唇が深く合わさってくる。
「ん、やめっ…」
抗議しようと開いた唇の隙間から、舌が滑り込んでくる。ワインとオレンジの香りが鼻をついた。
逃れようとするが、後頭部を固定されて頭が動かせない。
器用な舌は的確に口の中を暴き、歯列をなぞる。天井を執拗につつから、ぶるりと身体が震えた。
くちゅくちゅという水音に頭がくらくらする。
頭がぼーっとして、力が入らない。
っつーか、まずい。気持ちいい。
腰が抜けて、身体を支えていられない。
ベッドから滑り落ちる、と焦った瞬間、唇は離れて、有馬が両脇を支えてくれた。
「有馬あ、俺、やめろって言ったよな」
体勢を立て直して息も絶え絶えに睨むが、有馬は悪びれずに素敵にウィンクを飛ばしてきた。
「でも気持ちよかったでしょ」
「ふざけんなっ! 今度したら殺す」
「君、怒り方が猫みたいだよね」
「うるさい!」
「それより、下、大丈夫?」
「は?」
有馬の指先は航平の下半身を指している。股間を見下ろすと、完全に勃っている。柔らかい生地のスエットを穿いているので、勃ち具合が丸わかりだ。
「嘘だろ」
股間をクッションで隠して、呆然と呟いた。
ショックだ。ショックすぎる。なんで反応してんだよ、俺のジュニア。
「手伝ってあげようか?」
有馬がちろりと舌を出してみせる。なんのジェスチャーか恐ろしくて想像したくもない。
こいつ、なんか性格変わってないか。
「間に合ってる! トイレ行くから、その間に帰れよな!」
「それは残念」
有馬は余裕の表情で、航平が投げつけたクッションを受け止めた。
処理に数十秒、頭を冷やすのに10分、ショックから立ち直るのに15分。
バスルームから出ると、有馬は本当にいなくなっていた。
バスローブは綺麗に折りたたまれ、テーブルにはメモが一枚。
「ありがとう。とても楽しかった。また近いうちに。有馬」
ブルーブラックのインクで書かれた丁寧な文字を、航平は苦々しく読み上げた。
「何が近いうちにだよ」
思えば連絡先も何も交換していない。
有馬はこの後もオーストラリアを周遊すると言っていたし、航平は明日の便で帰国する。
いい奴だし、友達になって、日本に帰ってもつるめたらなんて思っていたのに。
これじゃあ、やり逃げだ。いや、ヤってはないから、キス逃げなのか。そんな言葉ないか。
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