137 / 277
壊れかけの人形
薄暗い部屋の中で、時間の感覚はとっくに溶けていた。
何日が、何ヶ月が過ぎたのかも、もう分からない。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。
扉が軋む音がして、誰かが来て、何かを腕に押し当てられる。
それだけが、世界とつながっている合図だった。
奏多は天井を見つめる。
黒い染みが、ゆっくり形を変えていくように見える。
雲みたいだ、と思った次の瞬間、その考えすら遠くへ流れていった。
たまに、扉が開いて、外の空気が入る。
その時だけ、足元に光が落ちる。
陵たちの気分がいい時だけ、ほんの少し外へ出してもらえる。
けれど、眩しさに目を細めるほどの力も、もう残っていなかった。
外に出すと言っても、例の部屋でそういう行為をさせられるか、ストレスの発散道具にさせられるか、人が死んでいく姿を見届けるだけ。
声をかけられても、返事が遅れる。
怒られても、叩かれても、心が動かない。
悲しみも、恐怖も、どこか別の場所に置き去りにされたみたいだった。
ただ、胸の奥に、小さな火種みたいなものが残っている。
名前を呼ぶ声。
温かい手の感触。
笑い合った日々。
――忘れたくない。
そう思うのに、その思いさえ、指の隙間からこぼれ落ちていく。
奏多は、壊れかけた人形みたいに、静かに壁にもたれたまま、
暗闇の中で、ただ呼吸だけを続けていた。
****
扉の向こうで、金属が擦れるような音がした。
奏多は反射的に肩をすくめる。でも、その動きさえ、どこか遅れている。
重たい扉が開き、冷たい空気が流れ込んできた。
影が二つ、床に伸びる。
朔弥が先に足を踏み入れる。視線だけで部屋をなぞり、奏多の姿を見つけると、わずかに眉をひそめた。
その後ろから陵が入ってくる。相変わらず、口元には薄い笑みが貼りついたままだ。
「……生きてる?笑」
陵の声が、やけに明るく響く。
奏多は返事をしない。しないというより、できない。視線は床に落ちたまま、ただ呼吸だけが、浅く続いている。
朔弥が一歩近づく。
靴音が、やけに大きく聞こえた。
「名前、呼んでみるか」
陵がそう言って、奏多の前にしゃがみこむ。
視線の高さを合わせようとするけれど、奏多の目は、相手を映さない。
「奏多」
その声に、指先がほんのわずかに動いた。
それだけ。
陵はそれを見て、満足そうに息を吐く。
「よかった、死んだかと思ったわ。笑
な、何も考えないのは楽やろ?|」
「綺麗なお人形さんやな~。」
そう言って冷たい手で奏多の傷だらけの頬を撫でる。
朔弥は何も言わず、壁にもたれたまま、腕を組む。
視線だけが、鋭く奏多を追っていた。
部屋の中には、重たい沈黙が落ちる。
奏多は、その空気に包まれながら、遠くで誰かが自分を呼んでいるような、そんな気配だけを感じていた。
でも、その声が、誰のものかは、もう分からなかった。
何日が、何ヶ月が過ぎたのかも、もう分からない。
朝なのか、昼なのか、夜なのか。
扉が軋む音がして、誰かが来て、何かを腕に押し当てられる。
それだけが、世界とつながっている合図だった。
奏多は天井を見つめる。
黒い染みが、ゆっくり形を変えていくように見える。
雲みたいだ、と思った次の瞬間、その考えすら遠くへ流れていった。
たまに、扉が開いて、外の空気が入る。
その時だけ、足元に光が落ちる。
陵たちの気分がいい時だけ、ほんの少し外へ出してもらえる。
けれど、眩しさに目を細めるほどの力も、もう残っていなかった。
外に出すと言っても、例の部屋でそういう行為をさせられるか、ストレスの発散道具にさせられるか、人が死んでいく姿を見届けるだけ。
声をかけられても、返事が遅れる。
怒られても、叩かれても、心が動かない。
悲しみも、恐怖も、どこか別の場所に置き去りにされたみたいだった。
ただ、胸の奥に、小さな火種みたいなものが残っている。
名前を呼ぶ声。
温かい手の感触。
笑い合った日々。
――忘れたくない。
そう思うのに、その思いさえ、指の隙間からこぼれ落ちていく。
奏多は、壊れかけた人形みたいに、静かに壁にもたれたまま、
暗闇の中で、ただ呼吸だけを続けていた。
****
扉の向こうで、金属が擦れるような音がした。
奏多は反射的に肩をすくめる。でも、その動きさえ、どこか遅れている。
重たい扉が開き、冷たい空気が流れ込んできた。
影が二つ、床に伸びる。
朔弥が先に足を踏み入れる。視線だけで部屋をなぞり、奏多の姿を見つけると、わずかに眉をひそめた。
その後ろから陵が入ってくる。相変わらず、口元には薄い笑みが貼りついたままだ。
「……生きてる?笑」
陵の声が、やけに明るく響く。
奏多は返事をしない。しないというより、できない。視線は床に落ちたまま、ただ呼吸だけが、浅く続いている。
朔弥が一歩近づく。
靴音が、やけに大きく聞こえた。
「名前、呼んでみるか」
陵がそう言って、奏多の前にしゃがみこむ。
視線の高さを合わせようとするけれど、奏多の目は、相手を映さない。
「奏多」
その声に、指先がほんのわずかに動いた。
それだけ。
陵はそれを見て、満足そうに息を吐く。
「よかった、死んだかと思ったわ。笑
な、何も考えないのは楽やろ?|」
「綺麗なお人形さんやな~。」
そう言って冷たい手で奏多の傷だらけの頬を撫でる。
朔弥は何も言わず、壁にもたれたまま、腕を組む。
視線だけが、鋭く奏多を追っていた。
部屋の中には、重たい沈黙が落ちる。
奏多は、その空気に包まれながら、遠くで誰かが自分を呼んでいるような、そんな気配だけを感じていた。
でも、その声が、誰のものかは、もう分からなかった。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
灰の底で君に出会う
鮭茶漬け
BL
両親を亡くした高校生、神崎透は叔母の家に引き取られて暮らしている。しかしその家は、家族と呼べる場所ではなかった。家事、雑用、そしてバイト。どれだけ働いても感謝されることはなく、透は「穀潰し」と呼ばれながら日々を過ごしていた。
それでも透は思っている。ここに置いてもらえるだけでありがたい、と。
これは――居場所を持たなかった少年が、初めて愛を知るまでの物語。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件
月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。
翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。
「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」
逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士
貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!
春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―
猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。
穏やかで包容力のある長男・千隼。
明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。
家事万能でツンデレ気味な三男・凪。
素直になれないクールな末っ子・琉生。
そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。
自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。