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日常①
昼の医務室は、意外とにぎやかだった。
といっても騒がしいわけじゃない。
廊下からかすかに聞こえる足音や、誰かの笑い声。
以前の奏多なら、その音にびくっとしていたかもしれない。
でも今は、ただ静かに耳を傾けている。
ベッドの上ではなく、今日は簡易ソファに座っていた。
足のリハビリの一環で、座る時間を増やしている。
愛斗はカルテを書きながらちらっと見る。
「顔色いいね」
「ほんとですか?」
少し嬉しそうな声。
奏多は手元のマグカップを両手で持っている。
ちゃんと持てている。
少し震えはあるけど、落とさない。
湯気がふわっと立ちのぼる。
「……あの」
奏多がきょろっと室内を見回す。
棚には薬品、簡易手術台、点滴スタンド、心電図モニター。
小さな病院みたいだ。
「なんで、こんなに設備整ってるんですか?」
素直な疑問。
愛斗は一瞬、手を止める。
それから、苦笑い。
「あー……」
後頭部をぽりっとかく。
「よく怪我する人が多くてねー、ここ」
軽い口調。
でも事実。
廊下の向こうから「痛っ!」という声が聞こえる。
愛斗は肩をすくめる。
「ほら、今も」
奏多は目をぱちぱちさせる。
「……そんなに?」
「まあ、ぶつかったり転んだり、ちょっと無茶したり」
わざとぼかしているのはわかる。
でも、深くは言わない。
奏多も、無理に聞かない。
少し考えてから、くすっと笑う。
「大変ですね」
「ほんとにねー。だから俺の仕事なくならないの」
愛斗も笑う。
その空気が、やわらかい。
そこへ、霧島が顔を出す。
「何笑ってる」
低い声。
奏多は自然にそっちを見る。
「医務室、すごいですねって話してました」
霧島は室内を一瞥する。
「必要だからある」
それだけ。
でも、少し誇らしげにも聞こえる。
愛斗が横からにやっとする。
「頭がね、金かけるんだよこういうとこ」
霧島がじろっと見る。
「黙れ」
でも本気で怒ってはいない。
奏多はそのやり取りを見て、また小さく笑う。
その笑顔が、前より自然だ。
午後は、屋上に少しだけ出ることになった。
風が気持ちいい。
柵の近くまでは行かない。
ただ、空を眺めるだけ。
「……広い」
奏多がぽつりと言う。
まるで別世界。
霧島は隣に立つ。
距離は近すぎない。
でも、遠くもない。
「焦らなくていい」
低い声。
奏多はうなずく。
「はい」
それから、少しだけ迷って。
「……ここ、あったかいですね」
場所のことか、人のことか。
どっちとも取れる言い方。
霧島は答えない。
でも、ほんのわずかに目を細めた。
夕方。
医務室に戻ると、聖夜が差し入れを置いていく。
「甘いの食えるか?」
小さなプリン。
奏多は目を輝かせる。
「……いいんですか」
「医者の許可出てるならな」
愛斗が肩をすくめる。
「少しならね」
スプーンを持つ。
ゆっくりすくう。
口に入れる。
数秒、止まる。
それから。
「……おいしい」
本当に嬉しそうな顔。
その表情を見て、三人ともほんの少しだけ空気がやわらぐ。
穏やかで、あたたかい時間。
奏多はマグカップをぎゅっと持ちながら思う。
――ここにいると、安心する
そしてその夜。
「今日も隣、いいですか」
少し照れながら。
霧島はため息をつくふりをして。
「……甘えすぎだ」
でも、断らない。
医務室の灯りが落ちる。
静かな呼吸。
穏やかな日常が、少しずつ根を張り始めていた。
といっても騒がしいわけじゃない。
廊下からかすかに聞こえる足音や、誰かの笑い声。
以前の奏多なら、その音にびくっとしていたかもしれない。
でも今は、ただ静かに耳を傾けている。
ベッドの上ではなく、今日は簡易ソファに座っていた。
足のリハビリの一環で、座る時間を増やしている。
愛斗はカルテを書きながらちらっと見る。
「顔色いいね」
「ほんとですか?」
少し嬉しそうな声。
奏多は手元のマグカップを両手で持っている。
ちゃんと持てている。
少し震えはあるけど、落とさない。
湯気がふわっと立ちのぼる。
「……あの」
奏多がきょろっと室内を見回す。
棚には薬品、簡易手術台、点滴スタンド、心電図モニター。
小さな病院みたいだ。
「なんで、こんなに設備整ってるんですか?」
素直な疑問。
愛斗は一瞬、手を止める。
それから、苦笑い。
「あー……」
後頭部をぽりっとかく。
「よく怪我する人が多くてねー、ここ」
軽い口調。
でも事実。
廊下の向こうから「痛っ!」という声が聞こえる。
愛斗は肩をすくめる。
「ほら、今も」
奏多は目をぱちぱちさせる。
「……そんなに?」
「まあ、ぶつかったり転んだり、ちょっと無茶したり」
わざとぼかしているのはわかる。
でも、深くは言わない。
奏多も、無理に聞かない。
少し考えてから、くすっと笑う。
「大変ですね」
「ほんとにねー。だから俺の仕事なくならないの」
愛斗も笑う。
その空気が、やわらかい。
そこへ、霧島が顔を出す。
「何笑ってる」
低い声。
奏多は自然にそっちを見る。
「医務室、すごいですねって話してました」
霧島は室内を一瞥する。
「必要だからある」
それだけ。
でも、少し誇らしげにも聞こえる。
愛斗が横からにやっとする。
「頭がね、金かけるんだよこういうとこ」
霧島がじろっと見る。
「黙れ」
でも本気で怒ってはいない。
奏多はそのやり取りを見て、また小さく笑う。
その笑顔が、前より自然だ。
午後は、屋上に少しだけ出ることになった。
風が気持ちいい。
柵の近くまでは行かない。
ただ、空を眺めるだけ。
「……広い」
奏多がぽつりと言う。
まるで別世界。
霧島は隣に立つ。
距離は近すぎない。
でも、遠くもない。
「焦らなくていい」
低い声。
奏多はうなずく。
「はい」
それから、少しだけ迷って。
「……ここ、あったかいですね」
場所のことか、人のことか。
どっちとも取れる言い方。
霧島は答えない。
でも、ほんのわずかに目を細めた。
夕方。
医務室に戻ると、聖夜が差し入れを置いていく。
「甘いの食えるか?」
小さなプリン。
奏多は目を輝かせる。
「……いいんですか」
「医者の許可出てるならな」
愛斗が肩をすくめる。
「少しならね」
スプーンを持つ。
ゆっくりすくう。
口に入れる。
数秒、止まる。
それから。
「……おいしい」
本当に嬉しそうな顔。
その表情を見て、三人ともほんの少しだけ空気がやわらぐ。
穏やかで、あたたかい時間。
奏多はマグカップをぎゅっと持ちながら思う。
――ここにいると、安心する
そしてその夜。
「今日も隣、いいですか」
少し照れながら。
霧島はため息をつくふりをして。
「……甘えすぎだ」
でも、断らない。
医務室の灯りが落ちる。
静かな呼吸。
穏やかな日常が、少しずつ根を張り始めていた。
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