龍の檻と青年

はる

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日常③

医務室の窓から、オレンジ色の光が差し込んでいる。

今日はリハビリを少し頑張った日だった。

歩行距離も伸びて、階段を一段だけ試した。

そのせいか、奏多はソファに座ったまま少しぐったりしている。

「……つかれました」

ぽそっと本音。

霧島は腕を組んで立っている。

「やりすぎだ」

「でも、できるようになりたくて」

その言い方が、子どもみたいに素直だ。

霧島は数秒黙る。

それから無言で近づき、奏多の前にしゃがむ。

「足出せ」

「え?」

「いいから」

少し強めの声。

奏多はおずおずと足を出す。

霧島の大きな手が、ふくらはぎを軽く押さえる。

「痛いか」

「……ちょっと」

霧島の眉が寄る。

「言え」

「え?」

「無理する前に言え」

そう言いながら、ゆっくりとマッサージを始める。

ぎこちない。

プロじゃない。

でも、思っていたより優しい。

奏多が目を丸くする。

「……霧島さんがやるんですか」

「悪いか」

「い、いや……」

むしろ。

顔が少し赤くなる。

愛斗が奥からちらっと見て、口元を押さえる。

何も言わない。面白そうだから。

霧島は黙々とほぐす。

「血流悪いと回復遅れるだろ?」

理屈っぽい言い訳。

でも手つきは丁寧だ。

奏多はじっと見つめる。

「……やさしいですね」

ぴたり、と手が止まる。

「普通だ」

低い声。

でも、少しだけ視線を逸らす。

「普通は頭が自分で他人のマッサージなんてしないよ」

愛斗が横から小声で。

霧島が睨む。

「うるさい」

奏多がくすっと笑う。

その笑い声を聞いて、霧島の手がまた動き出す。

「冷えてるな」

そう言って、近くにあったブランケットを手に取る。

無言で、ふわっと膝にかける。

自然すぎる動作。

奏多は一瞬ぽかんとする。

それから、じわっと嬉しそうに笑う。

「……なんか、家族みたいですね」

その言葉に、空気が少し静まる。

霧島の手が止まる。

家族。


でも。

「悪くないな」

ぽつり。

奏多の目がやわらぐ。

霧島はマッサージを終えると、立ち上がる。

「今日はもう動くな」

「はい」

素直な返事。

霧島は一歩離れてから、ふと振り返る。

「腹減ってないか」

「……ちょっと」

「待ってろ」

そう言って出ていく。

数分後。

戻ってきた手には、小さなゼリーと温かいスープ。

「これなら入るだろ」

当たり前みたいに差し出す。

奏多は目をぱちぱちさせる。

「……買ってきたんですか」

「ついでだ」

絶対ついでじゃない。

愛斗が吹き出しそうになるのを必死で堪える。

奏多はスプーンを持つ。

少し震える。

それを見た霧島が自然に手を添える。

「ほら、支えてやるから」

距離が近い。

声が低い。

奏多は顔を赤くしながらも、ちゃんと食べる。

「……おいしい」

その一言で。

霧島の表情が、ほんの少し緩む。

無意識。

完全に無意識。

愛斗が小さく呟く。

「これを甘やかしと言わずして何と言う」

霧島は聞こえているが無視。

奏多はブランケットを握りしめながら思う。

――あったかい。

体も。

心も。

気づけば、自然に霧島の袖をちょん、と掴んでいる。

霧島はそれを見下ろして。

何も言わず、離さない。

今日もまた、少しだけ距離が縮んでいた。
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