龍の檻と青年

はる

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日常④

医務室の奥にある簡易シャワーを使わせてもらい、奏多は少しだけさっぱりして戻ってきた。

まだ長くは立っていられないから、短時間だけ。

でも、それでも十分気分が違う。

「……気持ちよかったです」

髪からぽたぽたと水滴が落ちる。

タオルで拭いているけど、うまく力が入らない。

指先の感覚は戻ってきているとはいえ、細かい動きはまだぎこちない。

霧島はそれを黙って見ていた。

数秒。

それから、無言で立ち上がる。

「貸せ」

「え?」

タオルを、すっと取られる。

「じ、自分でできます」

「できてない」

即答。

奏多が固まる。

霧島は椅子を引き寄せて座る。

「こっち向け」

低い声。

逆らえないわけじゃないのに、なぜか素直に従ってしまう。

奏多は霧島の前に立つ。

距離が近い。

霧島は大きなタオルで、わしゃっと髪を拭く。

思ったより、優しい。

ごしごしじゃない。

水分を包むように、丁寧に。

「……子ども扱いです」

奏多が小さく言う。

「実質子供みたいなもんだ」

屁理屈。

でも声は柔らかい。

耳元で布が擦れる音。

距離が近すぎて、心臓が落ち着かない。

「ドライヤー」

霧島が愛斗に言う。

「はいはい、どうぞ甘やかし係」

愛斗が笑いながら手渡す。

霧島は無視。

スイッチを入れると、温風がふわっと流れる。

奏多の髪が揺れる。

霧島の指が、そっと髪を持ち上げる。

「熱くないか」

「だいじょぶです」

声が少し小さい。

耳が赤い。

霧島は気づいているけど、何も言わない。

ただ、丁寧に乾かす。

前髪を軽く整え、後ろも確認する。

手つきは不器用そうなのに、妙に慎重。

奏多はじっとしている。

胸がじわじわあたたかい。

「……なんで、そこまで」

ぽつり。

霧島の手が一瞬止まる。

「風邪ひかれたら面倒だ」

いつもの答え。

でも少しだけ間があった。

奏多はくすっと笑う。

「それだけですか」

霧島はドライヤーを止める。

静寂。

それから、奏多の濡れ残りを確認して。

ぽん、と頭に手を置く。

「……世話焼きなんだよ」

低い声。

それは半分、本音。

奏多は振り返る。

近い。

目が合う。

「ありがとうございます」

素直な声。

霧島は目を細める。

「礼はいらない」

でも、手はまだ頭にある。

愛斗が壁にもたれて呟く。

「完全に保護者」

霧島が睨む。

「出ていけ」

「俺の場所のはずなんだけどなー泣」

愛斗は笑いながら去る。

部屋に二人だけ。

奏多はそっと霧島の袖を掴む。

「……あったかいです」

どっちの意味かは、言わない。

霧島は小さく息を吐く。

「早く寝ろ」

でも、その声は優しい。

奏多はベッドに座る。

霧島が自然にブランケットをかける。

当たり前みたいに。

奏多は少しだけ照れながら、でも嬉しそうに目を閉じる。

その夜も。

距離は、ちゃんと近かった。


****

医務室は珍しく静かだった。

奏多はベッドの上で本を読んでいる。
霧島は書類整理。

そこへ。

がらっ。

「よぉ、平和そうじゃん」

入ってきたのは聖夜。

ニヤニヤ顔。

霧島が一瞬だけ嫌そうな顔をする。

「用がないなら帰れ」

「頭は冷たいなぁ。見舞いですよ、見舞い」

聖夜は奏多のベッド横に座る。

距離が近い。

霧島の視線が一瞬鋭くなる。

奏多は気づいてない。

「体調どう?」

「だいぶ良くなりました」

「へぇ~。昨日シャワー使ったって?」

ぴく。

霧島の手が止まる。

奏多が素直に頷く。

「霧島さんが髪、乾かしてくれて…」

一瞬の静寂。

聖夜の口角がゆっくり上がる。

「は?」

霧島「……」

「ちょっと待て。頭が? 髪? 乾かす?」

「うん」

無垢。

追い打ち。

聖夜は腹を抱えて笑い出す。

「ははははっ!! 頭が!? 世話焼き通り越して母親じゃん!!」

霧島が立ち上がる。

「聖夜」

低い。

危険なトーン。

聖夜は止まらない。

「いやいや無理無理! あの頭が“熱くないか”とか言ってたの想像したらやばいんだけど!」

奏多がきょとんとする。

「言ってました」

追撃。

聖夜、爆笑。

「無理!! 俺動画撮りたかった!!」

霧島が聖夜の襟首を掴む。

「出ていけ」

「暴力反対~!」

でも楽しそう。

聖夜は霧島をじっと見る。

にやり。

「で? なんでそこまでしてやってすか?」

沈黙。

霧島は視線を逸らす。

「奏多だからだ」

即答。

聖夜は鼻で笑う。

「ふーん?」

わざとらしく奏多を見る。

「なぁ奏多」

「はい?」

「頭に抱き枕みたいにされて寝てない?」

空気が凍る。

奏多、フリーズ。

霧島「……」

「え、え?」

奏多が霧島を見る。

霧島は無言。

否定しない。

昨日、無意識に腕を回していたのは事実。

奏多の耳が真っ赤になる。

「……え?」

小声。

聖夜はにやにや。

「図星じゃん」

霧島が本気で睨む。

「お前」

聖夜は両手をあげる。

「はいはい、邪魔者は帰りますよー」

ドアへ向かいながら振り返る。

「でもさ」

一瞬だけ真面目な目。

「大事にしてるのは、見ててわかる」

霧島は何も言わない。

聖夜はにやっと笑って去る。

がちゃん。

静かになる。

奏多はまだ赤い。

「……あの」

霧島は机に戻る。

「気にするな」

「でも」

少し間。

霧島は視線を上げないまま言う。

「嫌だったか」

奏多は即座に首を振る。

「……嫌じゃ、ないです」

小さい声。

霧島の手が止まる。

それだけで、十分。

奏多はブランケットをぎゅっと握る。

「……安心する、ので」

霧島はゆっくり息を吐く。

「……ならいい」

それだけ。

でも空気は、やわらかい。

廊下の向こうで聖夜の声が聞こえる。

「霧島ママ~!」

霧島「……後で殺す」

奏多、思わず笑う。

ほっこり。
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