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第二十九話
𓎡𓄿𓇋𓅓𓇌𓇋〜解明〜
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「それがお前の本当の姿なのか?」
戸惑うホルスにトトは頷く。
「びっくりさせんなよ。何でいつもその姿じゃないんだ?」
「子供の姿の方が体が軽い気がするんだ。肩も凝らないし。今ちょうど本棚に手が届かなくて。普段はこれで差し支えないよ」
そう言ってトトは再び子供の姿に戻った。
「で、よく眠れた?」
責められているのだと思い、平謝りするホルスにトトは首を振る。
「違うよ。君が睡魔に襲われたのは研究の弊害。脳内の情報を吸い出す過程で意識がなくなってしまうのは当然の事なんだ」
トトはそう言ってホルスにパピルスの束を手渡す。そこにはよく分からない文章や図がびっしりと書かれ、ホルスは見ているだけで酔いそうになった。
「それが今回の研究の途中経過だよ」
「途中? これが?」
これだけの文章が書かれているのにも関わらず未完成だとは。自分は研究者ではないが、彼がこれからかける時間と労力の事を思うと気が遠くなる思いがした。
だが当の本人はというと、いつもより生き生きとした顔で、既に語り出したくてうずうずしているのが見て取れる。彼にとって研究の過程こそが楽しみであり、醍醐味なのかもしれない。
「実は君の目、片目ずつ全く逆の性質を持っている事が分かったんだ」
トトは嬉々として語り出す。
「まず右目、これは一言で言えば『破壊』。対して左目は『回復』だ。言うなれば陰と陽、太陽と月の力とも言える」
分かったような分からないような、ホルスは率直な疑問をぶつける。
「で、結局この目には一体どんな力があるんだ?」
「今の所分かっているのはこれだけ。前も言ったけど、君の目と体が馴染んでいないのが主な原因だと思う。その羽みたいに能力が覚醒すればもっと多くの事が分かると思うんだ」
成程、あとは自分次第という訳か。
その能力をどう生かすかというのも結局は自分の手に委ねられているのだ。
「でもその右目だけは注意してほしい。馴染むどころか反発して拒絶反応を起こしてる。その原因も、その能力の正体も、解き明かそうとすると拒絶されるんだ。最初は身体的な拒絶反応かと思った。この国の人間もよくやる皮膚移植なんかと一緒で、他人の体から他人の体へ、その体の一部を移植するからにはそれなりのリスクがある。本来人間の体ないし半神の体には、免疫というものがあるからね。体外から入ってきた異物を排除しようとする動き。咳やくしゃみなんかがその例だ。この反応のおかげで君たちは病気にならずに済む訳だけど、僕が言う拒絶反応っていうのは、それが他人から移植された体の一部についても起きてしまう」
かなり噛み砕いて説明したつもりだが、ホルスの顔には釈然としないものが浮かんでいる。
「でも君の左目は同じく他人から受け継いだものであるにも関わらず問題なく馴染んでいる。これは一体どういうことなのか? それは一柱の神ではなく、それぞれ別の神が君にその能力を与えたのだとしたらあり得る話なんだ」
ホルスは自分の身に一体何が起こっているのか急に怖くなった。
もしかすると時折襲ってくるあの幻視や幻聴も、そして今朝見た夢もこの目に関係しているのかもしれない。ホルスの中に漠然とした不安が押し寄せる。
「ホルス、君は良くも悪くも様々な神の干渉を受けてる。それが良い方向に行く場合もあれば思わぬ危険を孕んでいる事もある。詳しい事が分かるまで君は暫くここにいた方がいい。研究にも付き合ってもらわなきゃいけないしね」
***
一体どこへ行くつもりだ……?
アヌビスは主の背中を見つめ、その思惑について推察する。
だが自ら火を放ち、その住処を焼き払ったその行動の意味をアヌビスは全く理解出来なかった。それに加え、アヌビスはこの男の事を考える時、何故か思考が停止するのだ。冷静な判断が出来なくなるのは一種の防衛本能だろうか。その最たる例がこの結果だ。
アヌビスも知らなかった事実だが、この王宮には地下に隠し通路があり、今その業火から逃れるべくその地下を歩いている最中である。途中いくつか道が分岐していたが、セトは迷う事なく進んでいく。この先に何があるのか、アヌビスにとっては全くもって未知の世界だった。
天井にはコウモリ、床にはネズミが這い回り、慣れていないアヌビスは彼らを見かける度声を上げそうになる。長い間放置されていたのか、ここは奴らの巣窟と化していた。
幼少期を過ごした思い出の王宮は今頃火の海だろう。しかしそれに対して何の感情も湧かない自分に笑いがこみ上げる。
俺もいよいよこの男と同じだな。
アヌビスの中には既に同族意識が芽生えつつあった。
そうこうしている間に突き当たりまで来たようだ。目の前の階段を登り、セトが出口の壁に手をかざすと、鈍い音を立てて壁が動く。突如差し込んだ光にアヌビスは目を細めた。
しかしそこに広がっていた景色はアヌビスが想像していたものとは随分かけ離れていた。
「今日からここが新しい住処だ」
これが、王宮?
思わずそう口走りそうになる程、煌びやかな王宮とは程遠い見た目をしていた。砂だらけで埃っぽい室内は神聖さのかけらもない。どことなく陰湿な空気が漂っていた。
これだけ手入れされていないという事は前の主は随分前にここを捨てたのだろうか?
それともセトが元々所有していたものなのか?
様々な憶測が頭を巡ったが今のアヌビスにそれを確認する術はない。一つの挙動が命取りになる。セトという男の恐ろしさをアヌビスは誰よりも理解していた。
「気に入らないという顔をしているな。だが俺はあの王宮が好かない。ガチャガチャした装飾もうざったいだけだ」
セトはそう言って埃被ったままの玉座に腰を下ろす。それを見て初めて、アヌビスはここが謁見室という事に気づく。
「それと単にあいつの残した遺物が鬱陶しい」
あいつ、というのはやはり父の事だろうか。この男はやはりどこまでも父を嫌っているようだ。
「安心しろ。お前の部屋はここほど薄暗くはない」
別に暗くて怖いと言っている訳ではない。まるで子供のような扱いを受けアヌビスはむっとしたが何とか心の内に留めた。
「では、俺に忠誠を誓うと言うお前に最初の命を下そうか」
戸惑うホルスにトトは頷く。
「びっくりさせんなよ。何でいつもその姿じゃないんだ?」
「子供の姿の方が体が軽い気がするんだ。肩も凝らないし。今ちょうど本棚に手が届かなくて。普段はこれで差し支えないよ」
そう言ってトトは再び子供の姿に戻った。
「で、よく眠れた?」
責められているのだと思い、平謝りするホルスにトトは首を振る。
「違うよ。君が睡魔に襲われたのは研究の弊害。脳内の情報を吸い出す過程で意識がなくなってしまうのは当然の事なんだ」
トトはそう言ってホルスにパピルスの束を手渡す。そこにはよく分からない文章や図がびっしりと書かれ、ホルスは見ているだけで酔いそうになった。
「それが今回の研究の途中経過だよ」
「途中? これが?」
これだけの文章が書かれているのにも関わらず未完成だとは。自分は研究者ではないが、彼がこれからかける時間と労力の事を思うと気が遠くなる思いがした。
だが当の本人はというと、いつもより生き生きとした顔で、既に語り出したくてうずうずしているのが見て取れる。彼にとって研究の過程こそが楽しみであり、醍醐味なのかもしれない。
「実は君の目、片目ずつ全く逆の性質を持っている事が分かったんだ」
トトは嬉々として語り出す。
「まず右目、これは一言で言えば『破壊』。対して左目は『回復』だ。言うなれば陰と陽、太陽と月の力とも言える」
分かったような分からないような、ホルスは率直な疑問をぶつける。
「で、結局この目には一体どんな力があるんだ?」
「今の所分かっているのはこれだけ。前も言ったけど、君の目と体が馴染んでいないのが主な原因だと思う。その羽みたいに能力が覚醒すればもっと多くの事が分かると思うんだ」
成程、あとは自分次第という訳か。
その能力をどう生かすかというのも結局は自分の手に委ねられているのだ。
「でもその右目だけは注意してほしい。馴染むどころか反発して拒絶反応を起こしてる。その原因も、その能力の正体も、解き明かそうとすると拒絶されるんだ。最初は身体的な拒絶反応かと思った。この国の人間もよくやる皮膚移植なんかと一緒で、他人の体から他人の体へ、その体の一部を移植するからにはそれなりのリスクがある。本来人間の体ないし半神の体には、免疫というものがあるからね。体外から入ってきた異物を排除しようとする動き。咳やくしゃみなんかがその例だ。この反応のおかげで君たちは病気にならずに済む訳だけど、僕が言う拒絶反応っていうのは、それが他人から移植された体の一部についても起きてしまう」
かなり噛み砕いて説明したつもりだが、ホルスの顔には釈然としないものが浮かんでいる。
「でも君の左目は同じく他人から受け継いだものであるにも関わらず問題なく馴染んでいる。これは一体どういうことなのか? それは一柱の神ではなく、それぞれ別の神が君にその能力を与えたのだとしたらあり得る話なんだ」
ホルスは自分の身に一体何が起こっているのか急に怖くなった。
もしかすると時折襲ってくるあの幻視や幻聴も、そして今朝見た夢もこの目に関係しているのかもしれない。ホルスの中に漠然とした不安が押し寄せる。
「ホルス、君は良くも悪くも様々な神の干渉を受けてる。それが良い方向に行く場合もあれば思わぬ危険を孕んでいる事もある。詳しい事が分かるまで君は暫くここにいた方がいい。研究にも付き合ってもらわなきゃいけないしね」
***
一体どこへ行くつもりだ……?
アヌビスは主の背中を見つめ、その思惑について推察する。
だが自ら火を放ち、その住処を焼き払ったその行動の意味をアヌビスは全く理解出来なかった。それに加え、アヌビスはこの男の事を考える時、何故か思考が停止するのだ。冷静な判断が出来なくなるのは一種の防衛本能だろうか。その最たる例がこの結果だ。
アヌビスも知らなかった事実だが、この王宮には地下に隠し通路があり、今その業火から逃れるべくその地下を歩いている最中である。途中いくつか道が分岐していたが、セトは迷う事なく進んでいく。この先に何があるのか、アヌビスにとっては全くもって未知の世界だった。
天井にはコウモリ、床にはネズミが這い回り、慣れていないアヌビスは彼らを見かける度声を上げそうになる。長い間放置されていたのか、ここは奴らの巣窟と化していた。
幼少期を過ごした思い出の王宮は今頃火の海だろう。しかしそれに対して何の感情も湧かない自分に笑いがこみ上げる。
俺もいよいよこの男と同じだな。
アヌビスの中には既に同族意識が芽生えつつあった。
そうこうしている間に突き当たりまで来たようだ。目の前の階段を登り、セトが出口の壁に手をかざすと、鈍い音を立てて壁が動く。突如差し込んだ光にアヌビスは目を細めた。
しかしそこに広がっていた景色はアヌビスが想像していたものとは随分かけ離れていた。
「今日からここが新しい住処だ」
これが、王宮?
思わずそう口走りそうになる程、煌びやかな王宮とは程遠い見た目をしていた。砂だらけで埃っぽい室内は神聖さのかけらもない。どことなく陰湿な空気が漂っていた。
これだけ手入れされていないという事は前の主は随分前にここを捨てたのだろうか?
それともセトが元々所有していたものなのか?
様々な憶測が頭を巡ったが今のアヌビスにそれを確認する術はない。一つの挙動が命取りになる。セトという男の恐ろしさをアヌビスは誰よりも理解していた。
「気に入らないという顔をしているな。だが俺はあの王宮が好かない。ガチャガチャした装飾もうざったいだけだ」
セトはそう言って埃被ったままの玉座に腰を下ろす。それを見て初めて、アヌビスはここが謁見室という事に気づく。
「それと単にあいつの残した遺物が鬱陶しい」
あいつ、というのはやはり父の事だろうか。この男はやはりどこまでも父を嫌っているようだ。
「安心しろ。お前の部屋はここほど薄暗くはない」
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