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一章 開店直後に客足が伸びない?
4話 便利屋扱いされてますが、ついに初依頼?
しおりを挟む二
アンケート用紙が、山のように積み上がっていた。
サイドテーブルにできたうず高い塔を、希美は腕組みして眺める。
冬季に実施した、みかんフェアに関する顧客アンケートの集計作業である。
もちろん大事なことなのだが、半日経ってもゴールが遠いのだから、気力は減退してきていた。
『店頭ののぼりに釣られました。みかん、最高でした!』
だが、好意的な言葉が目に入れば、V字回復。
『冷凍? 値段が高いだけ』
そして、またダウンとこの繰り返しだ。
ちなみに、使ったのは、れっきとした生の温州みかんだった。
「面白いな、後輩は。まるで景気みたいだ」
「全然面白くないですよ。鴨志田さんも新聞読んでないで、手伝ってください」
希美は、ちょうどページをめくった鴨志田を、じとりと睨む。彼は、またクッキーを咥えていた。今日は、ラングドシャタイプのようだ。
全く悪びれる素振りはなかった。
代わりに謝るかのごとく、新聞の先が少し垂れる。どうやら株式欄を見ていたらしい。
「俺が面白いって言ったのは、仕事じゃなくて後輩のこと。で、その作業は何キロカロリー? 場合によっては手伝うよ」
「は、はい? えぇっと、二百くらい?」
でたらめもいいところの、当てずっぽうである。庶務作業のカロリーなど測ったことなど、もちろんない。
「……多いな。まぁ半分までならいいか」
鴨志田は、新聞を四つ折りにする。
半分と言った割に、控えめな量を持っていった。
言葉の意味を知らないのかもしれない。彼はきわめて気だるそうに、閉じていたPCを開く。
文句を言う気にはならなかった。
少しとはいえ、やる姿勢が見えるだけ『店舗円滑化推進部』ではまだマシな方なのだ。
早川部長は草いじりとSNSへの写真アップに精を出していたし、佐野課長はちょっとコーヒーを、と言ってからもう三十分帰ってきていない。
新部署への配属から、三週間。
残念なことに、現実は鴨志田の言ったとおりになっていた。回ってくる仕事は、雑用ばかりだった。今回のアンケート集計はマシな部類である。
電灯の交換にハチ退治など、完全に便利屋扱いだ。しかし、他に仕事がないからしょうがない。
ひとまずの大目標である『三ヶ月後の本部直営店オープン』は、ちょうど各部署に投げている段階で、今は返答を待っていた。
店舗からの要望などに答えるスーパーバイザーとしての役割も、周知がされていないのか未だに問合せの一つさえなかった。
あるのは、まさに雑務だ。
そしてそれを、自分で集めてこなければならない。
アンケート集計業務に一区切りがついたのは、三時頃だった。
少し時間が過ぎている。希美は慌てて、執務室を後にした。
用件を伝え忘れたが、なにも言われなかった。毎週火曜日の恒例イベントだ。口にせずとも希美の予定を把握してくれている……わけではない。きっと興味がないのだ。
「まぁサボるわけじゃないしね」
希美は、報連相を諦め、そのまま足を進めることにした。
まず向かったのは、商品企画部だ。社内では、一番下の階にあたる。
しんと張り詰めた空気に構うことなく、
「失礼します!」
勤務室にお邪魔する。
非難の目が痛い。
誰に話かと訝しまれるが、人に用はない。
用事があるのは、フロアの隅に設置した木箱だ。「意見聴取箱」と銘打たれたそれは、いわゆる目安箱である。社員なら誰でも気軽に意見やアイデアを述べられるよう、上層部たっての希望で各部に設置された。週に一回、希美の部署が確認することになっている。
絶対に他人が見られないよう、セキュリティーは厳重だ。
ゴツい南京錠を解錠する。ボディに似つかず中身は寂しかった。今日とて空っぽである。
「失礼しました!」
浴びたのは白い目のみ。特に、部長席からの視線は刺してくるかのようだった。心にダメージだけを負って、戦果なしで、次へ向かう。
人事部、総務部、仕入れ部、広告営業部と渡るが、どの箱にも全くなにも入っていなかった。そうして、三週連続のノーヒットノーランまでいよいよあと一つ。あの怪物君さえ成し遂げていない偉業だ。
こちらは不名誉だけれど。
そんな折、単に「ちょっと手を貸して」と営業部員に捕まる。
社内倉庫の整理に駆り出され、宣伝チラシの廃棄や、のぼりの在庫確認などを手伝うこととなった。
「いやぁ助かったよ。いい部署ができたなぁ」
「いえ、またお願いします!」
雑務がメイン業務じゃないんだけど。
だが、部門横断部署という立場を思えばそう素直にも言えず、希美は元気に頭を下げる。担当者を見送ったあと、ラスト一つの箱を確認しにいった。
ビル一階にある郵便受けだ。
ダッグダイニング株式会社は、部署ごとにそれぞれメールボックスを持っている。
『店舗円滑化推進部』も、春から新たに作ってもらっていた。
不名誉なノーノー記録が更新される予感を覚えつつ、ポストの持ち手を引く。
「……うそ、ヒットだ!」
綺麗なシングル。なんと、茶封筒が一枚入っていた。
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