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一章 開店直後に客足が伸びない?

8話 初陣! 宣伝も体当たり?

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完全武装といって、さしつかえのない格好だった。

少なくとも平日木曜日、お昼時の下町には似つかない。

話し合いのあった次の日。希美は、大きなタスキを肩から掛けて、店の前に立っていた。
右手には宣伝のぼりを持ち、槍のように地面につく。
盾代わりは、左手に握ったチラシだ。

一見立派な装備だが、全てリサイクル品である。

まずタスキは、広告営業部の倉庫にあった中古品の再利用。『創作和食ダイニング・はれるや』と、希美が手で書き換えた。

のぼりは、テンプレートのものだ。ランチ営業実施中、と旗には太文字で記してある。そしてチラシは、開店セール時の残在庫を店から拝借した。

いざ、尋常に! 希美が前を向いたところ、

「これで人が集まるか、後輩」

鴨志田が日陰から色のない声で言う。希美の戦意が少し下がった。

「やってみなくちゃ分かりません。鴨志田さんもサボってないで、チラシ配ってくださいよ」
「わざわざ商店街に許可とったのは誰だった? サボってないぞ俺は。社内より外の方が羽を伸ばしやすいだなんてこれっぽちも思ってない」

「……日陰でクッキー食べながら言いますか、それ。大体いつも羽伸ばしてるようかもんじゃないですか!」
「分かってないな。羽休めと羽広げは違うんだ。あんな狭い部屋じゃ羽は広げられないだろ」

はぁと壁にもたれかかり、たるそうに手帳を取り出す鴨志田。

カロリーがどうだのと言い出す口には、全く説得力がない。
あの態度ならば、希美一人でやる方がよさそうだ。いい印象を持ってもらうには、宣伝ひとつにも懸命に臨まねばならない。

いわば、ドブ板作戦だった。
希美は腹の底、丹田に力を込める。のぼりを、応援団長のごとく雄大に振る。

「絶品の出汁で炊いたご飯が食べられますよ!」

商店街に響き渡らん勢いで声を張った。

きっと誰より目立っている。
通行人の大半が、一瞥くらいはくれた。しかしそれは、スーツにタスキで絶叫ヘンテコ女が物珍しいからであって、手元のチラシはあまり減らない。

繋ぎを着た男性グループにも、まさにスルーされたところだった。

「男の人が多いんですね」

希美はたまらず、スマホに目を落としていた鴨志田に話しかける。彼は、こちらへ画面を見せた。

「どうも近くに工場が点在していて、工事中の場所も多いみたいだ」
「そういえば、昨日もトラックをたくさん見ましたね。ここで働いてる私の友達も町工場勤務です!」
「そういうこと。やみくもに宣伝してもしょうがない。この町の人に来てもらうんだ。ちゃんと客層を見極めてやれよ、後輩」

もっともな金言に思えた。
しかし、見極めた上で策を選ぶのは希美の仕事のようだ。鴨志田は、またスマホへかじりついている。数秒考えて、

「ご飯、お代わりし放題です!!!!」

より声を張るという答えに直結した。

現場職はパワフルな人が多いイメージがある。勢いで負けてはなるまい。

「思考が見え見えだなぁ。おい、後輩。もう少し声を抑えろ」
「……出汁で炊いたご飯がお代わりできます」
「今度は小さすぎる。加減を知らないのか」

希美の地道な宣伝作戦は、あれやこれやと手を変えつつ、ランチタイムの終わる昼の二時半まで実施した。

店主の阪口に労われつつ、準備中の店内へ通してもらう。
宣伝の間、客足の集計は店舗へ任せていた。

まるで受験の合格者発表を待つみたく不安と期待の間で揺れ動いていたら、

「……すいません。あれだけやっていただいたんですが」

阪口はしゅんと肩を丸める。

その様子で、希美にはもう分かってしまった。合否でいうなれば、否だったわけだ。

帰り道、落胆する希美に鴨志田はクッキーを一枚くれた。
甘くてさっくりしているが、今の気分にはそぐわない。

「後輩。焦るのは分かるけど、むやみにやる物じゃないんだ。効果的な作戦を考えろよ」
「それを教えてはくれないんですか」

「俺も考えてはいるさ。けど、そう簡単に答えが出るなら、作戦って言わねえよ。早く思いついてくれよー。俺の消費カロリーが減るから」
「鴨志田さんの省エネのためには考えませんよ。お店のために考えるんです」

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