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三章 恋人のフリ?
54話 会計不一致は、まさかの真実?
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五
トップが来訪するとなれば、『天天』が大騒ぎになるのも無理はなかった。
その日、昼前に到着するという会長に先んじて、希美たちは店へと入った。
家庭訪問の前に家を大片づけするのに近い感覚なのだろう。
できるだけ綺麗に、と店員が総出で掃除に取り掛かっていた。
その脇で、希美らは店長である岡に再度挨拶をする。
「……あぁ、蓮くんだったのか。大きくなったなぁ」
今日の鴨志田は、変装をしていなかった。
前回は、会長の話をしたくなかったがためだったらしい。
「もう十年以上ぶりだろう? 会えて嬉しいよ」
「俺もですよ。でも、これからもっと大事な再会が待ってますから」
「……あぁ、そうだな。もう準備に戻るよ。下手な料理作ってたら、殴られちまう」
岡は低い声で言って、前掛けを首に掛ける。
後ろ手に結ぶのに、何度も失敗していた。黙々としているが、落ち着かないようだった。見ているだけで、やきもきしてくる。
「……なんだか私まで緊張してきました」
「どうして後輩が?」
「だって、かつての盟友が再会するんですよ! 熱い展開じゃないですか」
「……あー、後輩。そこのダスター取ってくれ」
まともには、取り合ってもらえなかった。
諦めて、片付けを手伝う。
そうして予定していた十一時の少し前、
「代表、いらっしゃいました!」
店先で番をしていた店員から声がかかった。
岡が、こけそうなほど前のめりに玄関先まで抜けてくる。
引き戸がどこか懐かしい音をカラカラ立てて鳴って、
「久しぶりだな、岡」
「おう。もう見ることもないかと思ってたよ」
時が引き戻されたかのようだった。
顔を合わせるなり、二人は抱き合う。真っ黒のスーツと、白の割烹着が対照的な絵だった。
店員たちは、それを円形に囲む。
二人が中あいにある席へ着くと、彼らはそれについて回った。
会長は、ラックに挿してあった裏表一枚のメニュー表を手に取ると従業員らにも見えるようにだろう、真ん中に置く。
「なんだ岡。ほとんど創業当時のまんまじゃないか」
「あぁ、店を始めた時からなんにも変えてない。メニューも全く一緒のままだ」
「いいや値段が変わったさ。昔はもっと安かっただろう」
「そうだなぁ。四百円もいかない料理ばかりだったっけ。覚えてるよ、二人でこの席で少ない小銭数えたよな」
「利益を見たら、数百円って日もあったよな。それが今や年にしたら数千万円だ」
語られた昔話に、希美は強く惹きつけられた。
今や本部まである大きな会社が、硬貨数枚の稼ぎから出発していたことがリアルに想像できて、心が熱くなる。
「なぁ岡。あの頃の百円と、今じゃあなにが違うんだ?」
「……お金の件で来たんだったな、そういえば」
「それもあるが、それだけじゃない」
会長は旧友に向けていた和やかさを、鋭いものへと変える。
「次世代を育てていくことも、俺たちのやるべきことなんじゃないか。数百円だろうが、お客様から貰うお金には違いない。それを大切にできる文化を残さなきゃいけない。
岡、ろくに指導もしてないだろ? それどころか厨房に人を入れてないそうだな」
「……俺の味を提供できないと期待に応えられないと思ってな」
「それじゃあ、数年先にその期待に応えられなくなるだろ。むやみに続けることには、なんの意味もない。俺たちはいつでもお客様のために、その横に付き添いながら、味を何年も先へ届ける必要があるんだ。
今はたしかに岡に敵うやつなんていないだろう。でも、練習すればどうにかなるさ。お前だって下手くそだったんだ」
内容自体は、鴨志田が言っていたものとほぼ同一だった。
けれど間違いなく、同じ道を肩組んで歩いた盟友でなければ、できない忠告だった。
岡は心を打たれたようだ。
眉をしかめてしばらくの沈黙を作ったのち、店員たちを見回すと、
「……これまで、すまなかった」
こう非礼を詫びた。
そのうえで、会計の不一致について調査の協力を願いでる。
ようやっと希美らの出番かとも思ったのだが、幕が上がるまでもなかった。
「すいません、俺たちがやったんです」
従業員らが一斉にこう白状したのだ。
トップが来訪するとなれば、『天天』が大騒ぎになるのも無理はなかった。
その日、昼前に到着するという会長に先んじて、希美たちは店へと入った。
家庭訪問の前に家を大片づけするのに近い感覚なのだろう。
できるだけ綺麗に、と店員が総出で掃除に取り掛かっていた。
その脇で、希美らは店長である岡に再度挨拶をする。
「……あぁ、蓮くんだったのか。大きくなったなぁ」
今日の鴨志田は、変装をしていなかった。
前回は、会長の話をしたくなかったがためだったらしい。
「もう十年以上ぶりだろう? 会えて嬉しいよ」
「俺もですよ。でも、これからもっと大事な再会が待ってますから」
「……あぁ、そうだな。もう準備に戻るよ。下手な料理作ってたら、殴られちまう」
岡は低い声で言って、前掛けを首に掛ける。
後ろ手に結ぶのに、何度も失敗していた。黙々としているが、落ち着かないようだった。見ているだけで、やきもきしてくる。
「……なんだか私まで緊張してきました」
「どうして後輩が?」
「だって、かつての盟友が再会するんですよ! 熱い展開じゃないですか」
「……あー、後輩。そこのダスター取ってくれ」
まともには、取り合ってもらえなかった。
諦めて、片付けを手伝う。
そうして予定していた十一時の少し前、
「代表、いらっしゃいました!」
店先で番をしていた店員から声がかかった。
岡が、こけそうなほど前のめりに玄関先まで抜けてくる。
引き戸がどこか懐かしい音をカラカラ立てて鳴って、
「久しぶりだな、岡」
「おう。もう見ることもないかと思ってたよ」
時が引き戻されたかのようだった。
顔を合わせるなり、二人は抱き合う。真っ黒のスーツと、白の割烹着が対照的な絵だった。
店員たちは、それを円形に囲む。
二人が中あいにある席へ着くと、彼らはそれについて回った。
会長は、ラックに挿してあった裏表一枚のメニュー表を手に取ると従業員らにも見えるようにだろう、真ん中に置く。
「なんだ岡。ほとんど創業当時のまんまじゃないか」
「あぁ、店を始めた時からなんにも変えてない。メニューも全く一緒のままだ」
「いいや値段が変わったさ。昔はもっと安かっただろう」
「そうだなぁ。四百円もいかない料理ばかりだったっけ。覚えてるよ、二人でこの席で少ない小銭数えたよな」
「利益を見たら、数百円って日もあったよな。それが今や年にしたら数千万円だ」
語られた昔話に、希美は強く惹きつけられた。
今や本部まである大きな会社が、硬貨数枚の稼ぎから出発していたことがリアルに想像できて、心が熱くなる。
「なぁ岡。あの頃の百円と、今じゃあなにが違うんだ?」
「……お金の件で来たんだったな、そういえば」
「それもあるが、それだけじゃない」
会長は旧友に向けていた和やかさを、鋭いものへと変える。
「次世代を育てていくことも、俺たちのやるべきことなんじゃないか。数百円だろうが、お客様から貰うお金には違いない。それを大切にできる文化を残さなきゃいけない。
岡、ろくに指導もしてないだろ? それどころか厨房に人を入れてないそうだな」
「……俺の味を提供できないと期待に応えられないと思ってな」
「それじゃあ、数年先にその期待に応えられなくなるだろ。むやみに続けることには、なんの意味もない。俺たちはいつでもお客様のために、その横に付き添いながら、味を何年も先へ届ける必要があるんだ。
今はたしかに岡に敵うやつなんていないだろう。でも、練習すればどうにかなるさ。お前だって下手くそだったんだ」
内容自体は、鴨志田が言っていたものとほぼ同一だった。
けれど間違いなく、同じ道を肩組んで歩いた盟友でなければ、できない忠告だった。
岡は心を打たれたようだ。
眉をしかめてしばらくの沈黙を作ったのち、店員たちを見回すと、
「……これまで、すまなかった」
こう非礼を詫びた。
そのうえで、会計の不一致について調査の協力を願いでる。
ようやっと希美らの出番かとも思ったのだが、幕が上がるまでもなかった。
「すいません、俺たちがやったんです」
従業員らが一斉にこう白状したのだ。
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