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1章
21話 最後の作戦
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夜も深まりはじめ、日付が変わろうかという頃。
私は王城正門からまっすぐ続く大通りの少し脇、果物屋の荷台裏に身を隠していた。
衣装は、またしてもあの黒服とひらひらウェディング風ハットだ。
これがもっとも夜に溶け込むことが出来るうえ、私の顔が晒されることはない。
「ねぇフェン。本当に大丈夫なの?」
そこよりも、心配なのは作戦の要たる彼だ。
私の隣でいつものごとく丸めた背中は大きいけれど、頼れるかとえば不安な方が大きい。
彼はその不安を振り払うかのごとく、尻尾をゆっくり二三度振る。
「なに、慌てることはない。我はやる時はやる。これまではその時がなかっただけのこと。任せておくといい」
「…………そう言うなら任せるけどさ」
というか、今さら代替の方法も思いつかないので、これ以上言ってても仕方ない。
私は彼の口の前、懐から取り出した丸薬を置く。
いわゆる魔力玉だ。
基本的に食事の必要ない彼らだが、これを含むことで一時的にその能力が上がる。
「ふむ、これは初めて食べる味であるな」
フェンはそれを骨つき肉を犬に与えたときみたく、ガリガリと噛んだ。
その咀嚼音に混じって聞こえてきたのは、甲高く鉄の棒が打ち鳴らされる音。
たしか王城内で事件が起きたときにそれを知らせるためのものだったはずである。
つまり、作戦がいよいよ動き出した合図だ。
「フェン、いくよ」
「アニー、任せるがいい。さっきの丸いのを飲み込んでから、身体に力が篭って仕方がないのだ」
前脚を器用にたたみ、首をすくめ、彼は私が乗りやすいように身を屈める。
「よく捕まっておくといい。今日の我は一味違うようだ」
その一歩目から、言葉通りだった。
地面を蹴った彼は、一飛びで城門正面の通りへと出る。
心なしか彼の背がいつもより大きく感じたのは、
「あなた、大きくなってる!?」
「我は本来、戦うことにも適した種。魔力玉があるのであれば、このくらい身体を大きくするのは造作ないことよ」
気のせいではなかったようだ。
つまり、アニータが穏やかな生活を好んだがゆえに、私の記憶にもなかっただけらしい。
一気に機運が高まってきた。これならば、いけるかもしれない!
「フェン、このまままっすぐ街の方へ走って。そうね、とりあえずは抑えめでいいわ」
「あの銀髪の優男はまだ来ていないのに、もう行ってよいのか?」
「うん、大丈夫よ。エリゼオには風魔法があるからね」
「……ならば、承った!」
フェンは、馬より少し早いくらいのペースで走り出す。
たなびく水色の髪を片手で抑えながら、私は後ろを振り返った。
王城門付近が騒がしくなっていたからだ。
「エリゼオさま、どこへ行くのですか! こんな夜分に! 危険でございます!」
「まさかまた、あの妙な女の元へ行くつもりじゃ……」
臣下の騒ぎ立てる声が朧げに聞こえてくる。
「いいから開けろ、門番よ!!」
エリゼオの強い叫びがしたあと、それらはよりクリアになった。
門はちゃんと開いてくれたようだ。
私とは正反対の衣装、艶やかな真っ白のタキシードで上下を固めた彼は、魔導街灯の明かりや月の光までをその一身に纏っていた。
王子という響きから連想されるとおりの姿である。メインヒーローにふさわしい美貌、そして雰囲気だ。
たぶん今の彼は王都の中で、いや、多分この世界の誰よりも目立っているに違いない。
腰に提げた剣を後ろへ振りつけ、風を起こすことで、彼はこちらへと駛馬のごとく駆けてくる。
後ろから執事や衛兵たちが必死に追いかけてくるが、その距離はどんどんと開く一方、その分だけ私との距離は縮まっていった。
最後は大跳躍を決めて、高さにして2メートル近いフェンの背に乗りかかる。
彼は、私のすぐ後ろに腰を下ろした。
「ちょっと目立ちすぎじゃない?」
後ろを振り向いたままこう言えば、彼は少し頭を振って前髪を払う。それから私の顔前に垂れたレースをそっと持ち上げた。
「そうだろう? 我ながらよくできたものだと思うよ。演技をするのも、もうかなりの回数になっていたからかな、少しは苦手意志が薄れたみたいだ」
「ふふ、かもしれませんね。って言っても、それも今日で最後ですけどね」
「……あぁ、そうだったね」
彼はにこと、目だけで微笑む。
それが偽りのものであることくらいは、もう数ヶ月の付き合い、私にだって分かった。
今日のこのイベントがうまくいけば彼の当初の望みは果たされるはずで、面倒な脱走も茶会も今後はなくなる。
全て報われるはずだというのに、その薔薇の花を散らしたような可憐な笑みの影には悲しみのようなものが隠されて見えた。
私は王城正門からまっすぐ続く大通りの少し脇、果物屋の荷台裏に身を隠していた。
衣装は、またしてもあの黒服とひらひらウェディング風ハットだ。
これがもっとも夜に溶け込むことが出来るうえ、私の顔が晒されることはない。
「ねぇフェン。本当に大丈夫なの?」
そこよりも、心配なのは作戦の要たる彼だ。
私の隣でいつものごとく丸めた背中は大きいけれど、頼れるかとえば不安な方が大きい。
彼はその不安を振り払うかのごとく、尻尾をゆっくり二三度振る。
「なに、慌てることはない。我はやる時はやる。これまではその時がなかっただけのこと。任せておくといい」
「…………そう言うなら任せるけどさ」
というか、今さら代替の方法も思いつかないので、これ以上言ってても仕方ない。
私は彼の口の前、懐から取り出した丸薬を置く。
いわゆる魔力玉だ。
基本的に食事の必要ない彼らだが、これを含むことで一時的にその能力が上がる。
「ふむ、これは初めて食べる味であるな」
フェンはそれを骨つき肉を犬に与えたときみたく、ガリガリと噛んだ。
その咀嚼音に混じって聞こえてきたのは、甲高く鉄の棒が打ち鳴らされる音。
たしか王城内で事件が起きたときにそれを知らせるためのものだったはずである。
つまり、作戦がいよいよ動き出した合図だ。
「フェン、いくよ」
「アニー、任せるがいい。さっきの丸いのを飲み込んでから、身体に力が篭って仕方がないのだ」
前脚を器用にたたみ、首をすくめ、彼は私が乗りやすいように身を屈める。
「よく捕まっておくといい。今日の我は一味違うようだ」
その一歩目から、言葉通りだった。
地面を蹴った彼は、一飛びで城門正面の通りへと出る。
心なしか彼の背がいつもより大きく感じたのは、
「あなた、大きくなってる!?」
「我は本来、戦うことにも適した種。魔力玉があるのであれば、このくらい身体を大きくするのは造作ないことよ」
気のせいではなかったようだ。
つまり、アニータが穏やかな生活を好んだがゆえに、私の記憶にもなかっただけらしい。
一気に機運が高まってきた。これならば、いけるかもしれない!
「フェン、このまままっすぐ街の方へ走って。そうね、とりあえずは抑えめでいいわ」
「あの銀髪の優男はまだ来ていないのに、もう行ってよいのか?」
「うん、大丈夫よ。エリゼオには風魔法があるからね」
「……ならば、承った!」
フェンは、馬より少し早いくらいのペースで走り出す。
たなびく水色の髪を片手で抑えながら、私は後ろを振り返った。
王城門付近が騒がしくなっていたからだ。
「エリゼオさま、どこへ行くのですか! こんな夜分に! 危険でございます!」
「まさかまた、あの妙な女の元へ行くつもりじゃ……」
臣下の騒ぎ立てる声が朧げに聞こえてくる。
「いいから開けろ、門番よ!!」
エリゼオの強い叫びがしたあと、それらはよりクリアになった。
門はちゃんと開いてくれたようだ。
私とは正反対の衣装、艶やかな真っ白のタキシードで上下を固めた彼は、魔導街灯の明かりや月の光までをその一身に纏っていた。
王子という響きから連想されるとおりの姿である。メインヒーローにふさわしい美貌、そして雰囲気だ。
たぶん今の彼は王都の中で、いや、多分この世界の誰よりも目立っているに違いない。
腰に提げた剣を後ろへ振りつけ、風を起こすことで、彼はこちらへと駛馬のごとく駆けてくる。
後ろから執事や衛兵たちが必死に追いかけてくるが、その距離はどんどんと開く一方、その分だけ私との距離は縮まっていった。
最後は大跳躍を決めて、高さにして2メートル近いフェンの背に乗りかかる。
彼は、私のすぐ後ろに腰を下ろした。
「ちょっと目立ちすぎじゃない?」
後ろを振り向いたままこう言えば、彼は少し頭を振って前髪を払う。それから私の顔前に垂れたレースをそっと持ち上げた。
「そうだろう? 我ながらよくできたものだと思うよ。演技をするのも、もうかなりの回数になっていたからかな、少しは苦手意志が薄れたみたいだ」
「ふふ、かもしれませんね。って言っても、それも今日で最後ですけどね」
「……あぁ、そうだったね」
彼はにこと、目だけで微笑む。
それが偽りのものであることくらいは、もう数ヶ月の付き合い、私にだって分かった。
今日のこのイベントがうまくいけば彼の当初の望みは果たされるはずで、面倒な脱走も茶会も今後はなくなる。
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