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一章

3話 悪魔召喚

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そうして通達を受けたその夜、ベッティーナはさっそく出立へ向けた準備を始めた。

といって、荷物の整理自体はすぐに終わった。

この屋敷には随分長く暮らしたが、ベッティーナ自身のものはほとんどないためだ。

あてがわれていたものも最低限生活ができる水準の凡庸なものばかりで、とくに愛着もなかった。

唯一持っていく価値があるとすれば、何度も読み返した数冊の本と愛用していたメモ帳くらいで、それはもう荷物に詰め終えている。

とすれば、やるべきことは残り一つだ。

ベッティーナははさみを持ち、姿見の前に立つ。

少し膨らんだ胸は、すでに包帯で押さえつけてあった。
一般的な貴族令嬢のように、夜会に参加する機会もなかったから、肌や髪を磨いてきたわけでも、女性らしい仕草や振る舞いを学んできたわけでもない。

あとはこの長く伸びた髪を切り落とせば、男のようにも見えよう。

はさみを髪の中へと通す。それを首元に触れるくらいまで開いたところで少し躊躇った。

遠い記憶の中で、長い髪を慈しむようにすいてくれた人の顔が浮かぶ。

「……これは、あなたのためにもなるわ。ジュリー」

が、ベッティーナの決意は揺らがなかった。

それに、他人に切られるくらいならば自分の覚悟で、切り落としたかった。

歯切れのいい音が部屋に鳴り渡り、消える。
腰にまで掛かろうかという長い髪が床に落ち、代わりに耳元からは歪にゆがんだ五角形のイヤリングが姿を表したのを鏡越しに見る。

その中心で鈍く光る赤い宝石に目をやっていて、ふと、あることを思いついた。

ベッティーナはまず、ハウスメイドの直筆により書かれた明日の朝食に関するメモ書きに手を触れる。すると文字が黒いすすが立つように紙の上から浮き上がってきて、バツ印を作る。

「……間違いなく屋敷にはいないようね」

 探索魔法だ。
魔法を使える貴族家系の中でも、ベッティーナの魔力でしかできない魔術であり、その便利さから最初に身に着けた。

こうすることで、字に残った意志からそれを書いたものが近くにいないかを探ることができるのだ。

本来、アウローラの血筋はその魔力属性を「白」としており、こんな魔法を使うものはいない。得意なのはみな、精霊を用いた治癒魔法や浄化魔法だ。

一部には他の「赤」「青」「緑」「茶」といった属性を併せ持ち、それぞれ火、水、風、土を扱う事のできるものも存在するが……。

ベッティーナの魔力は、その属性のどれにも当てはまらない。

強いて例えるならば、塗りつぶしたような「黒」。それも、この一つだけだ。

これで、誰に見られる心配もないことが分かった。
確証を得たうえで今度は、拳を握って右手中指に付けていた指輪に黒の魔力を注いでいく。

そうして、普段は指輪の中に入り込んでいる、とある存在を召喚した。

『……なんだ、ベティ。オレになにか用かよ』

音も立てずにゆらりと現れたそれは、鏡の中には映らない。

というか、普通の人間が見れば、声もしないし姿も見えない。霊的現象に敏感な人でもせいぜいが、感覚で察知できるくらいだろう。

しかし、ベッティーナにははっきりと聞こえるし、見える。

振り返れば、目を合わせることもできた。

その獅子のように勇猛そうなはっきりとした顔立ちは、頭に生えた小さな角以外には大きく人と変わらない。

しかし袖の裏からは蛇が数匹顔を覗かせており、また少し宙に浮いているのだから、まず人ではない。

『ほう、髪を切ったのか。そういえば、昼間に聞いていたな。隣国に行くんだったか。ひひ、面白いことになったな』

彼は、プルソンという名を持つ悪魔だ。

 次の日、ベッティーナの変わりように屋敷の使用人たちが大層驚いていたのは言うまでもない。
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