男爵令嬢のまったり節約ごはん

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

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2巻

2-2

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 私は、雑多な食材や調理器具たちを次々に整理していく。
 なんとか一階の目処めどが立ったところで、モモに雑巾掛けを任せて、二階へと上がった。どうせなら、見えていない部分も丸ごとやるつもりだ。
 この家の一階部分を店舗として、二階部分を住居として使っている。
 最初はきっちり分けていたが、どうしても食材の置き場がなかったりして、最近は二階部分まで店舗の在庫が侵食していた。
 モップとゴミ捨て用のずだ袋を片手に、倉庫がわりに使っていた物置部屋へと足を踏み入れる。
 ここには長期保存可能な食材たちが、たくさん眠っている。
 パスタや常温保存できる乾燥チーズ、調理用の白ワインなどなど。
 あさりとえて素直にパスタにしてもいいし、平打ちパスタとチーズ、トマトソースを合わせてラザニアもいいわね! と、見ているだけで、勝手にお料理欲がむくむく膨れ上がるが、なんとかそれを抑え込む。
 無心で整理に取り組んでいると、部屋の最奥にたどり着いた。そこからは、少し年季の入った椅子や小机などが出てくる。

「そういえば、ここを買ったときにもらったんだっけ」

 私がこの家を店にすると決めたとき、紹介してくれた周旋屋しゅうせんやからはもう何年も人は住んでいないと聞かされた。
 しかし家具などはそのまま残されており、「必要なければ処分する」と言うから、そこでうっかり貧乏性が発動。
 もったいない! と思った私は、いつか使うかもと思い、一部を引き継いでいたのだ。
 それらの家具類を改めて吟味する。捨てるか捨てまいか迷った挙句、結局やっぱり取っておこうとそのままにしかけたとき、それが目に入った。

「……なにかしら、これ」

 見慣れない桐の木箱だった。
 組紐で縛られていて、ただものではない気配がある。
 包丁でも入っていそうな見た目だが、振ってみると、もっと軽いもののようだ。

「アメ、一階の雑巾掛け、終わったよー。って、もしかしてサボってる? ボクにあれだけ口酸っぱく言ってたのに?」

 ちょうどモモがやってきて、私の左肩に乗り、ふわふわのしっぽを、ゆるりと首に巻きつけてきた。まるでマフラーみたいで、冷える夜が急に暖かくなる。

「違うわよ、お子様なモモとは違うもの。覚えがないものが出てきたから驚いていただけよ。どこかに紛れていたのかしら」

 あごの下に手を埋めるようにして、彼を撫でながらも、目線は木箱に向けたまま。
 空いた右手で、リボン結びの紐をひっぱり封を解いてみた。上蓋を取り外す。

「……ノート、かしら」
「だねぇ。随分と古いみたいだけど。ほら、なんか埃っぽいし。変な呪いの本だったりするかもよ。ボクは開かないほうがいいと思うなぁ――って、もう開いてるし!」

 そうは言われても、ここまでやって見ないわけにはいかない。
 必要かどうかを判断するのは掃除の一環だし、見つけてしまった以上はなにかわからないと、気になって夜も眠れなくなっちゃうしね。
 私は経年劣化でいたんだのだろう黄色く変色した紙を、慎重にめくる。

「……モモ。これ、全部手書きのレシピみたいね」

 そう言うと、私はそれを閉じた。
 明らかに人様の書いたレシピだ。たぶん家具の一部を譲り受けたときに、紛れていたのだろう。
 いくら自分の家で見つけたものとはいえ、果たして勝手に見るのはいかがなものか。誰かがこれを探していたりする可能性もある。
 ……と思いはするのだけれど、その内容は興味深いもので、どうしても気になってしまう。
 ついもう数ページとめくってみれば、ちょっとしたアレンジレシピはもちろん、まるで知らない料理もいくつか書かれていた。
 豆を固める珍妙な料理や、その豆を育てて作るらしい野菜などなど。
 料理人のさがかもしれない。よく知らない料理とその製法に私はだんだん魅入られていく。


「ねぇアメ、お掃除はいいのー?」
「んー、ちゃんとするわよ。もうちょっと待ってね」
「ねぇアメったら。本当になにかに取りかれたみたいに見えるよ」
「んー」
「アメってばー。…………で、そんなに美味しそうなの?」
「気になるなら一緒に見ればいいじゃない」
「い、一応遠慮しとくよ……。ほら、ボクって仮にも精霊獣だからさ。呪いとかそういうのと触れ合うのはちょっとねぇ」

 うん、完全に怯えてるわね、これ。
 でもまぁこれ以上見続けるのも、いかがなものかと思っていたところだ。私はそこでどうにか自制心をきかせて、ページをめくる指を止める。
 あとのことは一度しかるべき人に確認をしてからにしよう。そう決めて、掃除へと戻ったのだけど……
 その後、何回も物置部屋を振り返り、モモにジト目で見られたのはご愛敬あいきょうである。


   ◇


「アメリア。例のノートだが、警備隊らに確認させたところ、捜索物リストには入っていなかった。それと商業ギルドにも確認を取ったが、書き記されたどのレシピも特許登録などはされていなかったよ」

 物置部屋から出てきたノートについて私が確認の依頼をしたのは、オスカーさんであった。

「それからノートの所有権に関しても、この家を買った時点でアメリアに移っている」

 相談した翌日の夜。もはや恒例となっていた食事会後のことであった。
 この短い時間で確認を終えたうえに、知りたいことだけを端的に教えてくれるのだから、さすがは辺境伯様だ。当たり前だけれど、仕事ができる。
 確認をお願いしたのは、あのレシピノートの所有権と、そこに載っているレシピの特許登録についてだ。
 人によってはレシピをギルドに特許登録している。
 その場合、勝手に利用すると、ギルドの規約に違反したことになり罰金を科せられるらしい。
 ちなみに私の料理は、そもそもモモに教わった料理がほとんどということもあり、今のところ特許などは取っていない。

「要するにこのレシピは、私が見たり使ったりしても問題ないってことですよね」
「ああ、そういうことになるな。商業利用なども問題はない」

 オスカーさんはそう言いつつかばんからレシピノートが入った木箱を取り出し、返してくれる。

「アメリア、なんだか楽しそうだな。唇が上向いている」
「あら、いつのまに……」

 反射的に口元を覆う。無理やり押さえつけるが、また自然と上がっていく。もとから取りつくろうのは下手なのだ。高揚感を隠しきれない。

「新しい料理とか変わった料理とかって、昔から大好きなんです。だから、わくわくしちゃって……」

 まがりなりにも十年近く料理にたずさわってきた身だ。
 最近では見知らぬ料理に出会う回数も減ってきているし、自分が作るとなればさらに限られる。

「私、このレシピの再現を目標の一つにしますわ!」

 だからこれは貴重な機会だ。完全再現したうえで、できればアレンジなんかもしたい。
 そうしてこの料理がいつかこの国の定番料理になれば、これを書いた人も浮かばれるだろう。私はそう考え、いそいそと木箱の封を解き、レシピを手に取った。さっそく全体に目を通していく。最終ページまでたどり着いたところで……あらら。
 そのページのレシピだけ、破れてしまっていたり、にじんでいたりでよく見えない。
 お米やトマトペーストなど、材料の一部だけがかろうじて読み取れたが、肝心の調理方法は謎のままである。
 き、気になるっ‼

「今度は難しい顔……またなにか問題でもあったか?」

 声をかけられたので、私はオスカーさんにもそのページを見てもらう。

「このページが読み取れなくて……オスカーさん、なんて書いてあるかわかりますか?」

 オスカーさんはしばらくじっとレシピを見つめていたけれど、結局わからずじまいだったようで、ノートを私に返しながら、力なく首を横に振る。

「すまない、俺が不甲斐ないばかりに。アメリアがどうしても、と言うならば、一度、書類を復元する専門家に俺から依頼をかけよう。国中を探せば、きっと解読できる者が見つかるだろう。たとえば歴史的遺構の復元をおこなっている機関などに依頼をすれば――」
「えっ、いやいや、そんなご迷惑かけられませんわよ!」

 まったく、いつもながら大げさだ。一をお願いすると、十以上になって返事が来る。
 今回の権利関係の確認で、ただでさえ手間をかけた。そのうえ国中を探すなんて、個人的な頼み事の範疇はんちゅうを大幅に超えてしまっている。
 気持ちは嬉しいのだけど、この優しさに甘えて頼りきりになってしまうのは、絶対に避けたい。
 辺境伯様相手におこがましいかもしれないけれど、せめてこの店にいるときくらいは、同じ目線でお話ができる関係でありたかった。
 けれど、されども。
 私がまだ未練がましくレシピに目を落としていると、彼は痛恨といった様子で少しうつむく。

「材料は全て把握できたが……すまない。作り方まではどうしても読み取ることができなかった」

 オスカーさんったら、そこまで思い詰めなくても。
 そう声をかけようとして、はたと気づいた。もしかして今とても重要なことを言わなかっただろうか。

「ま、待ってください! 材料は読めたんですか⁉」

 私はノートを閉じ、隣のオスカーさんのほうへぐりんと顔を振り向ける。つい勢い余って腰を浮かせ、にじりよってしまった。
 オスカーさんと目が合ったのは、ほんの一瞬。次の瞬間、彼はあらぬ方向に首を捻り、部屋の隅を見つめたまま言う。

「あ、ああ、まぁな。にじんでいたが、もとの筆跡を裏から見ると、ある程度読み取ることができる」
「さすがですわ、オスカーさん! やっぱり持つべきは、お友達ですわね!」
「……お友達か」
「はいっ、無二のお友達です! それで、なにが書いてあるんです?」

 早く知りたい! その一心から私は、ペンと紙を渡して書き出してもらう。
 材料は、トマトペースト、お米、チーズ、豚肉など。同じレシピノートに書かれていた、よく知らない料理名『寄せ豆』などの記載もある。
 まだ色々な可能性が残っているけれど、それでもぐっと範囲を絞ることができた。

「うーん、なにかしら。お米がメインだし、リゾット? でも、それじゃあ安直すぎるような気もするし……。これまでのページに載ってる料理を材料に使ってることから見ると、ノートのレシピを全部作れるようになれば再現できるのかしら。って、あぁすいません、オスカーさん! 私ったら、また!」

 新しい紙を引っ張り出し、ペンを片手に図まで描いたりして一人でどんどん考察を進めたのち、やっと失態に気づいた。
 何度同じことをやるのだろう、私は。こんな夜中に引き留めておいて、一人で考え込むなんて。
 もうしないように、とそのときは思うのだけど、料理を前にするとついその自戒を忘れてしまう。
 しかし、ふところの深いオスカーさんは、そんな私をもとがめない。

「ふっ、アメリアはそれくらいがちょうどいいな。その調子なら、いつかは絶対に再現できるさ。俺もできることはする」

 救いの微笑みを向けてくれたうえ、応援もしてくれる。私はぽわんと温かい気持ちになるとともに、気合が入った。

「ですわね! そのためにもまずは、このノートのレシピ再現から進めますわ!」

 私は、こう宣言しながら、つい立ち上がるのだが……

「アメ、大きな声出さないでよ~」

 そこへ背後から不満げな声が上がった。
 不機嫌そうに控え室から漂い現れたのは、精霊獣のモモだ。
 どうやら眠りを妨げてしまったらしい。かけてあげた毛布を背中に乗っけたまま、前足で半分だけ開いた目をこすっている。
 彼は徐々に高度を下げて、慌てて座った私の膝上に乗る。
 そこで丸くなって、しっぽを一振り。再び、すやすやと眠り始めた。
 だ、だめだ、不満そうでも寝ぼけていても可愛いなんて!
 私が膝上の温もりにほっこりしていると、オスカーさんの手がモモの頭へ伸びてきた。
 しかし毛先に届くか届かないか程度、指先でほんのりとだけ触れて、それでおしまいだった。

「オスカーさんってば。モモに会うのももう結構な回数になるのに、まだ慣れないのですね?」
「……悪い、どうもな。猫や犬には昔から好かれなかったのだ」
「あら。動物にも怖がられていたんですの?」
「いや、そうではない。なぜか嫌われて、幾度も引っかかれ、噛みつかれた。それで身構えるようになったら、今度は怯えられるようになった。何度、ホセに助けてもらったことか。あいつは、どんな動物にも好かれるからな。魔物は苦手だが」

 予想外のような、そうでもないような。
 なるほど、そんな経緯があれば表情も手もこわばるわけだ。

「モモは精霊獣ですから、噛みませんわよ。しゃべること、調味料を出せること、浮くこと以外ほぼ、わんこですけど、ちゃんと精霊獣ですわ」
「ああ、重々承知しているさ。実際に召喚するところも、この目で見せてもらった。むろんはじめは驚いたさ。貴族だろうと、召喚できる者はほとんどいないのだからな。それを平民だと思っていたアメリアがとは、よもやだった」
「うぅ……、その節はご迷惑をおかけしました」
「なに、まったく気にしていない。事情も聞かせてもらったからな」

 やっぱり、この人の笑顔は私を救ってくれる。
 心が軽くなるとともに思い返されるのは、ひと月ほど前のこと。
 食の都・フィランでのお料理大会で、私が男爵家の出身であるという秘密が貴族時代の友人・シーシャによりおおやけにされたときのことだ。
 そのあと私は、オスカーさん、オスカーさんの執事であるホセさん、常連客のフィオナさん、サンタナさんの四人に対して必死で弁明をした。
 だますつもりはなかったこと、隠すべき理由があったことなどを、半ば混乱状態で訴える。説明になっていなかったかもしれないが、彼らは私の事情をんでくれた。
 そのうえ、ほかの方々には言いふらさないでくれている。私も彼らには、できるだけ隠し事はしないよう決めた。
 そのためモモの存在についても、彼らに明かしてある。私の料理が彼の作る調味料に支えられていることもそのときに伝えた。
 みんなが一様に驚くなか、「……変わった料理ばかり作るなと思っていたんだ」とオスカーさんはむしろ納得していた。ホセさんも以前からモモが精霊獣っぽいと言っていたので「予想的中!」なんて喜んでいたっけ。
 そこまで思い起こしたところで、オスカーさんが咳払いをした。

「それより気になるのは、近くにできた店のほうだ。なにか変なことはされていないか?」

 またモモの毛先にだけそっと触れて、彼は問うてくる。

「はい、別になにも。ただちょっとばかり、いえ、かなーりライバル視されてるだけですわ」
「ならいいのだが。調味料を生成できることが知られれば、料理大会のときのように、また変なやからに目をつけられかねないから用心してくれ。必要ならば、この店に警備隊を配置しても……」
「なっ、いりませんわよ!」

 やはりとんだ心配性だ、オスカーさんは。
 それに考えてみてほしい。警備が厳重な古ぼけた料理屋に、誰が入りたいと思うだろうか。たとえ、おなかがすいていても、逃げ出してしまう。
 ここはなんとしても、退しりぞけなければ!

「これでも魔法は一通り使えますし、大丈夫ですわ。ちょっとの危険くらい払ってみせますもの」

 私は、右の人差し指に水の魔力をまとわせて、主張する。
 と、その指が不意に柔らかく握られた。

「でも、誰かにこんなふうに捕まるかもしれないだろう」

 オスカーさんは少し身をかがめると、その揺らがぬ藍色の瞳を寄せて私を上目遣いで見てくる。
 彼は真剣そのものだ。
 一方の私はといえば……どうしたことだろう、この一瞬で、まるで金縛りにあったように動けなくなっていた。
 オスカーさんから逃れて、私が自衛できることを証明しなければ。
 そう思うのに、自分が自分じゃないみたいに、心と身体が乖離かいりしている。
 なんとか唾を呑み込み、声だけで訴えてみた。

「べ、別に大丈夫ですわよ! 今はオスカーさん相手ですし……」
「俺相手なら、か。でも、もし俺が悪い人間だったら? ここでアメリアになにかすることもあるかもしれない」
「オスカーさんが悪人じゃないことは、私が誰よりもわかってるつもりですわ!」

 うぅ、いつまで指を握っているの!
 頭に血が上ってくるが、彼は一向に離してくれない。
 改めて考えると、どんどんと深まる夜に、世間から切り離されたこの空間で美丈夫びじょうふと二人きり。止めるものは誰もいない。
 ふとこのままどうにかなった未来が頭をよぎって、私はなお硬直してしまう。

「旦那、迎えに来ましたよー……って、ありゃ。なんか来るタイミング、まずったみたい?」

 それを打ち破ったのは、オスカーさんの執事・ホセさんの呆けた声だった。
 やっと指が解放される。
 ほっとしたような、そうなったらなったで物足りないような。
 私はつい左手で自分の人差し指を握り込んだ。熱い顔を隠すためにうつむき、恥ずかしさを堪える。

「別にいい。毎度すまないな、ホセ」
「いえいえ、迎えくらいたやすいことでさぁ。それに、ここに来れば会いたい子に会えるしね」

 靴を鳴らしホセさんが迷わずやってきたのは、私の前だ。
 片膝をついてかしずくような姿勢になるが、なにも忠誠を誓われているわけではないし、愛の言葉が私に投げかけられるわけでもない。

「可愛いなぁモモちゃん。やっぱりふわふわだしいやされる~……!」

 彼は、モモのとりこなのだ。
 わふわふと頭を撫で、お腹の毛をそれはそれは愛おしそうにさする。

「ホセさんが来るから、召喚したままにしてたんですわよ? 結局寝ちゃいましたけど」
「これはこれで貴重だよ。ありがとうな、あんた。それにモモちゃんもありがとう、もはや生まれてきてくれてありがとう。あぁいやされる~。ねぇ今度、屋敷にも連れてきてよ」

 一気にその場の空気が変わったのは、言うまでもない。


   ◇


 古いレシピの再現に本腰を入れると決め、まず着手したのは、そこに書かれているもののうち、比較的馴染みのある料理だ。ただし少し材料が変わっていて、とある野菜をメインに使うらしい。
 そこで、それを入手するためにやってきたのは……テームズ家のお庭。
 その一角を間借りして作った、『アメリアの畑』と名のついた場所だ。
 オスカーさんと出会ってすぐの頃、貴族のお客様に接待料理を振る舞った礼として受け取った。
 以来、定期的にこうして訪れて、お世話をさせてもらっている。
 今回は、お目当ての食材がちょうど収穫時期を迎えようとしていたため、足を運んできた。

「ああ、モモちゃん。本当にふかふかだなぁ」
「ふふん、ボクは精霊獣だからねぇ」
「うんうん、わかるよ。あぁ本当に可愛いなぁ」

 ついでではあるが、モモの来訪を熱望していたホセさんの期待にも応えた形だ。
 ……とにかく、ホセさんはモモにたらし込まれてるのよねぇ。
 この前の夜に見たものとほとんど同じ光景が、私の前で広がっている。
 場所と時間だけは夜の店内から昼の外へと移っているが、あとはほとんど変わらない。
 ホセさんは、しっかりとした執事らしい一面もあるが、基本的に小動物っぽさがある。
 笑うたびに歯を覗かせるあたりなんて、なんだか子犬っぽい。つまり、実質わんこ同士! 可愛さ倍増で日が暮れるまで眺めていられそうな組み合わせだ。

「どうだ、そっちは順調に進んでいるか?」

 ついつい手を止めていると、オスカーさんに声をかけられた。
 今日の彼は、上級貴族らしい服でもお店にいるときのようなエプロン姿でもない。
 シンプルなシャツに、ゆとりのある綿のズボンを穿き、腰元に巻いたベルトにはスコップやハサミ、小さなじょうろなどを提げている。
 いわゆる作業着スタイルだ。ちなみに、私も似たような恰好をしている。
 が、やはり辺境伯様は潜在的な魅力が段違いだ。これだけ庶民的な服を着ていても、その上品なオーラは消えていない。
 私は日差しよけの帽子を少し上にずらしてから、採取用のかごを傾けて彼に中を見せる。

「ええ、まぁ。とりあえずトマトはこれで最後ですわね」

 そして私は人差し指を立てて、目をつぶった。

「我が手に清らかな恵みを。水よ、来たれ!」

 波動のようなものを指の先まで伝わらせることで、魔法を発動した。
 細い糸のような水流を空中で伸ばし、トマトのヘタの上でくるりと輪を作る。
 そのまま糸を絞れば、一切触れることなく下に構えていたかごに実が落ちてきた。

「便利なものだな。さまざまな魔法が使えるというのも」
「ええ、生活するには重宝しますわね。ほら、このままお野菜を洗うことだってできますもの」

 つまり、そのまま食べることもできてしまう!
 多少お行儀は悪いけれど、私は移動しながら、れたてのトマトをひとかじり。その実を弾けさせる。
 夏の日差しを燦々さんさんと浴びて真っ赤に色づいた果実は、酸味と甘味のバランスが程よい。まだ残暑が厳しく動けば汗ばむ季節だけに、その果汁が身に染み渡る。

「うーん、美味しいっ! オスカーさんもお一ついかがです?」

 私は空いたもう片方の手で、トマトを取り出し彼に差し出す。

「うむ、勧められたのならばもらおう」

 この小さな不作法に、彼も乗ってくれた。お堅そうに見えて、案外遊び心もある人なのだ、彼は。
 そうして二人、しゃくしゃくとかじりながらやってきたのは秋野菜畑の前だ。
 ここに、今回のお目当てである野菜があった。
 私はじゃがいもやにんじんたちの苗をすり抜けて、目的地へと向かい、そこで驚かされる。
 顔と同じ、いやそれ以上に大きい実がなっているのだ。

「こんなに立派になるなんて!」

 私はしゃがみ込むと足を踏ん張り、その実――かぼちゃを両手で抱え上げる。まるで子どもを抱え上げたような重みだ。
 嬉しくなって、オスカーさんを振り返るのだけれど――あらら、彼がいない。
 彼は彼で、少し手前の花壇でしゃがみ込んでいた。


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