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三章

第44話 怪しい客人

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こんな時間に、誰がなにの用だろう。
不審には思ったが、確認をしないわけにはいかない。

私は席を立ちあがり、扉を開けに行く。するとそこには、一人の女が立っていた。

その顔には、まったく覚えがない。
年齢としては四十代頃で、後ろで一つくくりにしていて、少しよれてしまった服を召している。片腕を抱えるようにして、身を縮めていた。

「も、も、申し訳ありません、こんな時間に。ここに腕の立つ薬師様がいると聞きつけて、どうしてもお仕事を依頼したく、まいりました。宿の方には許可をいただいています。どうか、お話だけでも聞いてください」

彼女は丁寧に腰を折り、深々と頭を下げる。

どうやら、なにか事情があるらしかった。
非常識な行動であることはたしかだった。それに、宿の人間が認めたというのも事実かどうかわからない。

が、ここまでされれば、ただ追い返すのも躊躇われた。

私が「どうぞ」と中へ促せば、「本当ですか」と彼女は笑みを見せる。
ただし、その表情からうかがえるのは、喜びの感情というより、なにかの呪縛から解放された。そういった雰囲気で、私は警戒しながら席に着く。

「どうしても、これで毒の生成をしていただきたいのです」

そして出てきたのは、こんな依頼だ。

「あなたが名のある薬師様だというのは、この間、トレールの街に行った際に聞きました。虫や害獣を殺す薬を作られてますよね」
「えぇ、そうですが……」
「私たちの農地に出るようになった魔熊をどうしても退治したいのです! 毎日、農地が荒らされておりまして困っているんです。冒険者様に頼んで駆除をしても何度も現れてしまって……」

彼女は眉を落としながら、震えた声で言う。
いかにも悔しそうなそぶりだった。だが、その声はいまいち心に響いてこなくて、私は改めて彼女の身なりを見る。

少しぼろい服装に、簡単な髪形。これだけなら農民らしいのだけれど、
熱弁をふるう彼女の手の平は綺麗そのものだ。豆の一つもないのだから、とても、日ごろから農具を握っているようには見えない。

怪しい、と正直に言えば思った。
なにせ魔熊を殺せるような毒薬ならば、人をも殺すことができるのだ。

だが、私はそんな思考をいっさい顔には出さない。
そのあたりは、王妃として鍛え上げてきたから、いつでも仮面を貼り付けられる。私は眉を落として、声のトーンを落とす。

「魔熊ですか、それは大変ですね。かなり強い毒がないと倒せません」
「はい……。この種に毒性のある植物の実を使って、毒餌を作ってみたのですが、それだけではだめでした。だから、もっと強力な毒薬を精製してほしいんです。ぜひこれも使ってください」

机の上には、底がへこんでいるのが特徴的な赤い実が数粒転がされる。
それはついこの前、フィーネの身体を蝕んでいた毒を調べるときに、本で見かけていた。

たしか、ミュラ王国の西方で取れるイチイという実だ。
その種の毒性はかなり強く、人間なら数粒で昏倒してしまうほど。ただ、強烈な渋みがあることで、そもそも野生の動物が摂取することはない。

そう書いてあったっけ。

「どう、でしょうか……?」

女性が私をのぞき込むように見てくるから、私は作り笑いを浮かべる。もう少し根掘り葉掘り、聞いておきたかった。

「ちなみに、報酬はいくらくらいでしょうか」

「えっと、本当に困っておりますので、金貨五十枚ほどは……あの、もっと頑張れば出せるかもしれません。交渉次第だとは思いますが……」

かなりの報酬額だ。
たとえ集落全員で集めたとしても、簡単に差し出せるような金額ではない。

ますます、疑念が深まる。

「そうですか。わざわざご依頼ありがとうございます。まずは検討させていただいてもいいですか。熊を殺せるほどの毒だと、簡単には作れませんし、作ったこともないですから」
「作ろうとしてくれるだけで十分です! ありがとうございます!」

彼女は座ったまま頭を下げると、胸元から紙切れを一枚取り出す。用意がよすぎるあたり、他の人にも同様の依頼をしているのかもしれない。

「もしできたら、こちらの村までお持ちください! 必ずや報酬はお支払いしますから」
「かしこまりました。調薬できましたらお持ちいたします」

話が終わり、私は彼女を部屋の前で見送る。
そうして一度は扉を閉めたが、私はすぐに外へと出て、彼女の後をつけることにした。


宿の前の道が比較的開けていることもあった。
おかげで見失うことなく、物陰に隠れながらついていく。

すると、その女性は路地裏を何本か入っていき、周りをきょろきょろと見渡したあと、近くにあった小さな民家の一つへと入った、

ただ帰っただけ、というふうには見えなかった。
そもそも、ここはまったく田畑がある場所ではない。都市の真ん中にある住宅地だ。

私は気配を殺して、その家屋の壁際へと近づいていく。
すると、さっきの女性が再びその家の中から出てきて、私は壁に身を隠す。その手には、大金が握られていて、女性は逃げるようにどこかへと走っていった。

さっきの話が嘘だったのは、これでほぼ間違いない。

さっきの女性は、金をもらうために、農民のふりをして毒薬の生成依頼をしてきたのだ。

そして、そうなると、毒薬の利用目的が魔熊退治以外のところにあるのもたしかだろう。

気になった私は、しばらくそこで聞き耳を立てることにする。
すると、中からは少しだけ男たちの会話が聞こえてきた。

「――様の命令だ。とにかく急いで、毒薬を――」
「――もうそろそろ戻らなければ、時間が――」

その内容は、途切れ途切れではっきりとは聞こえなかった。
得られたのは断片的な情報だけで、つなぎ合わせてみても、なにか確信を得られるようなものじゃない。

が、しかし。一つだけはっきりと、分かったことがあった。

彼らの話す言葉は、私にとって耳馴染みのある喋り方――つまり、西側特有のものだ。
ミュラ王国の人々が話す言葉のイントネーションに慣れてきた今だからこそ、確信を持てる。

どうやら彼らは、オルセン王国側の人間らしい。


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