58 / 71
四章

第58話 元王妃、薬学の先生に褒めちぎられる。

しおりを挟む

「はじめは、とても厳しい方だと思っていたのですが、優しさもあり、なによりも同じ目線で話をしてくれました。ただ、薬学の話をしていたら時間を忘れいたり、意外と抜けたところがある人だな、と」

自画自賛しているみたいで内心では恥ずかしかったが、私ははっきりと言い切る。
そして、話した失敗も、実際に彼の前でやったものだ。

気づけば会話をしているうちに打ちあわせの時間が来ていて、遅刻をしたことがあった。

これで、どうかと私がエーギル先生を見れば、彼は肩を一つ揺すって、笑う。

「まったく俺の知ってるあの人だ。うん、そうだ、そういう間抜けなところがあった」
「……あはは」

大笑いするエーギル先生を前に、私は思わず苦笑いをする。

「似ているな、その笑い方」
「え」
「アストリッド様によく似ている。他人の空似だろうが、あの人もよくそう笑っていた」

あの人に興味のない先生が、私でさえ気づかなかった癖をそこまで見ていたとは、思いもしなかった。

私は驚きから目を丸くする。そこへ、彼はこう言葉を続けた。

「まったく素晴らしい王妃だった。あんな人は金輪際、この国に現れないだろうね」
「……というと?」
「あの人は、きちんと市井を見ていた。おれのような外れものでも、能力を見込んで、目をかけてくれた。庶民の暮らしに寄り添える英傑だ。そういるものじゃない」

思わず、胸の奥が熱くなるセリフだった。
仕事に追い立てられながら、必死に仕事をしていたあの頃の自分が、おかげで少しだけ報われた気がする。

民が幸せに暮らせるような国にしたい、そう常々思っていたからこそ、実にありがたかった。

「聞いてくれよ。ここにアストリッド様が来ていたときの話なのだが――」

その後も、エーギル先生による、私の話はしばらく続く。

薬学を学びたいと言って、急に大量の薬草を抱えて尋ねた話だとか、山のように積みあがった本を雪崩のごとく崩して先生が頭を抱えた話だとか、どの話も身に覚えがあるから、なかなかに恥ずかしい。

「でも、なかなか筋はよかったんだ。多忙で年にそう何回も来れはしなかったが、物覚えは早かったしね」

が、その分、先生が私を評価してくれていたことも伝わってきて、とても嬉しくもあった。

そんな時間がしばらく続く。
一方的にまくしたてるように喋るその姿は、とても懐かしい(昔は薬学についての話ばかりだったが)もので、こんな時間も悪くないと思っていたら、どれくらいか経った頃、彼は思い出したように一つ手槌を打つ。

「あぁ、そうだ。悪い悪い。久々の客人で、話をしすぎた。そろそろ、本題を聞こうか。今日はなにをしにきたの?」

延々と続きそうだったが、一応は覚えてくれていたらしい。

「あの、この毒薬の解毒薬を作りたいんです」

私は、カバンの中に入れていた薬箱から、船内で作り上げた瓶に入った毒薬を取りだす。
すると彼はそれを興味深そうに眺めてから、からからと揺する。

「内服するタイプの毒薬か……。なるほど、こりゃ趣味が悪い。飲んでしまったら、数時間後には泡を吹いて、白目をむくだろうね。その解毒剤とは、また珍しい。まぁ理由は聞かない。どうでもいいからね。おや、少し塩が入っているな。もしかして海辺で作ったか?」

そして出てきた指摘は、やはり鋭い。
船の中だから、そういうものが潮風のせいで混じってもおかしくはない。

「だが、まぁ毒性には影響がないらしい。うん、少し借りてもいいかな?」
「はい、ぜひお願いします。いろいろと試したのですが、もうさっぱりで。こちら、試作品の解毒薬になります。少しであれば毒性は下げられるのですが……」
「なるほど。これもまた面白い。これはセイタンの根を使っているのがベースだね。そして、エンゼル魔石の粒子が内臓に壁を作って吸収を阻害する。なるほどなるほど」

エーギル先生による、一方的な語りと、毒薬分析が始まる。

何度見ても、やはりさすがのものだった。
最近ではかなり勉強してきたとはいえ、その博識、慧眼ぶりには驚かざるをえない。

私はそれをかじりつくようにして聞く。
もう聞けないと思っていた講義だ。そして、ミュラ王国に戻れば、またしばらくは聞くことができなくなる可能性が高い。

今回の解毒薬づくりのためだけではなく、ただ一薬師として、できれば一言一句、耳に残しておきたかった。

メモを取らせてもらいながら、話をする。

そうして、エーギル先生が出した結論はといえば――

「ここに、ギーナという薬草の葉を煮出したものがあれば足りる」

意外とシンプルなものだった。
私が行きつくことのできなかった回答に、こんなに早くたどり着くのだから、さすがである。

「あれは魔素を蓄えるからね。あれがあれば、魔石とうまい具合に反応して、毒消しの効果が飛躍的に高まる。むしろ、それだけでいい。よくここまでのものが作れたものだ」
「……ありがとうございます。先生は今お持ちですか?」
「いいや、あれはなかなか見かけない薬草でね。そもそも野生でさえあまり見かけない代物だ。一月ほど時間をもらえればいいが、それでは遅いか……」

先生は、ひどく残念そうに言う。

ギーナ。その薬草のことは、私もよく知っていた。

そもそもはエーギル先生に、珍しい薬草だと教えられたのだ。
普通、簡単に入るようなものではない。何日もかけて、山や森を探し回り、やっと群生地を発見できるような、そういう薬草だ。

だが、私にはたった一つだけあてがあった。

そう、王城内の裏庭にある私の薬草園。
そこで私は、珍しい薬草類を育てており、ギーナはそのうちの一つだったのだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...