料理男子、恋をする

遠野まさみ

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恋をしよう

薫子の謎(4)

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佐々木がスマホで何処かに電話をし始めた。佳亮は佐々木が通話で何かを確認した後、彼女が運転する社用車に乗って白くて高い塀が続く場所に来ていた。道の角を曲がってからずっとこの塀だ。あまりに変化がないから、佳亮は窓の外を見るのに飽きて前方を見ていた。

車は塀が途切れたところで止まった。車が横付けされた場所には高くそびえる豪奢で大きな門扉。門扉の中には広い庭が広がっていて、その中を門扉の真ん中から奥のほうに伸びる道一本があった。

佐々木が運転席を降りて門の横にある通用門のようなところでインタフォンで誰かと話している。すると門が開き、佐々木は運転席まで戻ってくると車で門の中に入った。

ゆっくりと進む塀の中は緑が豊富でまるで公園のようだった。手入れされた樹木。短く刈られた芝生。ところどころに咲き乱れる美しい花々。まるで西洋の豪邸の庭だ。

そしてその庭を抜けると真っ白で大きな建物が姿を現した。まるで昔の貴族の館のような装飾のされた館。佳亮は目の前に展開される光景に圧倒されすぎて、何も言えなくなっていた。ただただぽかんと目の前の光景を見ているだけだ。

車が大きな正面扉の前に着くと、扉が開いて中から品の良い老人が出てきた。背はピシッと伸ばされ、黒の三つ揃えを身に着け、手には白い手袋をしている。

佐々木が運転席から降りたので、佳亮も倣って降りる。佐々木が老人にお久しぶりですと挨拶しているのを、やはりぽかんと眺める。老人が佐々木と挨拶をした後、佳亮を見た。

「杉山さま、でございますね?」

何故佳亮の名前を知っているのだろう。はい、と頷くと、老人は好々爺然とした笑みを浮かべて、薫子さまがお世話になっております、と挨拶をした。

「杉山さまのことは、薫子さまから少しお伺いしております。私は大瀧家の執事をしております、白樺と申します。今日は良くお越しくださいました」

「い…、いえ……」

目の前に繰り広げられる展開についていけなくて、佳亮は呆然と返事をするしか出来ない。

「薫子さまのことは、ご幼少の頃からお傍で拝見しておりました。本日、杉山さまにお越しいただいて、感謝しております」

感謝? 何故初めて会う人間に感謝などされなければならないのだろう。

「さ、ご挨拶はこのくらいにして、薫子さまのお部屋にご案内いたします。佐々木さまもご一緒に」

にこりと笑って佐々木が白樺の後を追う。佳亮は佐々木の後を慌てて追った。

玄関を入ると玄関ホールはライブが出来るのではないかと思うほど大きく吹き抜けになっている。そしてその中央から曲線を描いて上へあがる階段が伸びている。階段は途中で左右に分かれてやはり曲線を描いて二階へと続いている。玄関ホールも階段も抑えた赤色の絨毯がひかれていて、白樺の革靴の足音はしなかった。

階段の手すりは太くて大きくてあめ色でつやつや光っている。埃の存在なんて微塵も感じさせない。うっかり手垢を付けそうなので手すりには捕まらず階段を上がる。二階に上がると広い廊下を案内され、一番奥の大きな扉の前に立たされた。佐々木が重厚な扉をノックする。

「社長。佐々木です」

こんな分厚そうな扉の前で喋っただけで部屋の中に届くのだろうか。そう思ったけど、部屋の中から、なに? と返事が返った。

佐々木が、入ります、と言って扉を開ける。白樺は扉の前で直立して動かない。その目の前を佐々木と一緒に横切り、扉を潜った。

扉を潜って目に入ったのは、浮き出しでアラベスクの模様の入った白い壁紙に囲まれた大きな部屋の真ん中にポツンと置かれた、白のレースの天蓋付きのベッドだった。部屋の大きさからベッドは小さく見えるが、その中に埋もれている人を見れば、ベッドの大きさが分かるというものだ。枕は大きめのものが三つ。その枕に頭を埋めていた薫子が、此方を見て驚いた顔をした。

「よ、佳亮くん……」

薫子は白いネグリジェを着ていたが、シーツを口許まで引き上げると体も顔も隠そうとした。ベッドで寝ているのなら、病気だったんだろう。辛いところへお邪魔してしまって悪かったなと思った。

「薫子さん、病気やったんですね…。僕、暫くマンションの明かりが灯らへんかったから、またお仕事忙しくて帰れへんのかと勝手に思てお弁当差し入れに行ってしもたんですけど、余計なお世話でしたね。ゆっくり休んで、早く良ぉなってください」

ぺこりと会釈をして部屋を出ようとする。それを薫子が止めた。

「まって! 待って、佳亮くん。…その、手に持ってるの、お弁当?」

「あ、はい……」

お弁当がどうしたんだろう。薫子は具合が悪いのに…。

「た、食べる……。佳亮くんのお弁当、食べたい……」

部屋の扉とベッドの間には距離があって細かい表情は分からないが、薫子は口をへの字にして手で目を拭った。

「大丈夫ですか? 気を遣こてもろてんのやったら、良いですよ? 薫子さん、病気なんやから、おかゆさんでも食べたほうが…」

持ってきたことで気を遣わせてしまったかと思ったら、違う、と薫子が言った。

「病気じゃないの…。だから、お弁当食べたい……」

そこまで言われて渡さないわけにはいかない。保冷ボックスを薫子のところへ持っていくと、薫子は嬉しそうな顔をした。

「肉じゃが、ほうれんそうのお浸し、鰆の味噌焼き、卵焼き、ブロッコリーのチーズ焼き、ケチャップスパゲティ…。すごいね、何時もながら」

頬を緩めて薫子が言う。そんなに手を掛けてものではないので、これで感動されるとどうしたらいいか分からない。
薫子は割り箸を割って、いただきますと言うと、弁当を食べ始めた。佳亮はその様子を見守ってしまう。

「美味しい…。美味しいよ、佳亮くん……」

何故か鼻声で美味しい美味しいと繰り返す。薫子が目じりを拭った時にはびっくりした。…泣いている?

「どうしたんですか、薫子さん。こんなの、何時も食べてるやないですか」

「うん…、でも、何時も美味しいなあって思って。…嬉しくなっちゃった…」

泣いてまで嬉しがることだろうか? 佳亮は訳が分からなくて困ってしまった。

「病気が治ったら、また料理作りますよ。だから早く良ぉなってください」

弁当を美味しい美味しいと言って食べてくれる薫子に言えるのはこのくらいだ。佳亮が言うと、薫子は涙ながらに、うんうん、と繰り返した。

やがてすっかり弁当を食べ終えた薫子は、御馳走さまと言って佳亮を見上げた。いつもは薫子のほうが背が高いから見下ろされているけど、今は薫子がベッドに居るのでその脇で立ってる佳亮が薫子を見下ろしている。

先刻泣いていたからだろうか、瞳が濡れてキラキラしている。佳亮は、早く良くなってくださいね、と伝えて、薫子の部屋を後にした。
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