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贄の娘

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「お義姉さまは、目も曇っているのね! そんな、役立たずな目なんて、潰してしまったらどうかしら!?」

鈴花はそう叫んで、そうだわ、それが良いわ、と、さもいい案を思いついたとばかりにふわりと微笑んで手を合わせると、傍に居た侍女に刀を持ってくるよう言いつけた。侍女は恐怖を湛えた顔でその場を去り、やがて恐る恐る一振りの刀を持ってきた。……おそらく父の振るう刀のうちの一振りだろう。鞘から抜かれた良く磨かれた刃が新菜の方を向き、鈴花の本気を悟った。

「うふふ。お義姉さま、盲(めし)いた目で私の神具をきちんと磨いてくださいましね。曇りの見抜けない目ですもの、無い方がよく磨けてよ」

かちりと音をさせて鈴花が刀を構えた。その時。

「止めなさい、鈴花。姉妹で傷つけあうなど、認めるわけにはいかん。鈴花に天雨神さまのお声を拝聴する役目があるように、あれの血を引く新菜には新菜の役割がちゃんとあると、いつも言っているだろう。それぞれ、役目が違うだけのこと。お互いにいがみ合うのはやめなさい」

二人しかいなかった部屋に、静かな顔をした父・泰三と市子が入ってくる。衣被(きぬかつぎ)色の着物を着、口に髭を蓄えた泰三に庇われて命拾いをしたとほっとした新菜は、鈴花の視界に入らない部屋の端に坐して、両親にこうべを垂れた。一方の鈴花は義姉(おもちゃ)を取り上げられて不服そうな表情で、仕方なしに刀を床に置く。

「あなた。あの女の力なぞ、この娘は持ち合わせておりません。いえ、きっと、あの女はそもそも力を持ち合わせていなかったのですわ。そんな子に、なんのお役目があるというのですか」

義母の言葉に、思わず言葉が飛び出す。

「お義母さま。母は力ある巫女でした。私は幼い頃、母が神さまのお声を拝聴したと、母から聞いたことがあります。間違っても、嘘ではございませ」

言い終わらないうちに、新菜の体を木の棒が叩いた。新菜の細く痩せた体は叩かれた勢いに横に倒れる。

「あの女のことなぞ、聞きたくもありません! お前は口を慎みなさい!」

「…………はい……」

市子は、泰三が天雨家を継ぐために、泰三と結婚を約束していた自分を差し置いて泰三と結婚した新菜の母親を、泥棒猫だと言って憎んでいる。新菜の母親が亡くなった後、後妻として天雨家に入った市子が新菜の母親を口汚くののしり、新菜に辛く当たった結果、市子の娘である鈴花も新菜を見下した。当然母親を擁護する言葉は拒絶され、新菜は市子に冷遇されていた。泰三も本当に好きなのは市子だったためか、娘の鈴花をかわいがり、家の為に結ばれた末に生まれた新菜を擁護してくれることはなかった。
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