26 / 45
衝撃の事実
明かされた真実-1
しおりを挟む
そうして、秋深くなった頃。雪月の新作は、今までの悲恋物語から打って変わって、あやかしとモダンガールの恋物語となった。主人公の女性が精力的に仕事に打ち込む姿を、その娘に恋したあやかしが陰になって支える。華々しい女性の活躍を鮮やかな文章で書き綴ったその作品の最後には、幼い頃から主人公を見守って来た心やさしいあやかしとの初々しい恋物語がつづられていた。
この異色ともいえる作品が、大ヒットした。それまで雪月の作品を読んだことのないモダンガールたちがこぞって雪月の新作を読み、心根やさしいあやかしに、私も会ってみたい、などと言うようになった。
「『降りしきる雪を全て玻璃(はり)に変えて君に贈るよ』、言われてみたいわね~!」
「浪漫溢れているわ~」
雪月の長屋へ向かっているときに、雪月の新作の話をしている女学生と通りすがった。どうやら読者のすそ野は思いの外広いらしい。華乃子は、ふふ、と口元に微笑みを浮かべて高くなった空を見上げた。
葉の落ちた銀杏の木の枝が夕陽に照らし出されて、足元に伸びる影が長い。夏のあの日に雪月が言ってくれた言葉が擦(かす)れた思い出になってしまうほどには、忙しい時間が過ぎていた。
華乃子をモデルにした小説を書き終えてからの雪月は、以前と変わらず本に囲まれて人間とあやかしの話を書いている。路線変更をしたのかと思ったら、モダンガールを題材にしたのはあの一作だけで、次の作品はまた元の悲恋物語のつもりだという。
……勿体ない。折角新しい読者を掴んだのに。
そう思う一方で、あの時の言葉を思い出して、結ばれた恋物語の理由は自分だけが知って居れば良いんだわ、と思う浅ましい己も知っていた。
あれ以来、雪月から何かを言われたことはない。むしろ以前通り過ぎて、あの言葉が効き間違いじゃなかったかと思うくらいに普通だ。
(でも……、確かに私を幸せにしたいとおっしゃってくださったのよ……。物語の中だけでも、それは私には過ぎた幸せじゃない?)
心の中の自分に語り掛ける。気付いてしまった恋心は、消え去るどころか、雪月に会うたびにその色を濃くして赤く熟れていく。やがてぼとりと実が落ちてしまうまで、枯れ枝に引っかかっていなければならない自分の恋を、華乃子は哀れに思った。
「先生、ごめんくださいませ」
雪月の家の玄関で挨拶をすると、奥の部屋から雪月が顔を出した。
「やあ、華乃子さん。どうぞ上がってください」
実に、今回の新刊の原稿を受け取った時以来の雪月である。実は少しどきどきしていたことを、華乃子は自分で否定できなかった。
華乃子は部屋へと通され、雪月の向かいに座ると、風呂敷に包んできた物を差し出した。
「編集部で預かっていた、先生へのご感想のお手紙です。やっぱり反響が凄いですね、今までより沢山!」
これは、華乃子としても嬉しい結果だった。まだ小説は発売になったばかりであり、反応はこれからもどんどん寄せられると期待できた。
雪月もこの反響は想定外だったようで、目の前に差し出された手紙の数に驚いていた。
「いやあ、これは嬉しいものですね。私の作品が、こんなに多くの方の心に触れたのかと思うと、ちょっと興奮すらします」
「ふふ……。先生はもっと興奮しても良いのですよ。それだけの物語を書かれたのですから。此方へ伺う途中ですれ違った女学生たちが、先生の新作を褒めてましたよ。終盤の告白の言葉を言われてみたいってはしゃいでました」
通りすがりに彼女たちの言葉を聞いたとき、自分事のように気分が良かった。だからその気持ちで微笑んで言うと、雪月がぱちりと瞬きをして、照れくさそうに頭を掻いた。
「そうですか……。あの……、伺っても良ければ、華乃子さんのご感想も、お伺いしたいのですが、……華乃子さんは、あの話をどう思われましたか……?」
「え……っ」
感想……。感想って言ったって、この話はもともと華乃子のことを物語の中でだけでも幸せにしたいと思ったから書いてくれた話だ。そこには『視える』ことすらヒロインの魅力の一部として描かれた、やさしい世界が広がっていた。華乃子の『視える』世界を否定せずに許容してくれた物語。嫌いなわけがない。だけど、それだけではなく……。
「……あの作中のモダンガールのモデルが私なのだとしたら、……何時か、私にも、あんな言葉を掛けて下さる方が現れたら良いな、……と、思います……」
本人を前に、緊張で心臓が煩く鳴っている。
期待するまいと思ってきたのに、逸る胸は止められず、どきんどきんという鼓膜の奥の音が異様に大きくなるばかりで、小さな雪月の言葉をかき消してしまいそうだった。
「そう、ですか……。よかった、です」
にこりと微笑むそれは、どうして『よかった』なのか。肝心なことを問いたくて、……勇気が出ない。
「あの……」
鼓動の音が雪月に聞こえてしまうんじゃないか。
そう思った。
「わっ……、私をモデルにあんなに……、やさしい恋物語を書けたのは……、何故なんですか……?」
ずっとずっと悲恋ばかりだったのに、華乃子をモデルにしたら、こんな素敵な恋物語が書けるなんて……。だったら、其処に込められた想いは……?
そう問うと雪月はやっぱり恥ずかしそうに微笑んだ。
「昔……、親切にしていただいたから……」
「…………」
…………は? 昔?
雪月の表情に愛の告白を淡く期待してしまった華乃子の耳が、聞こえてきた言葉を掴み損ねる。
「む、……昔? えっ、何時の事ですか? 春?」
春なら華乃子が雪月の許に移動になった頃だ。丁度雪月の食事を作り始めたころで、そのことだろうかと思った。しかし雪月は首を振った。
「もっと前……。……そう、今から十年以上前。華乃子さんが話してくださった、雪降る中おにぎりをあげた少年。あれが僕なんです……」
え……っ?
「えええっ!?」
この異色ともいえる作品が、大ヒットした。それまで雪月の作品を読んだことのないモダンガールたちがこぞって雪月の新作を読み、心根やさしいあやかしに、私も会ってみたい、などと言うようになった。
「『降りしきる雪を全て玻璃(はり)に変えて君に贈るよ』、言われてみたいわね~!」
「浪漫溢れているわ~」
雪月の長屋へ向かっているときに、雪月の新作の話をしている女学生と通りすがった。どうやら読者のすそ野は思いの外広いらしい。華乃子は、ふふ、と口元に微笑みを浮かべて高くなった空を見上げた。
葉の落ちた銀杏の木の枝が夕陽に照らし出されて、足元に伸びる影が長い。夏のあの日に雪月が言ってくれた言葉が擦(かす)れた思い出になってしまうほどには、忙しい時間が過ぎていた。
華乃子をモデルにした小説を書き終えてからの雪月は、以前と変わらず本に囲まれて人間とあやかしの話を書いている。路線変更をしたのかと思ったら、モダンガールを題材にしたのはあの一作だけで、次の作品はまた元の悲恋物語のつもりだという。
……勿体ない。折角新しい読者を掴んだのに。
そう思う一方で、あの時の言葉を思い出して、結ばれた恋物語の理由は自分だけが知って居れば良いんだわ、と思う浅ましい己も知っていた。
あれ以来、雪月から何かを言われたことはない。むしろ以前通り過ぎて、あの言葉が効き間違いじゃなかったかと思うくらいに普通だ。
(でも……、確かに私を幸せにしたいとおっしゃってくださったのよ……。物語の中だけでも、それは私には過ぎた幸せじゃない?)
心の中の自分に語り掛ける。気付いてしまった恋心は、消え去るどころか、雪月に会うたびにその色を濃くして赤く熟れていく。やがてぼとりと実が落ちてしまうまで、枯れ枝に引っかかっていなければならない自分の恋を、華乃子は哀れに思った。
「先生、ごめんくださいませ」
雪月の家の玄関で挨拶をすると、奥の部屋から雪月が顔を出した。
「やあ、華乃子さん。どうぞ上がってください」
実に、今回の新刊の原稿を受け取った時以来の雪月である。実は少しどきどきしていたことを、華乃子は自分で否定できなかった。
華乃子は部屋へと通され、雪月の向かいに座ると、風呂敷に包んできた物を差し出した。
「編集部で預かっていた、先生へのご感想のお手紙です。やっぱり反響が凄いですね、今までより沢山!」
これは、華乃子としても嬉しい結果だった。まだ小説は発売になったばかりであり、反応はこれからもどんどん寄せられると期待できた。
雪月もこの反響は想定外だったようで、目の前に差し出された手紙の数に驚いていた。
「いやあ、これは嬉しいものですね。私の作品が、こんなに多くの方の心に触れたのかと思うと、ちょっと興奮すらします」
「ふふ……。先生はもっと興奮しても良いのですよ。それだけの物語を書かれたのですから。此方へ伺う途中ですれ違った女学生たちが、先生の新作を褒めてましたよ。終盤の告白の言葉を言われてみたいってはしゃいでました」
通りすがりに彼女たちの言葉を聞いたとき、自分事のように気分が良かった。だからその気持ちで微笑んで言うと、雪月がぱちりと瞬きをして、照れくさそうに頭を掻いた。
「そうですか……。あの……、伺っても良ければ、華乃子さんのご感想も、お伺いしたいのですが、……華乃子さんは、あの話をどう思われましたか……?」
「え……っ」
感想……。感想って言ったって、この話はもともと華乃子のことを物語の中でだけでも幸せにしたいと思ったから書いてくれた話だ。そこには『視える』ことすらヒロインの魅力の一部として描かれた、やさしい世界が広がっていた。華乃子の『視える』世界を否定せずに許容してくれた物語。嫌いなわけがない。だけど、それだけではなく……。
「……あの作中のモダンガールのモデルが私なのだとしたら、……何時か、私にも、あんな言葉を掛けて下さる方が現れたら良いな、……と、思います……」
本人を前に、緊張で心臓が煩く鳴っている。
期待するまいと思ってきたのに、逸る胸は止められず、どきんどきんという鼓膜の奥の音が異様に大きくなるばかりで、小さな雪月の言葉をかき消してしまいそうだった。
「そう、ですか……。よかった、です」
にこりと微笑むそれは、どうして『よかった』なのか。肝心なことを問いたくて、……勇気が出ない。
「あの……」
鼓動の音が雪月に聞こえてしまうんじゃないか。
そう思った。
「わっ……、私をモデルにあんなに……、やさしい恋物語を書けたのは……、何故なんですか……?」
ずっとずっと悲恋ばかりだったのに、華乃子をモデルにしたら、こんな素敵な恋物語が書けるなんて……。だったら、其処に込められた想いは……?
そう問うと雪月はやっぱり恥ずかしそうに微笑んだ。
「昔……、親切にしていただいたから……」
「…………」
…………は? 昔?
雪月の表情に愛の告白を淡く期待してしまった華乃子の耳が、聞こえてきた言葉を掴み損ねる。
「む、……昔? えっ、何時の事ですか? 春?」
春なら華乃子が雪月の許に移動になった頃だ。丁度雪月の食事を作り始めたころで、そのことだろうかと思った。しかし雪月は首を振った。
「もっと前……。……そう、今から十年以上前。華乃子さんが話してくださった、雪降る中おにぎりをあげた少年。あれが僕なんです……」
え……っ?
「えええっ!?」
0
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
なぜか水に好かれてしまいました
にいるず
恋愛
滝村敦子28歳。OLしてます。
今空を飛んでいたところをお隣さんに見られてしまいました。
お隣さんはうちの会社が入っているビルでも有名なイケメンさんです。
でもかなりやばいです。今インターホンが鳴っています。
きっと彼に違いありません。どうしましょう。
会社の帰りに気まぐれに買ったネイルをつけたら、空を飛べるようになって平凡じゃなくなったOLさんのお話。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる