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寛人の野望
突然の求婚-2
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「…………」
…………は?
寛人が何を言ったのか理解できなくて、ぽかんと口を開けて目の前の彼の顔を見つめた。
「女性がそんな大口を開けて間抜け面するものではないよ」
面白そうに寛人が華乃子を見てそう言う。それで華乃子は、漸く揶揄われたのだと分かった。
「寛人さん! 揶揄うのは止めてください!」
のちのち笑い話になるのだろうと思った。しかし寛人は美しい笑みを浮かべたまま、華乃子の言葉を否定した。
「こんな酷い冗談があるものか。僕は本気だ。九頭宮の資産は潤沢だよ。君さえ頷けば、鷹村を見返せるとは思わないかい?」
家を追い出されてからは鷹村のことを考えたことはなかった。寛人もそのつもりで力を貸してくれたのだと思っていた。しかし冷静に考えると、子爵家を飛び出して職業婦人として働く華乃子は華族界でも労働階級でも異端なのかもしれない。
(結局、何処に居ても私は出来損ないなんだわ……)
悔しくて唇を噛み俯く華乃子に、寛人は微笑んだままこう言った。
「古今東西、何処に居てもどんな時でも、力の弱い者は力の強い者に憧れ、惹かれるものなのだよ。君のお継母さんが良い例じゃないか。一夜さんの爵位に惹かれて結婚したんだろう。君と僕にも当てはまることだと思うけどな」
直球で言われると血は繋がっていないとはいえ身内の事なので痛い。そして立場の弱い雇われ人の華乃子が、社長息子の寛人に惹かれないわけがない、とでも言いたいのだろうか。
やさしい寛人に淡く好意を抱いていたことは確かだが、今、華乃子の心を占めているのは寛人ではない。寛人の言葉に応じられず、華乃子は口を噤むことしか出来なかった。しかし寛人は口許を微笑みの形に保ったまま、顎の下で手を組んでその上に顎を載せた。
『力の強いものになれば、君だっておじさんやおばさんを見返せる。そう思ったことはなかったのかい?』
「……っ!?」
今、頭の中に響くような寛人の声が聞こえた。しかし寛人は微笑んだまま、口の形を変えていない。華乃子は右手で右耳をふさぎ、きょろきょろと店内を見渡した。しかし華乃子に耳打ちをしたような様子の人は何処にも居なかった。
『この声が聞こえるのが不思議かな?』
「……っ!!」
また聞こえた。やはり寛人の声だが、彼は口を動かしていない。どういうことだろうと寛人の顔を窺うような目で見ると、今度は口を開いた彼がこう言った。
「君は自分のことを、『視える、聞こえる』という力を持った、人間よりはるかに優位性の高い生き物だとは思わないかい?」
「……っ!」
今、彼は華乃子のことを『視える』と言った。寛人は華乃子があやかしを視る目を持っていることを知っているのだ。……しかし、何故?
雪月の言葉を思い出す。華乃子のことをあやかしを視ていると言って叱った父を『視える』人間だと言った……。あれと通ずるものが、寛人にもあるのだろうか……? 『話し掛けることが出来る』人間、というのも、居るのだろうか……。
そしてもっと前のことも思い出す。寛人は、自分と父親が、華乃子の母親とは縁深いと言ってはいなかったか……。千雪と縁深い、とはどういうことだろう。千雪が雪女であることを知っていたのだろうか……。
「……、…………」
華乃子は注意深く寛人を観察した。しかし彼は、華乃子の視線にも全く動じず、逆に知られたがっているようにも見えた。
得てして、相手が知られたがっている情報というものは、受け取る側に利するものではない。相手が受け取る側を意のままにしたいときに伝えられる情報だ。
そう判断して華乃子は黙ったまま寛人の正面に居た。ゆっくりと彼が珈琲を傾ける。
「雪月先生も描いていただろう、人間とあやかしの間の悲劇を。力のあるものが力のないものに寄り添うと、その力は弱者にとって強すぎる力となることがある。雪月先生の描かれるあやかしたちはみな、良かれとして力を使って、人間とあやかしの間に不幸を招いて来た。それでは折角のあやかしの気持ちが浮かばれない。結ばれるなら、つり合いの取れた者同士が結ばれることが一番良いのだよ。……それに力は財産だ。力が全くないものに対しては力を持つ者のそれは脅威となるが、力を持つ者同士……、つまり同族同士であれば、力の強い者が力の弱い者を囲うのが良いんだよ。……言っていることは分かるかな?」
『同族』。聞いたことのある言葉だ。しかし人間である華乃子には、その意味は分からない筈だった。だから、そう演じなければならない。なのに。
(……これで頷いたらどうなるの……。あるいはしらを切ったら……)
華乃子が沈黙を守っていると、寛人はくっと喉で笑った。
「随分一方的すぎたかな? この話は一旦保留にしようか。……とは言っても、僕は僕の誠意をもって君に求婚することを曲げないよ。それだけは覚えておきたまえ」
寛人はそう言って華乃子の前を去って行った。この一瞬に起こったこと全てが飲み込めず、華乃子は呆然とその場に居た……。
家に帰って太助と白飛に寛人のことを相談すると、
『そりゃああやかしの匂いがプンプンするな!』
『それにしても、俺たちに挨拶もなく華乃子に求婚なんて、なんて無作法な奴なんだ!』
と言っていた。
『しかし、雪女の郷で華乃子が聞いた声と同じ種類の声だったんだろう? だとしたら同種の可能性がある。あやかしは種族によって使える妖力が違うからな』
成程、それは雪月が自分の力を『雪を操る力』と言ったことで分かる。だとしたら寛人の力は何の力だろう?
『それは俺たち低級のあやかしには分からねーよ。人間の姿を取れるくらいなんだから、力のあるあやかしなんだろう。そいつに直接聞いてみることは出来ないのか』
直接聞いても良いけど、そうなるとその時は華乃子も寛人に対して自分があやかしであることを認めなくてはならない。
……いや、半分あやかしであることは、母の千雪が語ったからそうなんだろうけど。
それに寛人とは会社で顔を合わせるかもしれないし、何より今の仕事を斡旋してくれた恩人だ。避けるのは礼儀に反する。
「……そうね、聞いてみるわ……」
華乃子はぐっと腹に力を入れて、そう呟いた。しかし思いの外自分の声が頼りなく聞こえて、こんな時に雪月の気持ちを信じられていたら良かったのに、と思った。
…………は?
寛人が何を言ったのか理解できなくて、ぽかんと口を開けて目の前の彼の顔を見つめた。
「女性がそんな大口を開けて間抜け面するものではないよ」
面白そうに寛人が華乃子を見てそう言う。それで華乃子は、漸く揶揄われたのだと分かった。
「寛人さん! 揶揄うのは止めてください!」
のちのち笑い話になるのだろうと思った。しかし寛人は美しい笑みを浮かべたまま、華乃子の言葉を否定した。
「こんな酷い冗談があるものか。僕は本気だ。九頭宮の資産は潤沢だよ。君さえ頷けば、鷹村を見返せるとは思わないかい?」
家を追い出されてからは鷹村のことを考えたことはなかった。寛人もそのつもりで力を貸してくれたのだと思っていた。しかし冷静に考えると、子爵家を飛び出して職業婦人として働く華乃子は華族界でも労働階級でも異端なのかもしれない。
(結局、何処に居ても私は出来損ないなんだわ……)
悔しくて唇を噛み俯く華乃子に、寛人は微笑んだままこう言った。
「古今東西、何処に居てもどんな時でも、力の弱い者は力の強い者に憧れ、惹かれるものなのだよ。君のお継母さんが良い例じゃないか。一夜さんの爵位に惹かれて結婚したんだろう。君と僕にも当てはまることだと思うけどな」
直球で言われると血は繋がっていないとはいえ身内の事なので痛い。そして立場の弱い雇われ人の華乃子が、社長息子の寛人に惹かれないわけがない、とでも言いたいのだろうか。
やさしい寛人に淡く好意を抱いていたことは確かだが、今、華乃子の心を占めているのは寛人ではない。寛人の言葉に応じられず、華乃子は口を噤むことしか出来なかった。しかし寛人は口許を微笑みの形に保ったまま、顎の下で手を組んでその上に顎を載せた。
『力の強いものになれば、君だっておじさんやおばさんを見返せる。そう思ったことはなかったのかい?』
「……っ!?」
今、頭の中に響くような寛人の声が聞こえた。しかし寛人は微笑んだまま、口の形を変えていない。華乃子は右手で右耳をふさぎ、きょろきょろと店内を見渡した。しかし華乃子に耳打ちをしたような様子の人は何処にも居なかった。
『この声が聞こえるのが不思議かな?』
「……っ!!」
また聞こえた。やはり寛人の声だが、彼は口を動かしていない。どういうことだろうと寛人の顔を窺うような目で見ると、今度は口を開いた彼がこう言った。
「君は自分のことを、『視える、聞こえる』という力を持った、人間よりはるかに優位性の高い生き物だとは思わないかい?」
「……っ!」
今、彼は華乃子のことを『視える』と言った。寛人は華乃子があやかしを視る目を持っていることを知っているのだ。……しかし、何故?
雪月の言葉を思い出す。華乃子のことをあやかしを視ていると言って叱った父を『視える』人間だと言った……。あれと通ずるものが、寛人にもあるのだろうか……? 『話し掛けることが出来る』人間、というのも、居るのだろうか……。
そしてもっと前のことも思い出す。寛人は、自分と父親が、華乃子の母親とは縁深いと言ってはいなかったか……。千雪と縁深い、とはどういうことだろう。千雪が雪女であることを知っていたのだろうか……。
「……、…………」
華乃子は注意深く寛人を観察した。しかし彼は、華乃子の視線にも全く動じず、逆に知られたがっているようにも見えた。
得てして、相手が知られたがっている情報というものは、受け取る側に利するものではない。相手が受け取る側を意のままにしたいときに伝えられる情報だ。
そう判断して華乃子は黙ったまま寛人の正面に居た。ゆっくりと彼が珈琲を傾ける。
「雪月先生も描いていただろう、人間とあやかしの間の悲劇を。力のあるものが力のないものに寄り添うと、その力は弱者にとって強すぎる力となることがある。雪月先生の描かれるあやかしたちはみな、良かれとして力を使って、人間とあやかしの間に不幸を招いて来た。それでは折角のあやかしの気持ちが浮かばれない。結ばれるなら、つり合いの取れた者同士が結ばれることが一番良いのだよ。……それに力は財産だ。力が全くないものに対しては力を持つ者のそれは脅威となるが、力を持つ者同士……、つまり同族同士であれば、力の強い者が力の弱い者を囲うのが良いんだよ。……言っていることは分かるかな?」
『同族』。聞いたことのある言葉だ。しかし人間である華乃子には、その意味は分からない筈だった。だから、そう演じなければならない。なのに。
(……これで頷いたらどうなるの……。あるいはしらを切ったら……)
華乃子が沈黙を守っていると、寛人はくっと喉で笑った。
「随分一方的すぎたかな? この話は一旦保留にしようか。……とは言っても、僕は僕の誠意をもって君に求婚することを曲げないよ。それだけは覚えておきたまえ」
寛人はそう言って華乃子の前を去って行った。この一瞬に起こったこと全てが飲み込めず、華乃子は呆然とその場に居た……。
家に帰って太助と白飛に寛人のことを相談すると、
『そりゃああやかしの匂いがプンプンするな!』
『それにしても、俺たちに挨拶もなく華乃子に求婚なんて、なんて無作法な奴なんだ!』
と言っていた。
『しかし、雪女の郷で華乃子が聞いた声と同じ種類の声だったんだろう? だとしたら同種の可能性がある。あやかしは種族によって使える妖力が違うからな』
成程、それは雪月が自分の力を『雪を操る力』と言ったことで分かる。だとしたら寛人の力は何の力だろう?
『それは俺たち低級のあやかしには分からねーよ。人間の姿を取れるくらいなんだから、力のあるあやかしなんだろう。そいつに直接聞いてみることは出来ないのか』
直接聞いても良いけど、そうなるとその時は華乃子も寛人に対して自分があやかしであることを認めなくてはならない。
……いや、半分あやかしであることは、母の千雪が語ったからそうなんだろうけど。
それに寛人とは会社で顔を合わせるかもしれないし、何より今の仕事を斡旋してくれた恩人だ。避けるのは礼儀に反する。
「……そうね、聞いてみるわ……」
華乃子はぐっと腹に力を入れて、そう呟いた。しかし思いの外自分の声が頼りなく聞こえて、こんな時に雪月の気持ちを信じられていたら良かったのに、と思った。
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