13 / 31
プロローグ『邂逅』
十三話
しおりを挟む
「戻るよ」
「えっ?」
「もうここには用ないでしょ」
「そう、ですね」
「【落としもの】が戻るべき世界を失った時は、そのアーティファクトの効果次第で屋敷の蔵で保管することになってんだけど、君は人だからねぇ……うん、ちゃんと三食昼寝付きで雇ってあげる」
「……本当に、いいのですか?」
「良いも何も、君の為人はある程度把握できたし、経歴を聞く限りでは私のパートナーとしてはもってこいの人材だしね」
「は、はぁ……」
「その王子様らしさの欠片もない腰の低さと巡り巡っていい感じに納まってる卑屈な性格、それに虐げられても屈することのない強靭的な精神力……あとは戦闘方面なんだけど、肉弾戦は無理でも魔法は使えるんでしょ?」
「褒められているのか貶されているのかわからないのですが……使えます」
「あはは、やだなぁ、褒めてんのよ」
あまりのいい様に思わず口元を引き攣らせた青年を余所に、葵ははははと快活に笑いながら廊下を歩く。しかしふと何かを思いついたように立ち止まると、クルリと向きを変えて青年と向かい合った。
「どうかしましたか?」
「いやね、そういえば自己紹介も何もしてなかったなって思って」
「あぁ、確かに」
今さらながら名前を交わしていないことに気づいて、二人はそろって小さな笑みを零す。これだけたくさんのことを話しながらも、互いの素性はほとんど知らないのだと思うと何とも言えない気持ちになってくる。
名乗り合う時間くらい十分あったにもかかわらず、あえてそうしなかったのは、互いに情が湧きすぎることを良しとしなかったから。一度きりの邂逅なのだ、知らないまま別れて後腐れない方がいいに決まっている。
しかしこうなってしまった以上どうしようもない。
お互いに思っていたことは同じだったのか、顔を見合わせて苦笑いを浮かべつつもそれぞれに自己紹介を始めた。
「私は鑑継葵。君は?」
「リオン・バレス・ガルシアです。どうかリオンと」
「リオンね。じゃあ私のことも葵って呼んで。君って幾つなの?」
「十八になります」
「へぇ、やっぱり年下かぁ」
「えっ」
「ん?」
葵の呟きに、リオンの驚くような声が廊下に響く。葵は訝しむように彼を見ながらこてりと首を傾げた。
「……幾つだと思ってたの?」
「いや、その」
「いいよ。怒らないから言ってごらん?」
「……同じ歳くらいかと」
「なんだぁ、年下に見られるくらいなら怒らないって! これでも歳は二十三なの。よかったぁ、実年齢より上の数字を言われた時にはどうなってたことか……ねぇー?」
葵は青年リオンの言葉にパッと表情を変えて軽快に笑うも、その目はどことなく射殺すような何かを秘めている。リオンはその底冷えしそうなそれに若干身を引きながら必死にコクコクと首を縦に振った。女性と話す機会などほとんどなかったというのもあるが、歳のことに触れると痛い目を見ることだけはわかったので、これ以上は触れまいと心の中で誓う。女性はその辺りがかなり繊細なのだと身をもって知った。
「普段はしがない会社員してます。まっ、もうすぐ辞めるけど」
「かいしゃいん?」
「えーっと、仕事してたの。内容は事務……文官? なのかな……まぁそんなとこ。でもあと数日したら家業の方を中心にやることになるから、君にはこれから私のパートナーとして仕事をガンガンこなしてもらうことになると思う。詳しいことはこれから話そうね」
「わかりました」
そう言って再び歩き出した葵の後ろをついていきながら、リオンは彼女の背中になにげなく視線を送る。
この少女のような外見をした葵がいったい何者であるのか。この小さな背中に何を背負っているのか。今はほとんどわからない。ただ世界を渡り歩くことのできる稀有な能力を持ち、【落としもの】と呼ばれる物を元の世界へと返すことを生業としていることだけは理解した。
まったく新しい世界で壮大な仕事に携わることになろうとは、つくづく自分は人生というものに翻弄されっぱなしだなとリオンは小さくため息を吐く。しかし未知の恐怖よりも先に純粋な興味が湧きあがってくるのを感じて、無意識のうちに口元を緩めた。
塔の上から変わらぬ風景を眺め、戦場で人の生き死にを眺め続けた日々。寂しいという気持ちも悲しいと泣きたくなるような夜も、首輪という呪縛が解き放たれようとも鮮烈に焼きついてリオンの心の大部分を占めている。それは間違えようもなく今のリオンを形どるものであり、自分自身が積み上げてきた逃れることのできないものだ。
自由を失い、世界を失い、降り積もっていた感情のやり場さえも失くしてしまったけれど、今ここに居る自分は間違いなく歓喜していた。
滅んでしまった世界の者たちに罪悪感が無いわけではない。しかしこう思っている自分も居るのだ。
『私という存在を受け入れなかったのはそちらの方だろう』と。
リオンはそこまで思い至ると、それを振り切るように軽く首を振る。
もう自由なのだ。これからは選択という自由が当たり前のように享受できる。意思ある者として当然の権利を得たのだ。
それもこれも前を歩く一人の女性が起こしてくれた奇跡。彼女のおかげで新しい運命を掴むことができた。だからこそこれからは彼女の助けになるように動きたい。それが自分の意思で選択した『自由』。
「……あ、雪」
彼女の呟きを拾って窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空からちらほらと粉雪が舞い始めている。道理で寒いわけだと苦笑した葵の横で、リオンは一人淡く染みゆくような幸せを噛み締めた。
-プロローグ『邂逅』 了-
「えっ?」
「もうここには用ないでしょ」
「そう、ですね」
「【落としもの】が戻るべき世界を失った時は、そのアーティファクトの効果次第で屋敷の蔵で保管することになってんだけど、君は人だからねぇ……うん、ちゃんと三食昼寝付きで雇ってあげる」
「……本当に、いいのですか?」
「良いも何も、君の為人はある程度把握できたし、経歴を聞く限りでは私のパートナーとしてはもってこいの人材だしね」
「は、はぁ……」
「その王子様らしさの欠片もない腰の低さと巡り巡っていい感じに納まってる卑屈な性格、それに虐げられても屈することのない強靭的な精神力……あとは戦闘方面なんだけど、肉弾戦は無理でも魔法は使えるんでしょ?」
「褒められているのか貶されているのかわからないのですが……使えます」
「あはは、やだなぁ、褒めてんのよ」
あまりのいい様に思わず口元を引き攣らせた青年を余所に、葵ははははと快活に笑いながら廊下を歩く。しかしふと何かを思いついたように立ち止まると、クルリと向きを変えて青年と向かい合った。
「どうかしましたか?」
「いやね、そういえば自己紹介も何もしてなかったなって思って」
「あぁ、確かに」
今さらながら名前を交わしていないことに気づいて、二人はそろって小さな笑みを零す。これだけたくさんのことを話しながらも、互いの素性はほとんど知らないのだと思うと何とも言えない気持ちになってくる。
名乗り合う時間くらい十分あったにもかかわらず、あえてそうしなかったのは、互いに情が湧きすぎることを良しとしなかったから。一度きりの邂逅なのだ、知らないまま別れて後腐れない方がいいに決まっている。
しかしこうなってしまった以上どうしようもない。
お互いに思っていたことは同じだったのか、顔を見合わせて苦笑いを浮かべつつもそれぞれに自己紹介を始めた。
「私は鑑継葵。君は?」
「リオン・バレス・ガルシアです。どうかリオンと」
「リオンね。じゃあ私のことも葵って呼んで。君って幾つなの?」
「十八になります」
「へぇ、やっぱり年下かぁ」
「えっ」
「ん?」
葵の呟きに、リオンの驚くような声が廊下に響く。葵は訝しむように彼を見ながらこてりと首を傾げた。
「……幾つだと思ってたの?」
「いや、その」
「いいよ。怒らないから言ってごらん?」
「……同じ歳くらいかと」
「なんだぁ、年下に見られるくらいなら怒らないって! これでも歳は二十三なの。よかったぁ、実年齢より上の数字を言われた時にはどうなってたことか……ねぇー?」
葵は青年リオンの言葉にパッと表情を変えて軽快に笑うも、その目はどことなく射殺すような何かを秘めている。リオンはその底冷えしそうなそれに若干身を引きながら必死にコクコクと首を縦に振った。女性と話す機会などほとんどなかったというのもあるが、歳のことに触れると痛い目を見ることだけはわかったので、これ以上は触れまいと心の中で誓う。女性はその辺りがかなり繊細なのだと身をもって知った。
「普段はしがない会社員してます。まっ、もうすぐ辞めるけど」
「かいしゃいん?」
「えーっと、仕事してたの。内容は事務……文官? なのかな……まぁそんなとこ。でもあと数日したら家業の方を中心にやることになるから、君にはこれから私のパートナーとして仕事をガンガンこなしてもらうことになると思う。詳しいことはこれから話そうね」
「わかりました」
そう言って再び歩き出した葵の後ろをついていきながら、リオンは彼女の背中になにげなく視線を送る。
この少女のような外見をした葵がいったい何者であるのか。この小さな背中に何を背負っているのか。今はほとんどわからない。ただ世界を渡り歩くことのできる稀有な能力を持ち、【落としもの】と呼ばれる物を元の世界へと返すことを生業としていることだけは理解した。
まったく新しい世界で壮大な仕事に携わることになろうとは、つくづく自分は人生というものに翻弄されっぱなしだなとリオンは小さくため息を吐く。しかし未知の恐怖よりも先に純粋な興味が湧きあがってくるのを感じて、無意識のうちに口元を緩めた。
塔の上から変わらぬ風景を眺め、戦場で人の生き死にを眺め続けた日々。寂しいという気持ちも悲しいと泣きたくなるような夜も、首輪という呪縛が解き放たれようとも鮮烈に焼きついてリオンの心の大部分を占めている。それは間違えようもなく今のリオンを形どるものであり、自分自身が積み上げてきた逃れることのできないものだ。
自由を失い、世界を失い、降り積もっていた感情のやり場さえも失くしてしまったけれど、今ここに居る自分は間違いなく歓喜していた。
滅んでしまった世界の者たちに罪悪感が無いわけではない。しかしこう思っている自分も居るのだ。
『私という存在を受け入れなかったのはそちらの方だろう』と。
リオンはそこまで思い至ると、それを振り切るように軽く首を振る。
もう自由なのだ。これからは選択という自由が当たり前のように享受できる。意思ある者として当然の権利を得たのだ。
それもこれも前を歩く一人の女性が起こしてくれた奇跡。彼女のおかげで新しい運命を掴むことができた。だからこそこれからは彼女の助けになるように動きたい。それが自分の意思で選択した『自由』。
「……あ、雪」
彼女の呟きを拾って窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空からちらほらと粉雪が舞い始めている。道理で寒いわけだと苦笑した葵の横で、リオンは一人淡く染みゆくような幸せを噛み締めた。
-プロローグ『邂逅』 了-
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
精霊のお仕事
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】
オレは前世の記憶を思い出した。
あの世で、ダメじゃん。
でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。
まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。
ときどき神様の依頼があったり。
わけのわからん敵が出てきたりする。
たまには人間を蹂躙したりもする。?
まあいいか。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる