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プロローグ『邂逅』
十三話
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「戻るよ」
「えっ?」
「もうここには用ないでしょ」
「そう、ですね」
「【落としもの】が戻るべき世界を失った時は、そのアーティファクトの効果次第で屋敷の蔵で保管することになってんだけど、君は人だからねぇ……うん、ちゃんと三食昼寝付きで雇ってあげる」
「……本当に、いいのですか?」
「良いも何も、君の為人はある程度把握できたし、経歴を聞く限りでは私のパートナーとしてはもってこいの人材だしね」
「は、はぁ……」
「その王子様らしさの欠片もない腰の低さと巡り巡っていい感じに納まってる卑屈な性格、それに虐げられても屈することのない強靭的な精神力……あとは戦闘方面なんだけど、肉弾戦は無理でも魔法は使えるんでしょ?」
「褒められているのか貶されているのかわからないのですが……使えます」
「あはは、やだなぁ、褒めてんのよ」
あまりのいい様に思わず口元を引き攣らせた青年を余所に、葵ははははと快活に笑いながら廊下を歩く。しかしふと何かを思いついたように立ち止まると、クルリと向きを変えて青年と向かい合った。
「どうかしましたか?」
「いやね、そういえば自己紹介も何もしてなかったなって思って」
「あぁ、確かに」
今さらながら名前を交わしていないことに気づいて、二人はそろって小さな笑みを零す。これだけたくさんのことを話しながらも、互いの素性はほとんど知らないのだと思うと何とも言えない気持ちになってくる。
名乗り合う時間くらい十分あったにもかかわらず、あえてそうしなかったのは、互いに情が湧きすぎることを良しとしなかったから。一度きりの邂逅なのだ、知らないまま別れて後腐れない方がいいに決まっている。
しかしこうなってしまった以上どうしようもない。
お互いに思っていたことは同じだったのか、顔を見合わせて苦笑いを浮かべつつもそれぞれに自己紹介を始めた。
「私は鑑継葵。君は?」
「リオン・バレス・ガルシアです。どうかリオンと」
「リオンね。じゃあ私のことも葵って呼んで。君って幾つなの?」
「十八になります」
「へぇ、やっぱり年下かぁ」
「えっ」
「ん?」
葵の呟きに、リオンの驚くような声が廊下に響く。葵は訝しむように彼を見ながらこてりと首を傾げた。
「……幾つだと思ってたの?」
「いや、その」
「いいよ。怒らないから言ってごらん?」
「……同じ歳くらいかと」
「なんだぁ、年下に見られるくらいなら怒らないって! これでも歳は二十三なの。よかったぁ、実年齢より上の数字を言われた時にはどうなってたことか……ねぇー?」
葵は青年リオンの言葉にパッと表情を変えて軽快に笑うも、その目はどことなく射殺すような何かを秘めている。リオンはその底冷えしそうなそれに若干身を引きながら必死にコクコクと首を縦に振った。女性と話す機会などほとんどなかったというのもあるが、歳のことに触れると痛い目を見ることだけはわかったので、これ以上は触れまいと心の中で誓う。女性はその辺りがかなり繊細なのだと身をもって知った。
「普段はしがない会社員してます。まっ、もうすぐ辞めるけど」
「かいしゃいん?」
「えーっと、仕事してたの。内容は事務……文官? なのかな……まぁそんなとこ。でもあと数日したら家業の方を中心にやることになるから、君にはこれから私のパートナーとして仕事をガンガンこなしてもらうことになると思う。詳しいことはこれから話そうね」
「わかりました」
そう言って再び歩き出した葵の後ろをついていきながら、リオンは彼女の背中になにげなく視線を送る。
この少女のような外見をした葵がいったい何者であるのか。この小さな背中に何を背負っているのか。今はほとんどわからない。ただ世界を渡り歩くことのできる稀有な能力を持ち、【落としもの】と呼ばれる物を元の世界へと返すことを生業としていることだけは理解した。
まったく新しい世界で壮大な仕事に携わることになろうとは、つくづく自分は人生というものに翻弄されっぱなしだなとリオンは小さくため息を吐く。しかし未知の恐怖よりも先に純粋な興味が湧きあがってくるのを感じて、無意識のうちに口元を緩めた。
塔の上から変わらぬ風景を眺め、戦場で人の生き死にを眺め続けた日々。寂しいという気持ちも悲しいと泣きたくなるような夜も、首輪という呪縛が解き放たれようとも鮮烈に焼きついてリオンの心の大部分を占めている。それは間違えようもなく今のリオンを形どるものであり、自分自身が積み上げてきた逃れることのできないものだ。
自由を失い、世界を失い、降り積もっていた感情のやり場さえも失くしてしまったけれど、今ここに居る自分は間違いなく歓喜していた。
滅んでしまった世界の者たちに罪悪感が無いわけではない。しかしこう思っている自分も居るのだ。
『私という存在を受け入れなかったのはそちらの方だろう』と。
リオンはそこまで思い至ると、それを振り切るように軽く首を振る。
もう自由なのだ。これからは選択という自由が当たり前のように享受できる。意思ある者として当然の権利を得たのだ。
それもこれも前を歩く一人の女性が起こしてくれた奇跡。彼女のおかげで新しい運命を掴むことができた。だからこそこれからは彼女の助けになるように動きたい。それが自分の意思で選択した『自由』。
「……あ、雪」
彼女の呟きを拾って窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空からちらほらと粉雪が舞い始めている。道理で寒いわけだと苦笑した葵の横で、リオンは一人淡く染みゆくような幸せを噛み締めた。
-プロローグ『邂逅』 了-
「えっ?」
「もうここには用ないでしょ」
「そう、ですね」
「【落としもの】が戻るべき世界を失った時は、そのアーティファクトの効果次第で屋敷の蔵で保管することになってんだけど、君は人だからねぇ……うん、ちゃんと三食昼寝付きで雇ってあげる」
「……本当に、いいのですか?」
「良いも何も、君の為人はある程度把握できたし、経歴を聞く限りでは私のパートナーとしてはもってこいの人材だしね」
「は、はぁ……」
「その王子様らしさの欠片もない腰の低さと巡り巡っていい感じに納まってる卑屈な性格、それに虐げられても屈することのない強靭的な精神力……あとは戦闘方面なんだけど、肉弾戦は無理でも魔法は使えるんでしょ?」
「褒められているのか貶されているのかわからないのですが……使えます」
「あはは、やだなぁ、褒めてんのよ」
あまりのいい様に思わず口元を引き攣らせた青年を余所に、葵ははははと快活に笑いながら廊下を歩く。しかしふと何かを思いついたように立ち止まると、クルリと向きを変えて青年と向かい合った。
「どうかしましたか?」
「いやね、そういえば自己紹介も何もしてなかったなって思って」
「あぁ、確かに」
今さらながら名前を交わしていないことに気づいて、二人はそろって小さな笑みを零す。これだけたくさんのことを話しながらも、互いの素性はほとんど知らないのだと思うと何とも言えない気持ちになってくる。
名乗り合う時間くらい十分あったにもかかわらず、あえてそうしなかったのは、互いに情が湧きすぎることを良しとしなかったから。一度きりの邂逅なのだ、知らないまま別れて後腐れない方がいいに決まっている。
しかしこうなってしまった以上どうしようもない。
お互いに思っていたことは同じだったのか、顔を見合わせて苦笑いを浮かべつつもそれぞれに自己紹介を始めた。
「私は鑑継葵。君は?」
「リオン・バレス・ガルシアです。どうかリオンと」
「リオンね。じゃあ私のことも葵って呼んで。君って幾つなの?」
「十八になります」
「へぇ、やっぱり年下かぁ」
「えっ」
「ん?」
葵の呟きに、リオンの驚くような声が廊下に響く。葵は訝しむように彼を見ながらこてりと首を傾げた。
「……幾つだと思ってたの?」
「いや、その」
「いいよ。怒らないから言ってごらん?」
「……同じ歳くらいかと」
「なんだぁ、年下に見られるくらいなら怒らないって! これでも歳は二十三なの。よかったぁ、実年齢より上の数字を言われた時にはどうなってたことか……ねぇー?」
葵は青年リオンの言葉にパッと表情を変えて軽快に笑うも、その目はどことなく射殺すような何かを秘めている。リオンはその底冷えしそうなそれに若干身を引きながら必死にコクコクと首を縦に振った。女性と話す機会などほとんどなかったというのもあるが、歳のことに触れると痛い目を見ることだけはわかったので、これ以上は触れまいと心の中で誓う。女性はその辺りがかなり繊細なのだと身をもって知った。
「普段はしがない会社員してます。まっ、もうすぐ辞めるけど」
「かいしゃいん?」
「えーっと、仕事してたの。内容は事務……文官? なのかな……まぁそんなとこ。でもあと数日したら家業の方を中心にやることになるから、君にはこれから私のパートナーとして仕事をガンガンこなしてもらうことになると思う。詳しいことはこれから話そうね」
「わかりました」
そう言って再び歩き出した葵の後ろをついていきながら、リオンは彼女の背中になにげなく視線を送る。
この少女のような外見をした葵がいったい何者であるのか。この小さな背中に何を背負っているのか。今はほとんどわからない。ただ世界を渡り歩くことのできる稀有な能力を持ち、【落としもの】と呼ばれる物を元の世界へと返すことを生業としていることだけは理解した。
まったく新しい世界で壮大な仕事に携わることになろうとは、つくづく自分は人生というものに翻弄されっぱなしだなとリオンは小さくため息を吐く。しかし未知の恐怖よりも先に純粋な興味が湧きあがってくるのを感じて、無意識のうちに口元を緩めた。
塔の上から変わらぬ風景を眺め、戦場で人の生き死にを眺め続けた日々。寂しいという気持ちも悲しいと泣きたくなるような夜も、首輪という呪縛が解き放たれようとも鮮烈に焼きついてリオンの心の大部分を占めている。それは間違えようもなく今のリオンを形どるものであり、自分自身が積み上げてきた逃れることのできないものだ。
自由を失い、世界を失い、降り積もっていた感情のやり場さえも失くしてしまったけれど、今ここに居る自分は間違いなく歓喜していた。
滅んでしまった世界の者たちに罪悪感が無いわけではない。しかしこう思っている自分も居るのだ。
『私という存在を受け入れなかったのはそちらの方だろう』と。
リオンはそこまで思い至ると、それを振り切るように軽く首を振る。
もう自由なのだ。これからは選択という自由が当たり前のように享受できる。意思ある者として当然の権利を得たのだ。
それもこれも前を歩く一人の女性が起こしてくれた奇跡。彼女のおかげで新しい運命を掴むことができた。だからこそこれからは彼女の助けになるように動きたい。それが自分の意思で選択した『自由』。
「……あ、雪」
彼女の呟きを拾って窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空からちらほらと粉雪が舞い始めている。道理で寒いわけだと苦笑した葵の横で、リオンは一人淡く染みゆくような幸せを噛み締めた。
-プロローグ『邂逅』 了-
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