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一章『遺愛の指輪』
十七話
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食事を終えて屋敷に戻ってきた頃には時計の針は深夜と呼べる時間を過ぎ、辺りは夜の静寂に包まれていた。キンと冷えた空気がより鋭さを増してコートに刺さり、車を降りた葵とリオンは同時に首を窄めながら白い息を吐く。
「今日はご馳走様でした」
「お主らなら心配いらんだろうが……十分に気を付けるんじゃぞ」
「はい。戻ってきたら連絡しますね」
「リオン、このじゃじゃ馬娘を頼むぞ。目を離すとすぐに厄介ごとに首を突っ込むからのう」
「別に好き好んで厄介ごとに突っ込んでるわけじゃないんですけどねぇ」
「ははは……」
ロウはそれだけ言うとパチリとウインクをしてから窓を閉め、ノヴォに合図を送ってゆっくりと車を走らせる。車の中でヒラヒラと手を振るメルヴィエを視界に入れつつ車が見えなくなるまで見送ると、葵は寒さに二の腕を擦りつつ玄関の方へと歩みを進めた。
『鑑継骨董屋』と書かれた色褪せた看板。パッと見はこじんまりとした平屋だが、手入れがきちんとなされているのか、それほど古さを感じない趣のある建物だ。
葵がバッグから鍵を取りだすと、扉に差し込み中に入る。店内は骨董品店というだけに、床に棚にと様々な品物が雑多に置かれ、埃っぽい匂いが鼻を突く。二人は足元に気を付けながら、なぜか店内の奥まった場所にある裏口に真っ直ぐ進むと、立てつけの悪い扉をガタガタと揺らしながら開いた。
「ただいまーっと」
扉の向こうに広がるのは裏道でも裏庭でもなく、なぜか清閑な佇まいをした屋敷の玄関前だった。
先ほどまで店の裏には視界に入りきらないほど大きな屋敷は存在していなかったし、そもそもそんな広大な土地などなかったはずなのだが、どういうわけかこの裏口を開くと屋敷に出るのだ。
葵にとってはなんら不思議ではないのだが、リオンが初めて見た時は顎が外れるのではないかというほど驚いた。ここ数日のうちに意味のわからないことばかりが降りかかってくる所為で、その驚きも早々に思考の外へと追いやることができたわけだが、やはり意味がわからないことに変わりはない。葵が平然とした顔で通っているのなら大丈夫だろうと、リオンはどこか遠い目をしながら彼女の後に続いた。
どうやら屋敷が存在している場所は、少し次元がずれている上に人避けと不可視の結界で覆い隠されている為、この世界の人々にはけっして感知できないらしい。そもそもそこに無いのだからわかりようはずもないのだというが、説明をしている葵本人もよくわかっていないようだったのは、恐らく彼女の両親お得意の説明不足の所為だろうとリオンは勝手にあたりをつける。
結界の境目とも言える『鑑継骨董屋』の店舗自体はこの場所に古くから存在しており、人々の目にもある程度留まるようになっている。しかしその存在感は結界の影響が少なからず出ているのか非常に薄い。近所の人からしても、開いているのかいないのかわからない店といった印象だろう。そんな寂れた店がなんだかんだで看板をしまいこまなくて済んでいるのは、『アヴァターラ』との後暗い取引のあれこれがしっかりと富を生んでいるからなのだが、さすがにそんなことは表立って言えない。
リオンは昼間、急に『鑑継骨董屋』の店番を葵に頼まれて一日中カウンターに座っていた。座っていればいいからとだけ言われ、戸惑いながらも古めかしいパイプ椅子に腰かけたリオンだったが、品物を見るどころか店内を覗こうとする者もおらず、置物のようにカウンターに腰かけ、葵から手渡された本を読み耽ることくらいしかすることがなかった。
暇つぶしにと渡されたのは、野暮ったい形をした眼鏡とやけに色褪せ擦り切れた装丁の書物。翻訳機能の付いた魔道具だという眼鏡をかけ、何気なしにページをパラパラと捲ってみれば、そこに書かれていたのはリオンの世界ではお伽噺の中でしか登場しないような空間魔法についてだった。こんなものを小遣いでも渡すようにポンと投げ渡してくる葵に、正直どうかしていると思わずにはいられなかったが、ノヴォが訪れるまで店番そっちのけでのめり込んでしまったのは致し方ないというものだ。
見知らぬ男であるノヴォが迎えに来たと言って訪ねてきた時、事前にしっかりとした説明が無かった所為でノヴォに色々と失礼な態度を取ってしまったわけだが、それもこれもまったくもって言葉が足りなかった葵の所為である。鑑継家の者は大抵言わなくても理解できるだろうと言うスタンスなのだろうかと思わず頭を抱えたリオンであった。
結界内は、外から隔離されているという割にしっかりと四季が反映され、寒さによって氷と化した雪が庭の至る所で枯葉を覆い隠している。喉を傷めつけるような空気の乾きも、肌を刺す寒さも変わらず、物珍しげに辺りを見回せば裸となった木々が風に煽られさわさわと穏やかに撓った。
「今日はいろんな人に会ったから疲れたでしょ」
ごめんねと苦笑いを浮かべながら屋敷の扉を開けた葵は、だだっ広い屋敷内を迷うことなく進むと、辿り着いたリビングのソファーに身体を投げ出すようにして腰を下ろす。
「リオンは先にお風呂に入っちゃいなよ」
「いや、葵さんから先に……」
「だーめ。ほら、さっさと行った」
ソファーにゴロリと寝転がったままひらひらと手を振る葵の好意に甘え、リオンは躊躇いながらも小さく頷くと風呂場へと足を向けた。
「今日はご馳走様でした」
「お主らなら心配いらんだろうが……十分に気を付けるんじゃぞ」
「はい。戻ってきたら連絡しますね」
「リオン、このじゃじゃ馬娘を頼むぞ。目を離すとすぐに厄介ごとに首を突っ込むからのう」
「別に好き好んで厄介ごとに突っ込んでるわけじゃないんですけどねぇ」
「ははは……」
ロウはそれだけ言うとパチリとウインクをしてから窓を閉め、ノヴォに合図を送ってゆっくりと車を走らせる。車の中でヒラヒラと手を振るメルヴィエを視界に入れつつ車が見えなくなるまで見送ると、葵は寒さに二の腕を擦りつつ玄関の方へと歩みを進めた。
『鑑継骨董屋』と書かれた色褪せた看板。パッと見はこじんまりとした平屋だが、手入れがきちんとなされているのか、それほど古さを感じない趣のある建物だ。
葵がバッグから鍵を取りだすと、扉に差し込み中に入る。店内は骨董品店というだけに、床に棚にと様々な品物が雑多に置かれ、埃っぽい匂いが鼻を突く。二人は足元に気を付けながら、なぜか店内の奥まった場所にある裏口に真っ直ぐ進むと、立てつけの悪い扉をガタガタと揺らしながら開いた。
「ただいまーっと」
扉の向こうに広がるのは裏道でも裏庭でもなく、なぜか清閑な佇まいをした屋敷の玄関前だった。
先ほどまで店の裏には視界に入りきらないほど大きな屋敷は存在していなかったし、そもそもそんな広大な土地などなかったはずなのだが、どういうわけかこの裏口を開くと屋敷に出るのだ。
葵にとってはなんら不思議ではないのだが、リオンが初めて見た時は顎が外れるのではないかというほど驚いた。ここ数日のうちに意味のわからないことばかりが降りかかってくる所為で、その驚きも早々に思考の外へと追いやることができたわけだが、やはり意味がわからないことに変わりはない。葵が平然とした顔で通っているのなら大丈夫だろうと、リオンはどこか遠い目をしながら彼女の後に続いた。
どうやら屋敷が存在している場所は、少し次元がずれている上に人避けと不可視の結界で覆い隠されている為、この世界の人々にはけっして感知できないらしい。そもそもそこに無いのだからわかりようはずもないのだというが、説明をしている葵本人もよくわかっていないようだったのは、恐らく彼女の両親お得意の説明不足の所為だろうとリオンは勝手にあたりをつける。
結界の境目とも言える『鑑継骨董屋』の店舗自体はこの場所に古くから存在しており、人々の目にもある程度留まるようになっている。しかしその存在感は結界の影響が少なからず出ているのか非常に薄い。近所の人からしても、開いているのかいないのかわからない店といった印象だろう。そんな寂れた店がなんだかんだで看板をしまいこまなくて済んでいるのは、『アヴァターラ』との後暗い取引のあれこれがしっかりと富を生んでいるからなのだが、さすがにそんなことは表立って言えない。
リオンは昼間、急に『鑑継骨董屋』の店番を葵に頼まれて一日中カウンターに座っていた。座っていればいいからとだけ言われ、戸惑いながらも古めかしいパイプ椅子に腰かけたリオンだったが、品物を見るどころか店内を覗こうとする者もおらず、置物のようにカウンターに腰かけ、葵から手渡された本を読み耽ることくらいしかすることがなかった。
暇つぶしにと渡されたのは、野暮ったい形をした眼鏡とやけに色褪せ擦り切れた装丁の書物。翻訳機能の付いた魔道具だという眼鏡をかけ、何気なしにページをパラパラと捲ってみれば、そこに書かれていたのはリオンの世界ではお伽噺の中でしか登場しないような空間魔法についてだった。こんなものを小遣いでも渡すようにポンと投げ渡してくる葵に、正直どうかしていると思わずにはいられなかったが、ノヴォが訪れるまで店番そっちのけでのめり込んでしまったのは致し方ないというものだ。
見知らぬ男であるノヴォが迎えに来たと言って訪ねてきた時、事前にしっかりとした説明が無かった所為でノヴォに色々と失礼な態度を取ってしまったわけだが、それもこれもまったくもって言葉が足りなかった葵の所為である。鑑継家の者は大抵言わなくても理解できるだろうと言うスタンスなのだろうかと思わず頭を抱えたリオンであった。
結界内は、外から隔離されているという割にしっかりと四季が反映され、寒さによって氷と化した雪が庭の至る所で枯葉を覆い隠している。喉を傷めつけるような空気の乾きも、肌を刺す寒さも変わらず、物珍しげに辺りを見回せば裸となった木々が風に煽られさわさわと穏やかに撓った。
「今日はいろんな人に会ったから疲れたでしょ」
ごめんねと苦笑いを浮かべながら屋敷の扉を開けた葵は、だだっ広い屋敷内を迷うことなく進むと、辿り着いたリビングのソファーに身体を投げ出すようにして腰を下ろす。
「リオンは先にお風呂に入っちゃいなよ」
「いや、葵さんから先に……」
「だーめ。ほら、さっさと行った」
ソファーにゴロリと寝転がったままひらひらと手を振る葵の好意に甘え、リオンは躊躇いながらも小さく頷くと風呂場へと足を向けた。
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