きみがすき

秋月みゅんと

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春〜夏

春〜夏(3)

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 母の車が去る音を聞き、ようやく視線を外した。だが、どうしていいのかわからず頭をかいて立ち上がる。くるりとこちらを向いた一香が正面に立つので、挑むように見返してしまう。
 つるりとした白い肌、柔らかな髪に大きな瞳。ジーンズにチェックのシャツを着ているが、男には見えない。過去の記憶と感情が真実を拒否しているのかと、孝知はぼんやり考えてしまう。
「孝、大きいよね。今、何センチ?」
 心なしかいい香りがして、孝知は焦った。
「フツーだろ、お前が小せぇんだよ」
 乱暴に言い放ち、孝知は「わりぃ……」と小さく謝った。
「別に。小さい、白い、女みたい……言われ慣れてるよ」
 肩をすくめて笑う。その仕草さえ孝知には可愛いと思えた。
「……ずっと、女だと思ってたんだよね?」
――それどころか、初恋だと思っていたから、心臓をハンマーで打ち砕かれた気分だ
 なんて思ったことを言葉にするわけにもいかず、無言でいる孝知に、いきなり謝りだした。
「ごめん、僕もあの頃自分のこと女なんだと思ってたしさ、孝が間違っても仕方ないんだよ」
「そういう事、一言も話さないうちの母親も悪いから、気にすんな」
 ひとつ息を吐いて、孝知は笑った。
「まぁ、良かったよ。男同士なんだしさ、気兼ねしない……」
 そう言って、ポットとカップの乗ったトレイを流しへ運んだ。
 ぐちゃぐちゃになった感情と情報を整理するにはまだ時間が必要だったが、一香の立場も考えてしまう。荷物を部屋に運ぶという一香に頷き、カップを洗い始めた。

 それからは、だらだらしていた日々が嘘のように洗濯や掃除ばかりしてしまう。今まで母と2人だった家に、一香が加わったことで、なんだか落ち着いて座っていることもできなかった。母が仕事に行って二人きりだと尚更だ。
――何やってんだろ、俺。変に意識して……
 そのうち、一香も手伝い始める。もくもくと掃除して、ゴミ箱や雑巾の場所を教えるうちに、気持ちが少しずつ落ち着いてきた。
「孝は、昔から行動にムダがない」
「……イミわかんね。フツーだって」
 答えてから、幼いころからやたらと一香が自分を誉めていたことを思い出し、笑ってしまう。
 バッタを捕まえてもすごい、ブランコから飛び降りてもすごい、自転車に初めて乗れた日もすごい……思えばいつも目を輝かせて手を叩き喜んでくれていた。
「相変わらず、変なヤツ」
「そう?」
 一香もつられて笑った。



「……ここってこれでいいんだよね! 解けたよ」
 ノートを押し出し、いきなり身を乗り出す一香。髪が鼻に触れてくすぐったい。
「近い」
「えっ?」
 見上げてから、驚いたように一香は体を引いた。
「ご、ごめん……」
――なぜ赤くなる……。こういうとこホント……
 孝知は、今自分が思ったことを否定しようと立ち上がる。
「そこ、全部終わらせとけよ。アイス買って来る」
 心臓がトクトクと音を早める。
――俺……病気かな。本気で可愛いって思った
 昔と同じように気兼ねなく話している。
 男同士だと理解している。
 それなのに、ぶり返す熱のように、時々意識してしまう。
 一香が変わっていたなら、もっとがっちりして男らしい体格だったら、こんな風に意識することなんてなかったのだろうか。自分よりごっつく背も高く、色黒でむさ苦しい感じだったら……と、無駄に想像してしまう。現実は何ひとつ変わりはしないのに。
 くらくらする頭で、外に出ると、降り注ぐ光に解かされてしまいそうだった。
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