31 / 56
第31話 潤平の悩み
しおりを挟む
「落合さん、これを書いてもらっていいですか?」
そんな二人の会話をくすくすと笑いながら聞いていた円が問診票を潤平に渡した。一度ここに来たことがあるとはいえ、その時は患者ではなかったので当然ながらカルテがないのだ。知り合いであっても、問診票を書いてもらわないことには調剤できない。
「はいはい。それにしても、まさかここにお世話になるなんて」
そして潤平も、まさかここの患者になるとはと悔しそうだ。それにしても、雨の中を歩いていて風邪を引くなんて子どもみたいなことがあるのか。どれだけ長時間歩き回ったのやら。
「ひょっとしてズボンの裾とかシャツの肩とか濡れたまま過ごしてませんでしたか。この時期は室内だと冷房が効いているから、気を付けないと駄目ですよ。濡れたままにしておくと身体が冷え過ぎてしまいますから」
円の注意に、そうですねえと潤平は頭を掻く。暇も手伝って円と桂花はそのまま潤平を挟んでソファに座る。それに対して弓弦が棚卸を手伝えよと抗議の声を上げたが、もちろん無視だ。
「やっぱり現地で取材した方がいい絵が描けるの?」
「ううん。それは人によるかなあ。全部空想で描いちゃう人もいるし、写真だけでいいっていう人もいるしね。俺は写真を見ながら描く時もあるけど、出来るだけ現地に行きたいタイプなんだよ。その場にある空気感を大事にしたいっていうか。だから、やり方は人それぞれだな」
「へえ。まったく違う職業だから面白いわねえ」
桂花と円は初めて知ることに、ふむふむと相槌を打っている。
「それを言うなら、俺からしたら薬剤師なんて解らないですよ。まあ、薬を扱う職業だとは知ってますけど」
「あっ、それもそうね」
「あの、盛り上がっているところ悪いんですが、問診票は書けましたか?」
処方箋の確認を終えて、病院への確認も済んだ法明が、受付台の向こうから呼び掛ける。円はしまったという顔をして、潤平が書き上げた問診票を持って立ち上がった。そしてささっとチェックして、アレルギーはなしですと報告する。
「では、この処方箋の通りで大丈夫ですね」
「はい」
二人はそのまま調剤室へと消えていく。こうなると、桂花はやることがないので、そのまま潤平の話し相手となったままだ。しかし、京都に来た理由を聞き終わってしまうと話題がない。
「そう言えばさ、ここって漢方薬で有名なんだって」
潤平も話題を探していたのか、唐突にそんなことを訊いてくる。視線は調剤室の中へとむいていて、さらに法明が整理していた辺りを見ている。ここからでも、百味箪笥の上に置かれた生薬を保存している大きな瓶がよく見えるのだ。その瓶には乾物状になった生薬が入れられていた。
「そうよ。特に薬師寺さんがオーダーメイドの調合を専門にしていて、個人の体調に合わせて調剤できるの」
「へえ。じゃあ、頭痛の薬ももらえないかな」
興味を持っただけでなく、本当に漢方薬が欲しいようで、鼻を擤みながら困っているんだよねとぼやいた。
「頭が痛いって、それは鼻水のせいじゃなくて」
「うん。ここ一か月ぐらいからかなあ。頭が重だるいんだよね」
「それなのに、雨の中を歩き回ってたの」
「それはまあ、うん。気になるけれど体調不良ってほどの頭痛じゃないし、大丈夫だろうと思って」
頭痛がある時点で十分に体調不良ではないのか。桂花は呆れたものの、つまりは慢性的な頭痛となっていたということか。となると、肩凝りではないのか。
「それは俺も疑ったよ。眼精疲労と肩凝りなんて職業病のようなもんだからな。だからすぐにいつも世話になっている整体師のところにいったんだけど、治らないんだ。普段だったら一発で治るのにさ。長引くなんて珍しいから、ちょっと気になっていたんだよね」
「ふうん。となると別の原因があるわけか」
そう答えてみたものの、すぐに思い浮かぶ病名はない。頭痛を起こす病気は様々あるものの、本人の自覚症状からして大病ではなさそうだし。
「落合さん。薬の用意が出来ましたよ」
そこで丁度よく法明が呼んだので、あっちに直接聞くと潤平はあっさりしたものだった。まあ、新米の桂花に訊ねるより漢方薬のプロである法明に聞くのが無難だろう。
「あれ」
しかし、潤平の肩のあたりに奇妙な靄が見えた気がして、桂花は目を擦った。しかし、それでも消えない。
そんな二人の会話をくすくすと笑いながら聞いていた円が問診票を潤平に渡した。一度ここに来たことがあるとはいえ、その時は患者ではなかったので当然ながらカルテがないのだ。知り合いであっても、問診票を書いてもらわないことには調剤できない。
「はいはい。それにしても、まさかここにお世話になるなんて」
そして潤平も、まさかここの患者になるとはと悔しそうだ。それにしても、雨の中を歩いていて風邪を引くなんて子どもみたいなことがあるのか。どれだけ長時間歩き回ったのやら。
「ひょっとしてズボンの裾とかシャツの肩とか濡れたまま過ごしてませんでしたか。この時期は室内だと冷房が効いているから、気を付けないと駄目ですよ。濡れたままにしておくと身体が冷え過ぎてしまいますから」
円の注意に、そうですねえと潤平は頭を掻く。暇も手伝って円と桂花はそのまま潤平を挟んでソファに座る。それに対して弓弦が棚卸を手伝えよと抗議の声を上げたが、もちろん無視だ。
「やっぱり現地で取材した方がいい絵が描けるの?」
「ううん。それは人によるかなあ。全部空想で描いちゃう人もいるし、写真だけでいいっていう人もいるしね。俺は写真を見ながら描く時もあるけど、出来るだけ現地に行きたいタイプなんだよ。その場にある空気感を大事にしたいっていうか。だから、やり方は人それぞれだな」
「へえ。まったく違う職業だから面白いわねえ」
桂花と円は初めて知ることに、ふむふむと相槌を打っている。
「それを言うなら、俺からしたら薬剤師なんて解らないですよ。まあ、薬を扱う職業だとは知ってますけど」
「あっ、それもそうね」
「あの、盛り上がっているところ悪いんですが、問診票は書けましたか?」
処方箋の確認を終えて、病院への確認も済んだ法明が、受付台の向こうから呼び掛ける。円はしまったという顔をして、潤平が書き上げた問診票を持って立ち上がった。そしてささっとチェックして、アレルギーはなしですと報告する。
「では、この処方箋の通りで大丈夫ですね」
「はい」
二人はそのまま調剤室へと消えていく。こうなると、桂花はやることがないので、そのまま潤平の話し相手となったままだ。しかし、京都に来た理由を聞き終わってしまうと話題がない。
「そう言えばさ、ここって漢方薬で有名なんだって」
潤平も話題を探していたのか、唐突にそんなことを訊いてくる。視線は調剤室の中へとむいていて、さらに法明が整理していた辺りを見ている。ここからでも、百味箪笥の上に置かれた生薬を保存している大きな瓶がよく見えるのだ。その瓶には乾物状になった生薬が入れられていた。
「そうよ。特に薬師寺さんがオーダーメイドの調合を専門にしていて、個人の体調に合わせて調剤できるの」
「へえ。じゃあ、頭痛の薬ももらえないかな」
興味を持っただけでなく、本当に漢方薬が欲しいようで、鼻を擤みながら困っているんだよねとぼやいた。
「頭が痛いって、それは鼻水のせいじゃなくて」
「うん。ここ一か月ぐらいからかなあ。頭が重だるいんだよね」
「それなのに、雨の中を歩き回ってたの」
「それはまあ、うん。気になるけれど体調不良ってほどの頭痛じゃないし、大丈夫だろうと思って」
頭痛がある時点で十分に体調不良ではないのか。桂花は呆れたものの、つまりは慢性的な頭痛となっていたということか。となると、肩凝りではないのか。
「それは俺も疑ったよ。眼精疲労と肩凝りなんて職業病のようなもんだからな。だからすぐにいつも世話になっている整体師のところにいったんだけど、治らないんだ。普段だったら一発で治るのにさ。長引くなんて珍しいから、ちょっと気になっていたんだよね」
「ふうん。となると別の原因があるわけか」
そう答えてみたものの、すぐに思い浮かぶ病名はない。頭痛を起こす病気は様々あるものの、本人の自覚症状からして大病ではなさそうだし。
「落合さん。薬の用意が出来ましたよ」
そこで丁度よく法明が呼んだので、あっちに直接聞くと潤平はあっさりしたものだった。まあ、新米の桂花に訊ねるより漢方薬のプロである法明に聞くのが無難だろう。
「あれ」
しかし、潤平の肩のあたりに奇妙な靄が見えた気がして、桂花は目を擦った。しかし、それでも消えない。
0
あなたにおすすめの小説
眠らせ森の恋
菱沼あゆ
キャラ文芸
新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。
なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。
おうちBarと眠りと、恋の物語。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
本日は桜・恋日和 ーツアーコンダクター 紫都の慕情の旅
光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
旅は好きですか?
派遣添乗員(ツアーコンダクター)の桑崎紫都32歳。
もう、仕事がらみの恋愛はしないと思っていたのに…ーー
切ない過去を持つ男女四人の二泊三日の恋慕情。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる