縁は奇なもの素敵なもの~願孝寺茶話室~

渋川宙

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第51話 思い出すきっかけは

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 居間に戻ると、ぼんやりとする和葉の姿と、どうしたものかと気を揉んでいる祐輔の姿があった。
 祐輔からすれば妻は息子を思うあまりおかしくなったのかと心配だから、余計にぼんやりとした顔は心配なのだろう。そんな二人の前に亮翔は座ると、お得意のイケメンスマイルを浮かべた。
「ご縁とは不思議なものですねえ」
 そして、なぜか唐突にそんなことを言い出す。
 祐樹について何か訊くのではなかったのかと千鶴はびっくりしたが、大人しく亮翔の後ろに座るしかない。腹黒い亮翔のことだ、何か作戦を思いついての切り出しだろう。そう信じるしかなかった。
「縁ですか」
 しかも、和葉が話を聞く姿勢になったものだから、千鶴は成り行きを傍観するしかなかった。それは夫である祐輔も同じで、二人は今から何をしゃべろうとしているのかと、交互に和葉と亮翔の顔を見ている。
「はい。実は私も大事な人を事故で亡くしましてね。時折ふとした瞬間に思い出し、いるんじゃないかと思うことがあるんです」
「あら」
 そしていきなりそんなことを言い出すので、千鶴はぎょっとしてしまった。
 こうやって亮翔が美希のことを死んだものとして語るのは初めてだ。今まではどこか生きているのを信じていたかのような言い方だったのに、今のは完全に死んだものとして扱っている。
 一方、和葉はそんな亮翔に同情の目を向けた。同じく大事な人を亡くしているからこそ、その心の痛みは解ると言いたげな目だった。
「このお菓子を一緒に食べたなとか、こういう表情で笑う人だったなとか、ふとしたことで思い出すんですよね。特に似た顔の人なんていると、余計に思い出してしまって」
 亮翔はそこでふうと溜め息を吐く。明らかに千鶴のことを指して言っているわけだが、ここで変に突っ込むと話が進まない。千鶴は大人しく耳を傾けることに徹する。ふと和葉の顔を見ると、うんうんと大きく何度もうなずいていた。
「私もそれ、解ります。特に夫の仕草とあの子、祐樹の仕草がよく似ているものですから、どうしても思い出さずにはいられないんですよね」
 そして溜め息とともにそう漏らした。それに関して祐輔は初耳だったらしく、びっくりとした顔をしている。
「お前」
「お箸の持ち方なんて、どうしてこんなに変なのかしらって思っていたんだけど、祐樹も同じ持ち方するでしょ。もう、悪いところが似てって、あの子が小さい頃から何度思ったか」
「箸ねえ」
「それに歩き方も、高校生になるとそっくりだったわね。ちょっとがに股で」
「そ、そうか」
「ええ」
 二人の語らいに、亮翔は微笑を浮かべて耳を傾けている。その顔はとても優しい顔で、千鶴は不覚にもドキッとしてしまった。この人、そんな顔が出来るんだ。そんな意外性もあって、心臓が無駄にドキドキ鳴ってしまう。
「そう言えば今日も、足音がしたと思ったの」
「足音」
「そう。廊下を歩く音。あの子が歩く音だと思ったのよ」
「それは」
 ないだろうと祐輔は顔を顰める。しかしふと思い出したように、それは何時くらいの話だと訊ねた。
「えっ、そうねえ。十時くらいかしら」
「だったらそれは俺だ。忘れ物を取りに帰って来たんだよ。お客さんに渡す書類をうっかり玄関に置いたままだったと思って戻って来たんだよ。でも、お前は本を読んでいたから、声を掛けちゃ悪いと思って。家にいたのは十分くらいだし、それにあの時、玄関からじゃなくてつい、和室の窓が開いていたから庭から入ったんだ」
「あら」
 どうやらそれが幽霊騒動の始まりらしい。亮翔の目がきらんと光るのを千鶴は見てしまった。
「どうやらそこで、祐樹さんの思い出が喚起されたようですね。ちなみに本を読んでいたということですが、ひょっとして推理小説ですか」
「えっ、ええ。あの子が好きだったものだから、私も読むようになって。そうだわ、よくここで本を読んでいたのよ。居間で読むのが一番集中できるんだなんて言って」
「では、和葉さんも居間で本を読んでいたんですね。その時もふとした瞬間に祐樹さんを思い出していた?」
「ええ、ええ。そうかもしれないわねえ」
 和葉は驚いたような顔をしているが、まさかそんなことで勘違いをしていたのかと千鶴も祐輔も驚いてしまう。しかも発端が自分の足音だと知り、祐輔は口をあんぐりと大きく開けていた。
「今日は薄曇りです。この日に、祐樹さんが御仏のもとへと旅立たれたことを思い出していた。そして本と足音、この二つがきっかけになったのは間違いないようですね。でも、それでは幽霊に会ったとは仰らない」
 亮翔はまだだと、笑顔をキープしながらも鋭い目を和葉に向けている。
「私は」
「幽霊が実在するかどうか、これは拙僧も解りません。でも、もしこの場にいるのだとすれば、それは未練があってのことだろうと思います。人は死して四十九日を掛けて御仏からの試練を受けます。これを死後の裁判という言い方もしますが、要するに、自らの行いを振り返り、悔い改め、そして新たな生、輪廻転生するために考える時間なんです。この時にこの世に未練があると先に進めなくなってしまい、生まれ変わることが出来なくなってしまいます。幽霊とはこの、未練によって道に迷った者ではないかと私は考えているんですよ。もちろん、生まれ変わったら総てが終わりだとは申しませんし、その人の思いが総て消えてなくなるわけではないと考えています。亡くなった人を知っている誰かがいる限り、決して消えてなくなってしまうわけではないんです」
 そこで亮翔は一度息を吐く。一方、和葉はぐっと拳を握り締め、亮翔の次の言葉を待っていた。
 自分が見た幽霊は何なのか。それを今、和葉が真剣に考えている証拠だ。先ほどまでに帰ってきたと無邪気に喜んでいた姿は、もう綺麗さっぱりない。
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