ヤドカリー一夜限りの恋人ー

渋川宙

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第11話 高橋怜央

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 社長の津久見の知り合いで一番謎が多いのが、今夜の相手である高橋怜央だ。何やら科学系の機関で働いているらしいが、あまり仕事のことは解らない。ただ、金は持っている。そういう男だ。
「久しぶり、ノエル。相変わらず美人で落としがいがある」
 その怜央は、待ち合わせのホテルの中のレストランでそう言い放った。彼は童顔ながらも美形のいい男なのだが、残念すぎるほどのドSなのだ。さらに言えば変態だ。
「またそういうことを。いいんですか?恋人がいるんでしょ?」
 ノエルは小さな声で窘めた。怜央はノエルと定期的に会っている稀な客である。
「聞いてくれ。ついに教授と共同生活してるよ。今度こそものにしてやる」
「はあ。教授って例の男性ですよね?じゃあ、女性の恋人はいなんですね」
 ノエルは何度か怜央からその人物について聞かされていた。しかし、手出しできないと嘆き、たまにノエルで憂さ晴らしをしていくのである。さらに男好きがばれないように女性を口説きまくるという最低な奴だ。
 その怜央の恋に進展があったとは、驚き以外ない。たしか傍に近づくことも出来ない、謎の御仁ではなかったか。
「そう。もう女に用事はない。しかし、相手は何の知識もなくてね。まだキスしかできない有様だ。おかげでこっちのストレスは溜まりっぱなしというわけ」
 怜央の笑顔に残忍さが雑じる。ノエルは自分の運命を悟り、思わず溜め息を吐いた。つまりは、その発散できない欲求をノエルにぶつけたい。そういうことだ。
「何?不満かな?」
 ここで怜央のペースに巻き込まれるわけにはいかない。ノエルはコーヒーを飲んで気持ちを落ち着けてから
「いいえ。また怜央と会えてうれしいですよ」
 満面の笑みを浮かべた。このドSを相手に、反抗的な態度を取ることは、自分の首を絞めるだけだ。
「ううん。従順なのは教授で間に合ってる。解ってるよね?」
 ここで一切逃さないのが怜央だ。どこからノエルを痛めつけようか、そう考えているようで怖い。
「――はい」
 取り敢えずノエルは頷く。これで二・三日は仕事不能だ。生傷だらけで他の客の相手が出来るわけがない。怜央の日ほど津久見を殺したいと思う日はない。しかし、いつも津久見は頼むよと依頼を受けてしまうのだ。全く以て謎。
「じゃあ、部屋に移動しようか。色々と試させてよ。そこから教授を落とす方法を考える」
「――はい」
 何だか会ったことのない教授に同情してしまった。怜央より年下だそうだが、そんな純朴な人が怜央の恋人で大丈夫だろうか。いきなりドSの相手では、生涯に亘って影響が出そうだ。
 部屋に着くなり、怜央はノエルをベッドに突き飛ばす。
「うっ」
 予想していなかった攻撃に、ノエルは思いっきり倒れた。これは相当欲求不満状態だ。
 ノエルが身を起こす前に、怜央が圧し掛かってきた。怜央の相手をするときは全力で抵抗しなければならない。手を抜くとさらに何をされるか解らないからだ。まったく、ドSの要求を満たすのは大変で仕方がない。
「止めてください」
 無理やり脱がそうとする怜央に、ノエルは身を捩って暴れる。
「いいね。もっと喚いて」
 怜央が満足そうに言う。その間も手を休めないのだから真正のSだ。
「やだ」
 ノエルは服が破れるのも構わずに抵抗する。ちなみに破れた服は後で怜央が買い直す約束となっている。なので、そこは心配しない。着替えも用意してくれるので助かる。Sでなければいい奴で完璧なのにと、ノエルは心の中で嘆いた。
「ダメだよ、ノエル。もっと」
 びりびりにワイシャツを破いておいて、怜央はそんなことを言う。
「それを、教授にも要求するんですか?」
 ノエルは反抗ついでに訊いた。
「向こうは向こうで、もっと大変な目に遭ってるよ」
 怜央は笑顔で恐ろしいことを言った。一体何をしたのか、訊けるわけがない。同じことをされそうだ。
「そうそう。ここもさ」
 まだ無事だったズボンに手を置いた怜央は、そのままノエルのあそこを刺激する。
「んんっ」
 いきなりの激しい手の動きに、ノエルは身悶えた。怜央は陰嚢を揉みしだくように手を動かす。
「ここが違いだよね。このとてもエロい反応はノエルにしか無理だ。やっぱり、反応があると余計に燃えるよね」
 怜央はノエルの耳元に顔を近づけて囁く。
「燃えるって?」
 不安になったノエルが怜央を見た時には、ぎゅっと揉み込むような動きに変わる。
「いっ、ちょっ」
 痛みにノエルは止めようとしたが、それが怜央の狙いだった。急に優しい動きに変え、ノエルをさらに悶えさせる。
「んっ、ダメ。止めて」
 もう我慢ができそうになく、ノエルは懇願した。このままでは、下着の中に放ってしまう。
「仕方ないな」
 まんざらでもない笑顔を浮かべて、怜央はようやく手を離した。ノエルは肩で息をするほど大変だった。すでにあそこは完全に勃起し、ズボンをじんわりと汚している。
 そんなノエルを放置して、怜央は鞄から何かを取り出す。
「怜央?」
 急速に不安になる。怜央の持ち物ほど怖いものはないだろう。あの中に、職質を掛けられたら一発でアウトなものが、山のように入っているのだ。
「これ。この間教授に試しちゃったけど、プラスこれで」
 怜央の手には革製の手錠と、さらに足枷まである。
「試した?」
 キスしかしてないと言いながら何をやったんだ。ノエルは教授の身が心配になる。
「大丈夫。向こうは本当にキスだけ。だからさ」
 続きをノエルでするというのようだ。本当にこの男は、まともに誰かを抱くことが出来ないらしい。しかしまあ、色々と用意しているものだ。毎回、感心する。
「いや」
 しかし、今は怜央の用意のよさに感心している場合ではない。近づいてくる怜央が怖くて、本能的にノエルは拒絶を口にした。
「ふふ。煽ってるのか?」
 が、そんな拒絶が通用しない怜央だ。むしろ嬉しそうだ。楽しげにノエルを見下ろしている。その顔があまりに生き生きしていて、ドSって面倒な生き物だな。ノエルはベッドの隅に移動しつつも、そんな感想を持っていた。
 ノエルが背を向けて逃げようとしたところを、怜央が易々と捕まえる。細い見た目に反して腕力は強い。
「やっ」
 振り払おうとしたノエルの腕を怜央は掴むと、後ろ手に拘束する。その手慣れた様が余計に恐怖を増加させる。
「怜央」
 手を拘束し終えた怜央は、ノエルの身体を倒すとズボンを脱がせにかかる。
「何?」
 満面の笑みで怜央は訊き返す。その笑顔だけは素敵なのだ。しかし、やっている行動は最悪でしかない。
「足は」
「拒否するの?」
 笑顔で迫られ、ノエルは答えられなくなる。これは拒否したら何が起こるか解らない。
「いえ」
 ノエルは小さく首を振る。
「いい子だね。でも、もうちょっと喚いてくれる?」
 怜央はそう言うと、ズボンを一気に脱がせると、すでに勃起しているノエルのあそこを強く刺激した。ぐりっと、先端の孔に爪を立てられる。
「いっ」
 手加減なしだったので、ノエルは怜央の思う壺のまま叫んでしまった。
「いいよ」
 こうして、怜央のドSな夜にみっちりと付き合わされたノエルだった。



何とか両足を拘束されることを逃れたノエルだが、怜央は容赦がない。片足とベッドを足枷で繋ぎ、逃げられないようにしてしまった。わずかな鎖の範囲しか、動くことが出来ない。
「んっ」
 圧し掛かってきた怜央、は荒々しくキスをしてくる。口の中で暴れまわる舌で、ノエルは息苦しかった。
「ふう」
 気の済むまでノエルの口を蹂躙した怜央は、顔を上げるとにっこりと笑った。
 笑顔は素敵だが、何を考えているか解らなくて怖い。ノエルは肩で息をしながらも、ちょっとでも距離を取ろうと身を捩った。
「煽るのが上手いよね」
 しかし、残念過ぎるほどSな怜央には逃げる行為も嬉しいのだ。今も嬉々とした顔をしている。
「煽ってなんて」
 ノエルは無駄だと解っていても、思わず言い訳する。
「そう?」
 やはり怜央には通用せず、簡単に拘束されていない方の足を掴まれ、そして勢いよく引っ張られる。足を折り曲げられ、ぐっと接近してくる。
「やっ」
「その声、堪らない」
 怜央は嬉しそうに笑うと、ノエルのモノをぎゅっと掴んだ。まだ一度もイかされていないそこは、ふるふると震えながら先走りを零している。
「っつ」
 手は拘束されているので止めようがない。握られた痛みにノエルは顔を歪めた。
「これは?」
 怜央はぎゅっと掴んだまま、指で先端を愛撫し始めた。
「んっ」
 敏感な部分だけを刺激され、ノエルは反応してしまった。怜央の指が白い蜜で濡れる。
「いいんだ?」
 出たものを擦りつけるような手つきでさらに先端だけを愛撫する。
「んんっ」
 気持ちよくても、そこだけですぐにイケるわけがない。怜央はそれも解ってやっているのだ。本当に性質が悪い。ノエルは何とか体勢を変えようともがくが、腕を拘束されていては自由に向きを変えることすらできなかった。
「あぅ」
 思わず漏れた甘い声に、怜央が笑った。
「こうしたら、もっと声が出るかな?」
「えっ?」
 一瞬我に返ったノエルだが、怜央が空いていたほうの指を尻の狭間に潜り込ませたので、それどころではなくなった。
「いっ」
 容赦なく入れられた指は、当然のように何も塗られていない。苦しさが先にやって来た。
「またまた。慣れてるだろ?」
 そう言って怜央は力任せに指を奥まで突っ込んだ。たしかに日頃から使っているから、普通の人よりは痛みがマシなのだろうが、痛いものは痛い。
「んんっ」
 しかし、痛くても巧みな怜央の指の動きに、ノエルは悲しくも喘いでいた。そっと目を開けると、怜央は笑顔だった。
「もっとかな?」
 目が合った怜央が意地悪く訊く。口元はにやりと笑った形をしていた。
「やだ。怜央が欲しいです」
 このまま長々と痛めつけれるとは嫌なので、ノエルは素直に懇願した。
「ふうん」
 しかし、欲求不満の怜央はまだまだ納得していなかった。顔から笑顔が消える。そしてノエルの興奮した前から手を離すと、自分のネクタイを解く。さらに後ろからも指を抜いた。
「怜央?」
 不安がノエルを襲う。これが拙い展開であることは経験済みだ。
「何?」
 急に笑顔に戻った怜央は、容赦なくノエルの足を開かせた。そして解いたネクタイで兆した前を縛ってしまう。
「いたっ」
 ぎゅっと締め付けられ、ノエルは呻いた。すると、怜央がまた先端だけを掌で撫でる。
 しばらくは痛さが勝っていたが、次第にノエルから甘い息が漏れ始めた。イけずにとろとろと、前から白濁を零しつつ、喘いでしまう。
「んっ、ああっ」
 ぐちゅぐちゅと水っぽい音が室内に響く。その音にさえ、縛られて敏感になっているノエルは感じてしまう。
「相変わらず感じやすいな」
 怜央はそう言うと、ポケットから何かを取り出して舐め始めた。何やら白い棒が、口の端から覗いている。
「何?」
「俺が着替える間、何の刺激もないのは嫌だろ?」
 なくても大丈夫などという拒否は通用しない。ただでさえ、また興奮したモノは縛られた刺激でじんじんしている。これ以上、どういう刺激を与えようとしているのか。ノエルはじっと怜央の手元を見た。
「大丈夫。ただの飴」
 怜央が口から取り出して、ノエルの顔の前に翳す。確かに棒付きキャンディーだが、問題はそれをどうする気かだ。結構大きい。
「あの?」
「解ってるだろ?しばらく味わってなよ」
 怜央はノエルの身体を反転させると、膝立ちになるようにした。
「やっ」
 手が使えないので、お尻を怜央に突き出す格好になる。手を縛った目的はこれのためだろう。
「もう緩んでる」
 恥ずかしい感想を平然と言われ、ノエルは赤くなった。指を入れられただけだというのに、確かにそこは息づいている。
「あっ」
 油断していたら、棒付きキャンディーの飴の部分を思い切りその緩んだ場所に突っ込まれた。今度は唾液のぬめりがあるので易々と入ってしまう。
「んんっ」
 孔の入り口だけを目一杯広げて刺激してくる飴に、ノエルは喘いでしまった。
「しばらく我慢してね」
 怜央は意地悪にも棒の部分を思い切り指で弾く。
「あぅ」
 中途半端にあちこちが放置されているノエルは、その刺激で喘いだ。その反応に満足したのか、怜央はスーツを脱ぎながら、棒の部分をしっかり指で弾いたり回したりした。
「んんっ」
 刺激に縛られた前が大きくなり、苦しさが増す。それでもノエルの口からは喘ぎしか漏れなかった。
「ノエル」
 ようやく裸になった怜央がノエルの上に覆い被さった。耳元で名前を呼ぶ。
「怜央、早く」
 潤んだ目を怜央に向けると、にっこりと笑った。
「仕方ないか」
 怜央はいきなり飴を引き抜くと自身を突っ込んだ。そして一気に貫かれる。
「ああっ」
 飴とは比べ物にならない大きな刺激に、ノエルは息が詰まる。
「散々じらした甲斐があるね。中が熱い」
 怜央は囁くと勢いよく動き始めた。
「あっ、怜央。前」
 強まった刺激で、ノエルはもう縛られている前が辛かった。腕も辛いが、それはまだ我慢できる。しかし、前はもう、イキたくて仕方がない。
「ダメ」
 怜央は意地悪く笑顔で言う。
「あぅ」
 長く抜き差しを続けられ、ノエルはもう喘ぐことしかできなかった。
「ノエル」
 名前を呼ぶ声に、余裕がなくなってきている。
「お願い」
 思わずノエルが叫ぶと、ようやく前を戒めていたネクタイが解かれた。
「いくよ」
 それと同時にさらに激しく突かれ、ノエルは声もなく果てていた。



 翌朝のまだ早い時間。
「怜央?」
 散々喚き、喘いだノエルはベッドに倒れたまま身支度を始めた怜央を見た。相変わらず隙のないスーツの着こなしだ。
「ごめん。もう少し楽しみたいところだけど忙しくてね」
 怜央はにっこり笑うと、ノエルの頭を撫でた。その手つきは優しい。
「そうですか」
 夜の相手は少し嫌だが、それでも何度も会っているせいかノエルは寂しくなる。
「またお願いね」
 怜央はそっとノエルにキスした。いつになく甘いキスだ。これは恋人だという教授のおかげだろうか。ノエルはそう思うと、少し嫉妬してしまう。
「んっ」
 ノエルは別れを惜しむように舌を入れた。怜央もすぐに応えてくれる。
「絶対に、また指名してくださいよ」
 少し拗ねた声でノエルは言った。
「するよ。またね」
 本当に笑顔だけは素敵だ。ノエルは怜央の笑顔が好きなのだと、自覚して悔しくなっていた。



 寂しい別れがあって、二か月が過ぎようとした頃。ふと、ノエルは怜央からの指名がないことを思い出した。
「もう、用済みなのかな?」
 言ってしまうとさらに切なくなる。あんなドSプレイはもう嫌だと思っているのに、怜央の笑顔が見たくなってしまうのだから不思議だ。そんなことを思いながら、ぼんやりと喫茶店にいたノエルのスマホがいきなり震えた。相手は社長の津久見だ。
「依頼が入ったのか」
 ノエルがメールを開くと、そこには本文をそのまま転送するとある。
「ん?」
 そのまま画面を下にスクロールすると、怜央からのメールがあった。
『花見に失敗した。というわけで、ノエル。明日辺りよろしく』
 なんとも不遜なメールだ。花見云々はきっと教授とのことだろう。
「もう」
 そう言いながらも、ノエルは顔が緩んでしまうのだった。

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