ヤドカリー一夜限りの恋人ー

渋川宙

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第20話 雑賀岬

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 これもコスプレだよなと思いつつ、ノエルは渡された白衣に袖を通した。
「ううん。髪が茶色いからダメかと思ったけど、いい感じだね」
 今回の客である雑賀岬は、そんなノエルを見てにっこりと笑った。学者然とした雰囲気はあるが、優しい感じの人物である。年齢は三十三歳で、本当に学者をやっているそうだ。
「これ、本物ですか?」
 生地の厚さが、そこらへんで売っているパーティーグッズとは違うのでノエルは驚いた。
「そう。友人が生物学者だからさ。一枚譲ってもらったんだ」
 岬はさらに笑う。
 その友人もまさかこんなことに使用されるとは思っていないだろう。ノエルは呆れていた。しかしふと、その友人が本命なのではという邪推が働いてしまう。
「あっ。そいつとの関係を疑ってるのかい?」
 勘が鋭い岬が突っ込む。おそらく疑いが顔に出ていたのだろう。
「えっ、まあ」
 しかし、向こうから振ってくれたので、ノエルは曖昧ながらもそう答えた。
「残念ながらそいつは本命じゃないんだよ」
 岬は椅子から立ち上がるとノエルを抱き締める。
「あの」
「本命はね、すんごく仲の悪い奴でね。いや、向こうが一方的に嫌っているっていうのかな。だから、いつか、白衣を着ている時に思いっきり乱してやりたいんだけどさ。さすがに同じ大学にいるし自制中ってわけ」
 優しい顔からは想像できない発言だ。だが、今日の趣旨はよく理解できた。
「同じ大学ですか」
 要するに職場恋愛ということだろうか。しかし、仲が悪いとはややこしい。ノエルは首を捻った。
「まあ、ちょっと研究分野が違って対立中なだけだよ。気にしないで。それより」
 岬はすっと白衣の隙間から手を差し入れてノエルの背中を擦る。それは明らかに、動きやすさを確認している手つきだった。
「俺で実験ってところですか?」
 だから、岬の理系らしいところが出ているのだろうと、ノエルは笑いながら訊く。
「ま、そういうこと。しばらくベッドはお預けで」
 岬も笑うと、ノエルをテーブルに追い詰める。
「抵抗しましょうか?」
 テーブルに凭れつつノエルは訊いた。そういった好みに合わせることも出来る。というか、上客の一人にその手のことを楽しむ奴がいるから、逃げる演技には自信があった。
「それはあいつだけでいいよ。ノエルのほうが可愛いしね。単純に、白衣を着たまま乱れる姿が見たいかな」
 表現がストレートな岬は臆面もなくそう言う。思わず、ノエルはくすくすと笑ってしまった。岬の雰囲気と全く合っていない。
「笑わないでくれよ」
 岬が困ったように言う。しかし口元は笑ったままだ。
「だって、岬さん。顔と言い方が合ってないんです。もっとこう」
「難解な言葉で言いそう?そんなの研究の説明の時だけだよ。日常会話まで硬いわけないだろ?」
 言いながら岬はノエルのネクタイに手を掛けた。
 ノエルは笑顔のままテーブルに手を付いて岬のやりやすいようにする。
「協力的だな」
 岬がネクタイ引き抜いて笑う。
「だって、それが目的ですよね?というか、俺の商売はエッチなんで」
 ノエルも釣られたようにストレートに言ってしまう。
「そうだな」
 しかし、岬は少し寂しそうに言う。
「岬さん?」
「いや。俺ってさ、何であいつにこういうことしたいんだろうな」
 そう疑問を口にしつつも、岬はノエルの唇を奪った。答えは聴きたくないのだろう。自分の性癖に悩む人は、確実にいる。それはノエルも多くの客を相手にしているから知っている。
「んっ」
 だから、ノエルも岬の恋愛についてとやかく言うつもりはない。今日は自由気ままに、そう言う代わりに舌を入れた。
 岬も情熱的に応える。そして手はノエルのワイシャツを肌蹴させた。
「んんっ」
 胸の突起を触る岬の手は巧みだった。ノエルはすぐに喘いでしまう。そしてそのまま、テーブルに押し倒される。
「ノエル」
 名前を呼ぶ声はまだ切なさがあったが、情熱的な夜はそうやって始まったのだった。


「あっ」
 白衣は脱がされないまま、ワイシャツの前だけを全開にされて胸の突起を愛撫される。その状況に、妙に興奮してしまった。服を着たままというのはたまにあるが、やはり恥ずかしさが先に来る。
「んぅ」
 しかも岬もきっちりとスーツを着たままだ。まさしく、大学でどうやるのかを実験しているかのようで、ノエルは熱心に自分の胸の突起を舌で転がす岬の顔を覗き込んでしまう。精悍な顔のまま、必死に舐める姿はとても煽られる。
「ふぅ」
 しかし、そろそろ下が窮屈になって来た。もじもじと足を動かすと、まだとばかりに膝を手で押さえられる。
「岬さん」
「だめ。もうちょっと」
「んっ」
 ズボンの上からするっと撫でて状態を確認して言うので、ノエルは悶える。もっと刺激が欲しいのにと、腰が揺れた。
「ふふっ。もうちょっとだけ」
 すでに興奮しているノエルに満足したのか、岬はくすっと笑った。しかし、再び丹念に胸の突起を舐め始める。
「あぅ」
 ぷくっと腫れ上がった突起に続く刺激に、ノエルは喉を反らせる。このまま、触られずに、しかも下着の中に放ってしまいそうで恥ずかしい。
「ひょっとして、この刺激だけでイけるの?」
 ノエルの呼吸が荒くなったのに気づき、岬が意地悪く舐めていない方の突起を指で抓った。
「ああっ」
 おかげで、より大きな声が出てしまう。それはイけると答えているのと同じほど、上気したものだった。
「じゃあ」
「えっ、ちょっ」
 岬が舐めるのを止めて両方の突起を捻ったりこねくり回したりし始める。ずっと緩慢な刺激が続いていたノエルには、その唐突な激しい刺激は射精を促すのに十分だった。
「ああっ」
 呆気なく、胸だけでイってしまう。下着だけでなく、ズボンまでじわっと濡れた感覚に、初めてではないというのに泣きそうになった。きっと、いつも以上に服をきっちりと着ているせいだ。
「ああ、ごめんごめん。でも、凄く良かったのかな?」
 ぐっしょりと濡れたスラックスを摘まんで、岬は意地悪く笑う。たしかに、長い胸の愛撫は気持ちがよかった。
「――よかったですけど」
 ノエルは顔を真っ赤にして睨んでしまう。とても意地悪な岬のやり方に、ひょっとしてSなのかなと思ってしまう。そう言えば、好きな相手を思い切り乱したいとも言っていたことだし、Sなのだろう。
「もうちょっと、付き合ってね」
「えっ」
 まだ胸にと思ったが、違った。濡れたズボンの前を寛げ、放ったばかりでぬめるノエルのモノを取り出す。それはすでに、次の刺激を予感して半勃ちになっていた。
「もう興奮してるの?」
「だって」
 一つ一つの行為がゆっくりでと、ノエルは小さな声で白状する。普段ならば、もっとがっついた行為が多く、こういう丁寧な愛撫には弱いのだ。
「なるほどね。人それぞれってところかな。ここも、ゆっくりイジメたいんだけど」
「あぅ」
 ぐりっと先端を指で弄られ、それだけでノエルは色っぽい声を漏らしてしまう。それに気をよくした岬は、先端を人差し指でくりくりとこね始める。するとすぐ、蜜液が漏れだして、くちゅくちゅという音を立て始めた。
「どう?」
「んんっ」
 テーブルに寝転んだノエルは、身悶えてしまう。そんな敏感な場所を重点的に責められては、腰が勝手に動き出す。
「いいみたいだね」
「い、意地悪っ」
 思わず、ノエルは睨んでしまうが、興奮で真っ赤になった顔で睨んだところで、岬を煽るだけだ。
「ああぅ」
 そしてそれは、行為となって返って来る。爪を立てられ、孔をぐりぐりと責められる。するとどぼっと蜜液が溢れ出た。
「いいみたいだね」
「んんっ」
 もっと他も触ってほしいと、ノエルは足を大きく開く。しかし、まだズボンを履いたままという事実を思い出すことになって、恥ずかしかった。自分はそこだけを晒しているのだと、羞恥心を煽られる。
「ああ」
 思わず、溜め息に近い声が漏れた。もどかしさと恥ずかしさが同居して、思わずズボンを緩めようと手を動かす。しかし、それは岬に捕らえられた。
「このままイって」
「んっ」
 ようやく全体を握られ、ノエルは頷く。また着たままという恥ずかしさもあるが、早く出したいと、そこが震えるのが早かった。
「凄い。手の中でびくびくと動いている」
「は、早くぅ」
 ノエルは動かしてと、岬の手に自分の手を重ねた。すると、岬はようやく手を動かしてくれる。
「ああっ」
 待ちわびた刺激に、ノエルは思い切り足を開く。しかし、脱がされていないズボンが邪魔だ。中途半端にしか開かない足も、妙に煽られる。
「くぅ」
 そして、呆気なく二度目も放っていた。びゅくっと、一度目より少ないものの、しっかりとした量が出てしまった。
「凄いね、ノエルは」
 放った白濁を丹念にノエルのモノに塗り込みながら、岬はにやりと笑う。ああもう、本当に意地悪だ。
「も、もう」
 次に行ってと、ノエルは涙目になる。すると、身体をひっくり返された。
「あっ」
 ひやっとしたテーブルの感触に、ノエルは再び羞恥心を煽られる。服は一部だけ乱れているだけなのだ、否応なしに意識させられる。そして足だけテーブルから下ろされた。
「さて」
 そして、岬はノエルの纏う白衣をたくし上げると、ズボンをようやく下げる。しかし、足から取り払われることはなかった。
「み、岬さん」
「いいだろ?」
 着衣のままに拘る岬は、先ほどノエルが放ったもので濡れる指を後孔にねじ込む。
「ああっ」
 ようやく内部に与えられた刺激に、ノエルは大きく背を反らせた。するとぐりっと大きく円を描くように指を動かされる。
「あぅ」
 まさかそこも、と思う暇もなく、ずっとぐりぐりと刺激される。途中、最も感じる場所をかすめるものの、全体をゆっくりと広げていくような動きだ。
「はぅ」
 おかげで、ようやく二本目の指を挿れられた時、思わずほっとしたような声が漏れてしまう。
「じらされるのに、本当に弱いね」
「ううっ、岬さんっ」
 早くと、ぎゅうぎゅう岬の指を締め付けてしまう。さすがにもう無理かなと、岬はやっと指を抜いた。そして、熱く滾ったモノをノエルの後孔に押し当てる。
「ああ」
 それだけで、ノエルは感じてしまった。ふるっと腰を震わせてしまう。それを待っていたかのように、岬はぐっと中に挿れてきた。
「ああっ」
 しかも、中に挿れる時は一気だったので、ノエルは呆気なく三度目を放ってしまう。テーブルに、どろっとした白濁が掛かった。
「ああ、凄くいい」
 岬はそんなノエルの反応に満足し、ゆるゆると腰を動かし始める。同時に、三度も果ててどろどろのモノを握り込んだ。
「はぅ」
 あちこちに与えられた長い愛撫のせいで、敏感になり過ぎている身体には、前と後ろを同時に責められるのは、苦しいほどの快感を与えてくる。
「ああぅ、ううっ」
 ぐちゅぐちゅと奥を突かれる度に、ノエルは大きく身体を反らしていた。
「イくよ」
「は、ああっ」
 そして、中に岬の熱い奔流を感じるとともに、四度目を放っていたのだった。



 テーブルでの長い情事が終わり、二人はようやくベッドに移動した。すると、岬はいきなり枕に顔を埋めてしまう。
「岬さん?」
 汚れてしまった白衣を脱ぎ、ノエルは岬の顔を覗き込む。少し疲れたのではと思ったのだ。
「大丈夫。やっぱ、俺は別に白衣に興奮してたわけじゃないなって。実は白衣フェチなのかってなって、心配してたんだよ。あいつじゃなくてもいいんじゃないかって」
 岬は顔を上げると、満足そうにノエルに軽くキスをした。
「それは」
 意外な告白に、ノエルは呆気に取られる。そして、悩みはそっちかと苦笑してしまった。
「あと、ちゃんとあいつを好きだって気づいた。ノエルとしている時だっていうのにごめん」
 真面目な岬は、きっちりと謝る。それに、ノエルは苦笑してしまった。
「いいですよ。俺とのことは一夜だけですし。それより、もう白衣が要らないなら、ちゃんと、裸で抱いてください」
 ノエルは岬に抱き付いた。まだお互いに服は着たままというのが妙な感じになる。だから、仕切り直しを申し入れていた。
「そうだな。にしてもさ」
 立ち直りの早い岬はすぐにノエルをベッドに押し倒す。
「はい?」
「乱れ方が凄いよな。もっと見たくなった」
 あくまで表現がストレートだ。おかげでノエルは赤くなってしまう。
「もう。全然他のこと考えていたとは思えないですよ」
 ノエルは岬の首に手を回しながら拗ねた声で抗議する。しかも散々じらしておいてだ。
「ははっ。あいつがちらついたのは最初だけだったかな」
 開き直って岬は笑う。まったく、この人を袖にしている好きな人ってどんな人なのだろう。ちょっと気になってしまった。
「じゃあ、続きを」
 しかし、自分に出来ることは何もない。ノエルは促しながらも、岬の恋が成就することを願っていた。
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