科学部と怪談の反応式

渋川宙

文字の大きさ
上 下
43 / 51

第43話 使用不能のトイレ

しおりを挟む
 目の前に現れた最大の敵、ではなく使用不能のトイレを前に科学部員たちは困惑していた。そもそも使用不能って何だろうか。そこは使用禁止ではないのかと突っ込んでしまう。
「誰が開ける?」
 しかし目下考えるべきは日本語の問題ではなくこれだ。円陣を組んだところで桜太が訊く。
「それは部長の仕事だろ?」
 すぐに逃げたのは優我だ。桜太の肩を押してお前だと主張する。
「いや。ここは前部長で変人パラダイスを守りたい大倉先輩が」
 その桜太は亜塔の肩を押した。何だか向き合ったまま押し競まんじゅうをしている感じだ。
「いや、ここは先生の仕事だろう。生徒を危険に晒すような真似はしないですよね?」
 莉音がにっこりと笑って言う。日ごろの恨みに加えて気に入られていることを利用するというコンボ技だ。やはり怒らせてはいけない人物であるらしい。
「うぅ。解ったよ」
 どうして嫌なことばかり押し付けるんだとの思いもあるが、莉音に嫌われてはその完璧な説明を聴けなくなると思う林田は渋々ドアに近づいた。やはりアイドルオタクであることより理系であることが大事。そうなると、莉音のような完璧な説明は音楽に勝るというのが林田の持論なのだ。
 しかし気持ちを反映してかもさもさの天然パーマが心なしか萎びている。使用可能な個室であれだったのだ。どう考えてもこの使用不能な個室はやばい。
「行くぞ」
 覚悟を決め、林田はドアの取っ手を引っ張った。しかしどうにも開く気配がない。
「鍵が掛かっているんですか?」
 必死に引っ張り始めた林田に、桜太は呆れながら訊いた。鍵が掛かってるならば別の作戦で開けたほうがいい。
「いや、何かが引っかかってるんだ。鍵は壊れているみたいだね。ちょっとだけ開くよ」
 必死に引っ張りながら林田は言う。すると、ドアがみしっと音を立てた。
「なんか、危険な感じが」
 千晴がドアを見てみると、徐々に林田に向けて傾いていっている。
「あっ」
 急に取っ手がもげ、林田は尻もちを搗く。と同時にドアがぎいっと音を立てて傾いていく。
「やばい」
「先生が圧死する」
 これは手助けがいると、男子たちはわらわらと駆け寄った。そしてドアが完全に倒れる前に捕まえると横に除けた。
「はあ。まさか取っ手が取れるなんて」
 まだ握ったままだった取っ手を投げ捨てると、林田は立ち上がって中を覗いた。ドアを除けた男子たちは林田の後ろに立って同じように覗く。
「これは、雑巾の山?」
「何だ、つまらん」
 林田が首を捻る横で亜塔がそんなことを言う。あれだけゴム製品に引いたというのに、興味は人並みにあったらしい。
「期待外れだな」
 動画問題で開き直ったらしい迅がそんなことを言い出す。たしかに何か過激なものが落ちているかと桜太も思ったが、千晴の視線が怖いので同意できなかった。
「それにしても。学校中の雑巾を集めたってくらいあるな」
 覗いていた楓翔が呆れ返った。これだけ山のように布を積む必要性が解らない。
「いや。雑巾だけでなくカーテンも放り込まれている」
 汚い布の山に、見慣れたものを見つけてしまったのは芳樹だ。よく考えると化学教室の窓にカーテンがなかった。ひょっとしてこれだろうか。
「何だか問題だらけだな、このトイレ。それにほら、何だか下の方が濡れているぞ」
 亜塔が目ざとく布の色の変化に気づいた。たしかに下の方は水で濡れたらしく色も変わっているし湿っている。
「何でだろう。この状態で水を流すことは無理だし、和式の中に溜まっていた水だってとっくの昔に吸ってしまっているだろうに」
 不可解だと桜太も首を捻った。
「ともかくさ、この布の山をちょっと崩して水を流してみようよ。こっちを流してすすり泣きのような音がすれば謎は解決。後は松崎先生に報告して修理の手配をしてもらえばいいのよ」
 意味不明なトイレに嫌気の差した千晴がそう提案した。男子トイレにいることよりも、意味の解らないことばかりの空間にいることが辛い。
「そうだな」
 ここはもう危険はないと判断し、桜太が足で布の山を崩した。そして水が流れる場所を確保してレバーを足で踏む。すると、使用不能との張り紙に反して水が流れた。これは大丈夫だと桜太は調子に乗って水を流し続ける。
「どうだ?」
 何度か流しながら桜太は訊いた。
「ううん。特に音はしないし普通――普通?」
 いきなり優我が驚く。それに合わせて他のメンバーも騒ぎ始めた。
「どうした?」
 慌てて個室から出た桜太は、そこに広がる光景に目を丸くした。いつの間にか床は水浸し。さらにはあの大量のゴム製品が流れて浮いていた。
「こっちの個室から溢れているぞ」
 水源を探っていた林田が怒鳴る。どういうわけか、使用不能のトイレの水を流したら使用可能な方から流れ出てきたのだ。
「ええっと、つまり」
 桜太は二つの個室を見比べる。どういうわけか連動しているらしい。
「これ、下で繋がってるな」
 莉音も呆れたように指摘した。井戸に続く非常識事態である。
「何で繋がっているんだ。しかも流れるってことは詰まってないんだぞ」
 さらなる意味不明な状況に、常識人の一人である芳樹が壊れた。思いっきり頭を抱えている。
「まあ、これは一回化学教室に戻るべきだろ」
 普段は芳樹がまとめるところだが、壊れてしまったので代わりに亜塔がまとめていた。
しおりを挟む

処理中です...