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第49話 暑すぎて逃げ水
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「目か。俺の出番がついに来たか」
急に亜塔がくすくすと笑い始める。
「ああ、あれだ。ここで考えるのは暑いし、化学教室に戻ろう。何もないっていうのもポイントだろうしさ」
ここで亜塔に自分の好きなものを語らせてはやばいと芳樹がそう提案した。亜塔の興味は単に眼球にあるのではなく、色々とやばいのだ。同じ生物系でもそんな興味の持ち方でいいのかと引くほどである。
「そうですね。本当に何もないし」
桜太も亜塔のやばさは知っているので同意する。後ろを振り返ってみてもあるのはグラウンドだ。そこでは野球部やサッカー部という部活動の王道が青春を謳歌していた。
「うちの学校の部活ってスポーツ推薦がないから弱いよな。野球もサッカーも全国大会とは無縁だ」
ひがみがあるのか、ぼそっと迅がそう言った。それに暑いのに運動する意味が解らないとの感情も滲み出ている。
「この学校って何か変だもんな。その中でも俺らは変人に分類されるんだ」
楓翔が遠い目をしてそんなことを言い始める。これは暑さだけでない拙い感じがある。目の前で青春をされ、自分たちが虚しくなっている証拠だ。
「さあ、帰るぞ諸君。我らがホームグランドは化学教室だ」
健全な部活動を目にするのは毒だなと、桜太は悲しくなりながらもそう号令していた。
桜太の号令で帰ろうとしていた科学部だったが
「あっ」
急に楓翔が立ち止まって前方を指差す。
「どうした?」
一体何があったんだと全員が立ち止まった。しかし日差しに照らされる道しかない。人一人歩いていないのだから、外で部活をしている生徒は本当に大変だろうとも思えた。
「これ、これが逃げ水だよ」
楓翔の指が差しているのは、少し離れた地面だった。正門近くの道まで舗装されているのだが、その辺りがゆらゆらと揺らめいている。そしてそこに水があるかのような光があった。
「へえ。こういうのって、道路で起きるもんだと思ってたよ。普通の道でもなるんだな」
そんな感想を漏らしたのは芳樹だ。たしかに道路で起こるイメージが強い。
「道の色の濃さが関係しますからね。普通の道にこんな黒っぽいアスファルトやコンクリートは採用しないですよ」
楓翔は説明しながら視線を足元に落とした。この学校の通路は校舎の白色と対比させるためか黒っぽい色をしているのだ。しかし南向きにあって暑くなることが解っているのだから、もう少し白っぽい色でも良かったのではと思ってしまう。
「色が関係しているって、熱を吸収しやすいかどうかってことか?」
優我が屈み込んで訊いた。地表付近に手を翳すと熱気が伝わってくる。よく馬鹿な動画でやっているような道路で目玉焼きを作るという実験を試したくなるような熱さだ。
「そう。逃げ水っていうのは道路の地表温度が上がることによって空気の屈折率が変わるのが原因なんだ。だから温度が上がりやすい場所で起こる。道路は遮るものがないし黒っぽいから最適ってわけだ。まさしくこの道と同じだな」
楓翔はそう言って後ろを振り返った。ここが熱いのだから、学園長像の前の地表も熱くなっているはずだ。動く原因にはやはり逃げ水が絡んでいるのかもしれない。
「現象が出ている今確認したほうがいいな。それに屈折が関わっているのならば、それが見えるための距離が必要なはずだ。傍で見ていては解らないことだったんだよ」
桜太がそう指摘すると、全員がグラウンド側へと斜めに進みながら学園長像の前に戻った。
「ううん。揺らいでいるようには見えないぞ」
亜塔が残念といった調子で言う。真っ先に逃げ水のことを話題にしただけに、これで解明されれば面白いとの思いがあったのだ。
「それにしても、遠くに離れてみると後ろの白さのせいで余計に学園長像がはっきりと見えるのが解るな。写真撮影で使うレフ板と同じ働きをしているんだろうなあ」
普段からアイドルの写真でも撮っているのか、林田の感想は独特だった。しかしはっきり見えるというのはポイントだ。これならば小さな揺らぎでも動いていたとの証言が出てくる。
「なっ」
「うわっ」
観察に夢中になっていた科学部の前で、いきなり水が吹き上がった。まさか驚かすために噴水の仕掛けでもあるのかと思っていたら、水が回り始めた。どうやら水遣り用のスプリンクラーが銅像の後ろにあったらしい。
「何だ、あれ。学園長の周りの木にだけ毎日水遣り出来るようにしてあるってことか」
迅が道路にも撒けよと言いたげに呟いた。前回の水田のところで解っていることだが、打ち水による気化熱は馬鹿に出来ない。道路を黒くするならばせめて暑さ対策はしておくべきだろう。そうでなければ無駄に南館を暑くしているだけである。北館との気温差も意外とこの道路が絡んでいるのかもしれない。
スプリンクラーが回り続けているのをしばらく見ることになった科学部だが、道路にまったく水か掛からないので迅の呟きに共感することにした。無駄に南館の壁に当たっているが、そこで気化熱を発生させてもあまり効果はない気がする。
急に亜塔がくすくすと笑い始める。
「ああ、あれだ。ここで考えるのは暑いし、化学教室に戻ろう。何もないっていうのもポイントだろうしさ」
ここで亜塔に自分の好きなものを語らせてはやばいと芳樹がそう提案した。亜塔の興味は単に眼球にあるのではなく、色々とやばいのだ。同じ生物系でもそんな興味の持ち方でいいのかと引くほどである。
「そうですね。本当に何もないし」
桜太も亜塔のやばさは知っているので同意する。後ろを振り返ってみてもあるのはグラウンドだ。そこでは野球部やサッカー部という部活動の王道が青春を謳歌していた。
「うちの学校の部活ってスポーツ推薦がないから弱いよな。野球もサッカーも全国大会とは無縁だ」
ひがみがあるのか、ぼそっと迅がそう言った。それに暑いのに運動する意味が解らないとの感情も滲み出ている。
「この学校って何か変だもんな。その中でも俺らは変人に分類されるんだ」
楓翔が遠い目をしてそんなことを言い始める。これは暑さだけでない拙い感じがある。目の前で青春をされ、自分たちが虚しくなっている証拠だ。
「さあ、帰るぞ諸君。我らがホームグランドは化学教室だ」
健全な部活動を目にするのは毒だなと、桜太は悲しくなりながらもそう号令していた。
桜太の号令で帰ろうとしていた科学部だったが
「あっ」
急に楓翔が立ち止まって前方を指差す。
「どうした?」
一体何があったんだと全員が立ち止まった。しかし日差しに照らされる道しかない。人一人歩いていないのだから、外で部活をしている生徒は本当に大変だろうとも思えた。
「これ、これが逃げ水だよ」
楓翔の指が差しているのは、少し離れた地面だった。正門近くの道まで舗装されているのだが、その辺りがゆらゆらと揺らめいている。そしてそこに水があるかのような光があった。
「へえ。こういうのって、道路で起きるもんだと思ってたよ。普通の道でもなるんだな」
そんな感想を漏らしたのは芳樹だ。たしかに道路で起こるイメージが強い。
「道の色の濃さが関係しますからね。普通の道にこんな黒っぽいアスファルトやコンクリートは採用しないですよ」
楓翔は説明しながら視線を足元に落とした。この学校の通路は校舎の白色と対比させるためか黒っぽい色をしているのだ。しかし南向きにあって暑くなることが解っているのだから、もう少し白っぽい色でも良かったのではと思ってしまう。
「色が関係しているって、熱を吸収しやすいかどうかってことか?」
優我が屈み込んで訊いた。地表付近に手を翳すと熱気が伝わってくる。よく馬鹿な動画でやっているような道路で目玉焼きを作るという実験を試したくなるような熱さだ。
「そう。逃げ水っていうのは道路の地表温度が上がることによって空気の屈折率が変わるのが原因なんだ。だから温度が上がりやすい場所で起こる。道路は遮るものがないし黒っぽいから最適ってわけだ。まさしくこの道と同じだな」
楓翔はそう言って後ろを振り返った。ここが熱いのだから、学園長像の前の地表も熱くなっているはずだ。動く原因にはやはり逃げ水が絡んでいるのかもしれない。
「現象が出ている今確認したほうがいいな。それに屈折が関わっているのならば、それが見えるための距離が必要なはずだ。傍で見ていては解らないことだったんだよ」
桜太がそう指摘すると、全員がグラウンド側へと斜めに進みながら学園長像の前に戻った。
「ううん。揺らいでいるようには見えないぞ」
亜塔が残念といった調子で言う。真っ先に逃げ水のことを話題にしただけに、これで解明されれば面白いとの思いがあったのだ。
「それにしても、遠くに離れてみると後ろの白さのせいで余計に学園長像がはっきりと見えるのが解るな。写真撮影で使うレフ板と同じ働きをしているんだろうなあ」
普段からアイドルの写真でも撮っているのか、林田の感想は独特だった。しかしはっきり見えるというのはポイントだ。これならば小さな揺らぎでも動いていたとの証言が出てくる。
「なっ」
「うわっ」
観察に夢中になっていた科学部の前で、いきなり水が吹き上がった。まさか驚かすために噴水の仕掛けでもあるのかと思っていたら、水が回り始めた。どうやら水遣り用のスプリンクラーが銅像の後ろにあったらしい。
「何だ、あれ。学園長の周りの木にだけ毎日水遣り出来るようにしてあるってことか」
迅が道路にも撒けよと言いたげに呟いた。前回の水田のところで解っていることだが、打ち水による気化熱は馬鹿に出来ない。道路を黒くするならばせめて暑さ対策はしておくべきだろう。そうでなければ無駄に南館を暑くしているだけである。北館との気温差も意外とこの道路が絡んでいるのかもしれない。
スプリンクラーが回り続けているのをしばらく見ることになった科学部だが、道路にまったく水か掛からないので迅の呟きに共感することにした。無駄に南館の壁に当たっているが、そこで気化熱を発生させてもあまり効果はない気がする。
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