【BL】堕天の魔導師

渋川宙

文字の大きさ
10 / 47

第10話 日常

しおりを挟む
「そうだな。俺たちも、マクスウェルがあの城に住みだした頃は、どうなるかと不安だった。でも今は、税金が免除されていることもあって、王朝がこの辺りを治めていた頃より快適だ。皮肉なもんさ」
 トムソンは苦笑を浮かべて、同じように町中に目を向ける。
 いつもの光景。それは結局、誰かが守ってくれるからこそ成り立つ。そんな当たり前を、マクスウェルに教えられている。これほど皮肉なことがあるだろうか。神に背いた者の手で、日常があるだなんて。
「神父としては複雑ってか」
「それはそうさ。正道を説く者が堕天した者の力を借りなきゃいけないというのは複雑だね。とはいえ、ここが安全安心なのはマクスウェル様あってのこと。これは事実だ。ってなると、神に背いたっていうが、一体何にってのは俺も疑問になってくるよ。どう考えても優秀で真面目な男だ。そこらの領主の方が野蛮人に見えてくるほどにね。一体何をすれば吸血鬼になるのか。個人的にも興味がある」
「それで協力する気になったってわけか」
「ああ。知ってどうするわけでもないけどな。さっきも言ったけど、一般の神父にはどうしようもない。魔法なんてほぼ使えないんだから。ただ、一体何をすれば完璧な奴を闇に堕とすのか。それを知っておいて損はない。次は、止められる」
「――」
 次は止められる。
 それはマクスウェルは救えないと、トムソンは諦めている証拠だ。マクスウェルのような吸血鬼を出すことはしたくない。けれども、すでに堕ちてしまった者を救うことは出来ない。そう割り切っている。
 それは神父ならば当然の考えだろう。実際、魔導師と違って神父は魔法や法力の基礎しか知らない。戦えるほどの力を持っているわけではない。しかも、神父も魔導師も正しく生きる者を救うための存在なのだ。
 堕ちた者を救うなんて論外。だから、神父よりも上の地位にいるラグランスが、救いたいと思うのが間違いなのだと、それは理解している。でも、見捨ていいことにはならないだろう。
「ったく、真面目だな」
「なんだよ」
 くくっとトムソンが笑うので、ラグランスは何が真面目なんだと睨む。まったく、常にこの男に笑われている気がするのだが、気のせいか。
「よう。神父さん、それと魔導師さん」
 そんな騒がしい二人に、昨日は不良同然に絡んできた自警団の一人、ゼーマンが声を掛けてきた。彼は自警団の副団長で、団長のゴルドンから二人の行動に目を光らせておけと命令を受けていた。というわけで、町中にやって来た二人を見つけて、丁度いいと声を掛けたわけだ。
「やあ、ゼーマン。今日も平和だね」
 そんな腹づもりがあるとは知らず、トムソンは気楽に返事を返す。しかし、昨日散々馬鹿にされたラグランスは、どう返事を返していいのか解らなかった。
「ったく、本当に魔導師らしくない人だな。えっと、名前は」
「ラグランスだよ。ラグって呼んでやってくれ」
「へえ。ラグね。俺はゼーマン。よろしく」
 トムソンが勝手に紹介してしまい、ラグランスはまたむすっとしたまま、ゼーマンと握手を交わすことになった。
 いやはや、表情を変えないなんて絶対に無理だろと、ラグランスは心の中で悪態を吐く。魔導師としてまだまだ未熟だとは思いたくない。
「町を案内中なんだよ。とはいえ、観光地じゃないから、見て回って終わりだけどね」
 トムソンがここにいた理由をしっかり説明し、ゼーマンもなるほどねと納得。ラグランスは完全に放置されていた。
「いい町だろ?」
 しかし、ゼーマンがそう質問を振ってきて、ラグランスは頷いた。やっと会話を許された気分だ。
「活気があっていいな。ここに来るまでにいくつか町を通ったが、ここまで活気のある町はなかった」
 これは本当だ。魔導師であるラグランスが住むのは、この町よりもっと東側。王朝の中心地であり王も住まうセシウルという大都会だ。そこからずっと旅をしてきたわけで、地方都市のあれこれを目にした。
 中にはここと違って最悪な状況の町や村もあった。それこそ、生き地獄としか言えないような場所もあった。それは地方領主の統治が悪い場所で、要するに、王朝からも冷遇されている場所だ。
 だからここも、すでに生き地獄か廃墟か。どちらかになっているだろうと、中央では想像されていた。おかげで正反対の現状にびっくりしてしまったわけだ。
「ははっ。それだけマクスウェル様が素晴らしいってことだよな。いい町だろ?」
「うん。この町はいいね。神父は適当だし、シスターは怖いけど」
「それは言わないお約束じゃねえのか」
 ばしばしとラグランスの肩を叩き、ゼーマンはにかっと笑う。町を褒められて嬉しいと、その顔が物語っていた。敵対していなければ気安い人らしい。
 そして何故か、そのまま酒場に連れていかれることとなった。ゼーマンの行きつけという酒場は、非常に活気に満ちていて、そして騒がしかった。ゼーマンが入っていくとあちこちから声が掛り、一緒に飲もうと誘われる。
「今日はこいつらと飲むから」
「そうなのかい? 神父と酒なんて辛気くさいけどなあ」
 そんな風にげらげらと笑う人々は、昼間だというのに完全に出来上がっている。なんとも騒がしい。
「親父。ビール三つと適当につまみ」
「あいよ」
 窓際の席を確保して、ゼーマンがすぐに注文をしてしまった。おかげで酒場で強制飲み会が始まってしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...