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第17話 少女
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それでもマクスウェルに近づきたくて、あれこれ努力したものだ。そして、今から考えると、犯罪一歩手前のこともやっていた。風呂場に置いてあったマクスウェルの制服を触ったり、こっそり後ろをついて歩いたり、図書館の横の席にわざと座ってみたり。間違ってもラピスに聞かせられない内容だ。
それはそうとして、ちょっとでも長くマクスウェルの傍にいようと、ちょろちょろしていたのは事実だ。同じように、というかラグランス以上に崇めている連中もいて、いつも遠巻きにマクスウェルの様子を観察する連中はいたのだ。
そんなマクスウェルだからこそ、堕ちて人の血を啜る姿を目撃した人間も多かった。あれは、あの決定的な瞬間が訪れたのは、マクスウェルが魔導師になって数か月後のことだ。
神学校を卒業しても、まだまだ修行中の身であるラグランスたちは、枢機院のお膝元で修行することが義務付けられる。それが終わってようやく、一人前の神父として各地に送り出されるのだ。
神父はいわば公務員で、どこに誰が派遣されるかは枢機院が決めている。魔導師の行いは神父以上に枢機院が管理しているが、神父もまた、枢機院の意向であちこち移動するのだ。
そんな修行をすっ飛ばして魔導師になったマクスウェルだが、年齢が若いということで、ラグランスたちと同じく枢機院の寄宿舎近くで生活していた。だから、相変わらずラグランスたちが、今度は本物の尊敬の念を込めてマクスウェルを遠巻きに見ていたのも自然なことだった。
そしてあの日が来てしまうのだ。一人の少女が祈りを捧げるために枢機院にやって来たあの日、マクスウェルはその少女に食らいついた。その血を啜り、肉を食べる姿を、多くの人間が目撃した。
もちろん、少女を連れてきた母親も、他の一般市民も何人かが目撃した。まさに、誤魔化しの利かない状況下での出来事だ。そしてマクスウェルは、少女の残骸を抱えて夕闇の中に消えて行ってしまった。
枢機院はすぐにマクスウェルが吸血鬼に堕ちたことを認め、討伐隊を出した。だが、マクスウェルに敵う力を持った者はおらず、全員がマクスウェルに食べられるという最悪の結果で終わった。
魔導師ですら勝てない吸血鬼。
それはこの時に証明されたようなものだ。そこから状況は、最悪の方向にしか流れなかった。
「どうしてだろう」
思い出しても、堕ちたのは唐突だとしか思えなかった。
思い当たるとすれば、あの少女か。どういうわけか、マクスウェルは少女だけを襲った。あの時、目撃者が大勢いるように人はたくさんいた。しかも横には少女の母親もいたのだ。しかし、マクスウェルが襲いかかったのは少女だけだった。それも少女と向かい合った瞬間、何かスイッチが入ってしまったかのように襲いかかっていた。
「ううん。でも、少女か」
むくっと起き上がって腕を組む。時間を確認するために窓の外を見ると、まだ夜明け前だった。東の空がようやく赤くなり始めている。
「マクスウェルだと、そろそろ寝る時間になるんだな」
さっきの夢もあってか、考えるのはマクスウェルのことばかりだ。しかし、あの少女を食らう場面は、何度見ても色褪せずに恐怖を思い出させる。彼が違う生き物になったのだと、何度も確認させられる。
頭では理由を必死に考えているが、汗がびっしょりと衣服を濡らしている。それだけ、生理的に怖いのだ。人間が人間を食べるという異常さが、身体中から恐怖を湧き上がらせる。思い出す度に、心臓を締め付けられるような恐怖を味わう。
「吸血鬼、か」
だからこそ、違う名前で呼ばれ恐れられるのだと、ラグランスは気づく。明確に分けていないと、あれは人間ではなく化け物なのだと線引きをしないと、恐怖から逃れられなくなるのだ。
「いいや、マクスウェルは今も魔導師として振る舞い、人間らしく生きているんだ。怪物になったわけじゃない。冷静に対処しないと。とはいえ、堕ちた理由のヒントは少女なのかどうなのか。少女というのは何の暗示なのか」
ラグランスは腕を組み、自分の気持ちを落ち着けるためにも理由について考える。しかし、肝心のマクスウェルの家族構成を知らない。どうしてあの神学校にいたのかも知らない。そんな状況で少女がどう関わってくるのか、解るはずがなかった。
「よく考えたら俺、知らないことばっかだ」
一方的に目標にしていたからこそ、吸血鬼に堕ちたことが信じられず必死に追い掛けてきたけど――
「何が、マクスウェルを追い詰めたのか」
この根本的な問題は何も解らないままだった。
「なるほどね。堕ちた原因は少女か。普通に考えると道ならぬ恋ってところか?」
朝、朝食を食べている時に疑問を打ち明けると、トムソンはにやにやと笑ってそんなことを言う。相談相手を間違ったかなと、ラグランスはラピスに救いを求めるように視線を向けた。
「ううん。誰か大事な人と重なったのだとすると、やはり、何かありそうですよね。それこそ神の教えに背くこと。妹を好きになったとか。きゃ、それはそれで素敵ですね」
「――」
しかし、ラピスからは予想外の反応を得ることになり困惑してしまう。このシスター。他のことは素晴らしく優秀だというのに、道ならぬ恋というのに過剰反応する傾向にあるらしい。
それはそうとして、ちょっとでも長くマクスウェルの傍にいようと、ちょろちょろしていたのは事実だ。同じように、というかラグランス以上に崇めている連中もいて、いつも遠巻きにマクスウェルの様子を観察する連中はいたのだ。
そんなマクスウェルだからこそ、堕ちて人の血を啜る姿を目撃した人間も多かった。あれは、あの決定的な瞬間が訪れたのは、マクスウェルが魔導師になって数か月後のことだ。
神学校を卒業しても、まだまだ修行中の身であるラグランスたちは、枢機院のお膝元で修行することが義務付けられる。それが終わってようやく、一人前の神父として各地に送り出されるのだ。
神父はいわば公務員で、どこに誰が派遣されるかは枢機院が決めている。魔導師の行いは神父以上に枢機院が管理しているが、神父もまた、枢機院の意向であちこち移動するのだ。
そんな修行をすっ飛ばして魔導師になったマクスウェルだが、年齢が若いということで、ラグランスたちと同じく枢機院の寄宿舎近くで生活していた。だから、相変わらずラグランスたちが、今度は本物の尊敬の念を込めてマクスウェルを遠巻きに見ていたのも自然なことだった。
そしてあの日が来てしまうのだ。一人の少女が祈りを捧げるために枢機院にやって来たあの日、マクスウェルはその少女に食らいついた。その血を啜り、肉を食べる姿を、多くの人間が目撃した。
もちろん、少女を連れてきた母親も、他の一般市民も何人かが目撃した。まさに、誤魔化しの利かない状況下での出来事だ。そしてマクスウェルは、少女の残骸を抱えて夕闇の中に消えて行ってしまった。
枢機院はすぐにマクスウェルが吸血鬼に堕ちたことを認め、討伐隊を出した。だが、マクスウェルに敵う力を持った者はおらず、全員がマクスウェルに食べられるという最悪の結果で終わった。
魔導師ですら勝てない吸血鬼。
それはこの時に証明されたようなものだ。そこから状況は、最悪の方向にしか流れなかった。
「どうしてだろう」
思い出しても、堕ちたのは唐突だとしか思えなかった。
思い当たるとすれば、あの少女か。どういうわけか、マクスウェルは少女だけを襲った。あの時、目撃者が大勢いるように人はたくさんいた。しかも横には少女の母親もいたのだ。しかし、マクスウェルが襲いかかったのは少女だけだった。それも少女と向かい合った瞬間、何かスイッチが入ってしまったかのように襲いかかっていた。
「ううん。でも、少女か」
むくっと起き上がって腕を組む。時間を確認するために窓の外を見ると、まだ夜明け前だった。東の空がようやく赤くなり始めている。
「マクスウェルだと、そろそろ寝る時間になるんだな」
さっきの夢もあってか、考えるのはマクスウェルのことばかりだ。しかし、あの少女を食らう場面は、何度見ても色褪せずに恐怖を思い出させる。彼が違う生き物になったのだと、何度も確認させられる。
頭では理由を必死に考えているが、汗がびっしょりと衣服を濡らしている。それだけ、生理的に怖いのだ。人間が人間を食べるという異常さが、身体中から恐怖を湧き上がらせる。思い出す度に、心臓を締め付けられるような恐怖を味わう。
「吸血鬼、か」
だからこそ、違う名前で呼ばれ恐れられるのだと、ラグランスは気づく。明確に分けていないと、あれは人間ではなく化け物なのだと線引きをしないと、恐怖から逃れられなくなるのだ。
「いいや、マクスウェルは今も魔導師として振る舞い、人間らしく生きているんだ。怪物になったわけじゃない。冷静に対処しないと。とはいえ、堕ちた理由のヒントは少女なのかどうなのか。少女というのは何の暗示なのか」
ラグランスは腕を組み、自分の気持ちを落ち着けるためにも理由について考える。しかし、肝心のマクスウェルの家族構成を知らない。どうしてあの神学校にいたのかも知らない。そんな状況で少女がどう関わってくるのか、解るはずがなかった。
「よく考えたら俺、知らないことばっかだ」
一方的に目標にしていたからこそ、吸血鬼に堕ちたことが信じられず必死に追い掛けてきたけど――
「何が、マクスウェルを追い詰めたのか」
この根本的な問題は何も解らないままだった。
「なるほどね。堕ちた原因は少女か。普通に考えると道ならぬ恋ってところか?」
朝、朝食を食べている時に疑問を打ち明けると、トムソンはにやにやと笑ってそんなことを言う。相談相手を間違ったかなと、ラグランスはラピスに救いを求めるように視線を向けた。
「ううん。誰か大事な人と重なったのだとすると、やはり、何かありそうですよね。それこそ神の教えに背くこと。妹を好きになったとか。きゃ、それはそれで素敵ですね」
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