偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第29話 疑問点

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 日向は答えると、オーシャンビューを確保するために取り付けられた窓の端を開けて見せた。
 台風が来やすいことから、どうしても一面のガラス張りには出来ない。そのために左右に二本の支柱を入れることになり、その支柱のある狭い空間の窓は開け締めが可能になっているのだ。
「それだけ開くとなると換気できる――ああ、できますね」
 朝飛は窓が開くことを確認して頷き、ついで、ようやくそれが日向だと気づいたようで言い直した。
「小宮山君、コーヒー貰ってきたよ」
「ああ、悪い」
 そこに美樹が戻って来て、缶コーヒーを三つ持って来た。
 注意するために声を掛けたらコーヒーはまだかと言われ、自販機に走っていたのだ。全く以てマイペースなのである。
「斎藤さんもどうぞ」
「すみません」
「いえ。はい、小宮山君もって、何やってるの」
 コーヒーを渡そうとしたら、朝飛がべたっと窓に張り付いていて驚かされる。さすがの日向もぎょっとした。
「こ、小宮山さん」
「あれ、何だと思う?」
「えっ」
 朝飛はよく見えないなと窓に張り付き続けた。そう言われて朝飛が見ている方向へと視線を向けると、そこには蘇鉄の木があった。低木ながらなかなか大きなその木の葉の部分に、何やら灰色の布が絡まり付いているのが見えた。
「ゴミかしら」
 美樹も確認して首を捻った。しかし、大きなゴミだ。あんなもの、どこから飛んできたのやら。
「確認しに行こう。もう外に出て大丈夫ですよね」
「ええ」
 ころころと興味が変わることに戸惑いつつも日向は頷き、三人揃って今度は外へと出た。まだ風は強いものの雨は止んでいる。この調子ならば、昼くらいには晴れてくるだろう。
「こっちか」
 日向が空模様を確認している間にも、朝飛はずんずんと進んでいく。窓から見えていた蘇鉄を発見し、これだなと見つけた布に近づいた。
「一体何かな、これ。ただの布じゃないの」
 美樹も一緒に近づき、その一部を引っ張ってみた。しかし、どうやらただの布ではないらしい。何だか硬くてごわごわしている。
「これ、帆布ですね」
 一緒になって触ってみた日向は、帆に使われる布だと断言した。最近ではバッグや小物入れが帆布で作られて売られていることもあり、触ったことがある。
 ここは海辺だから、未だに布の帆を使っている船から大風に乗って舞って来たと考えられるだろうか。
「帆布か。なるほど」
 しかし、朝飛はそれに頷くと、今度は上空を睨みつけた。いや、正確には窓が割れている三階だ。ここから、志津の泊まっている部屋の窓が見える。
「俺が泊まっている側は海に面していて、田中さんの部屋もそうだった」
「え、ええ」
 こちら側に志津の部屋があったのは日向も覚えている。確か三〇七号室だ。ちなみに一から八までが海側、九から十六まで部屋が山側になっている。
「斎藤さん」
「は、はい」
「誰がどの部屋を使っているか、教えてください」
「えっ、はあ」
 また何か閃いたのか、唐突にそう言われて驚いた。しかし日向はズボンのポケットからスマホを出すと、部屋割りを入れたデータを呼び出した。
「これです。三〇二の予定だった足立さんは、二階の二〇五に移っていますが」
「なるほど」
 頷いた朝飛だが、何だか違和感のある部屋割りだった。まるで最初から信也は二階に行く予定だったかのような、基本的に部屋は一つ置きであり、例外は使用人である藤本が使っている部屋の横である健輔だけなのだ。
「この部屋割りを決められたのは誰ですか?」
「さあ、誰だったか。確か倫明さんが議論しやすいように招待客を三階に固めようという提案をされていたくらいですね。後は適当だったかと」
「ふうむ」
 ということは、たまたまイレギュラーになっただけか。どうにも最初から信也の部屋が三階になかった。つまり、無理に詰め込んである印象を受けるのだが、勘違いだろうか。
「最初は私と小宮山君の間だったんですね。なんか変」
 どうやら美樹も違和感を覚える部屋割りのようで、最初から二階も使えばいいのにと言いたげだった。
「そうですね。とはいえ、人数上どこかで部屋が連続してしまいますから。お二方の間以外だと、倫明さんと吉本さんの間か、もしくは海側のどこか。しかし、女性を優先的に海側としていただけでしょうね」
「ううん。でも、女性陣の中でも山側の人がいますよね。片岡さん」
「そうですねえ」
 どうしてこの部屋割りになったのか、日向もあれこれ指摘されると困惑してしまうようだ。
 倫明がダブルなのは責任者であるから仕方ない。さらに朝飛もここでの研究の中心になるからとダブルにしたのだろう。それ以外は、理由らしい理由の見当たらない部屋割りだった。
 招待客を三階に固めるのはいいが、何か規則性があってもいいのでは。そう思うほど適当だった。
「なるほど。誰でも良かったんでしょうね。ただ一つ空いていることがポイントなんだ」
「小宮山君、誰がどうやったか、解ったの」
「何となくだけどね。それに、まだどちらがやったのか。それがはっきりしない。斎藤さん。朝食が済んだら、全員で加速器に向かいましょう」
「えっ」
「そこに、真実があるはずです」
「わ、解りました」
 日向に断る理由があるはずもなく、大急ぎでレストランへと戻ることになったのだった。



 簡単な朝食を終えて再び外に出ると、台風一過の青空が広がっていた。その青空を眺め、それぞれがほっと息を吐き出す。
 一先ず、大きな危険は去った。それに建物の中にいなければいけない。その圧迫が消えたのだ。それだけでも気分がすっとする。
 しかし、まだ三つの謎が残ったままだ。事件そのものはまだ解決していない。自然と、空を見上げていた人々の視線が朝飛に集まる。
「では、行きましょうか」
「え、ええ」
 そんな視線をもろともせず、手伝いの三人以外が揃ったことを確認し、朝飛は歩き出した。道にはあちこちに小枝や葉っぱが散乱している。昨日までの台風の威力を物語っていた。
「こんな道を、あの暴風雨の中で往復した人がいるということですか」
 大関が、待ちきれないとばかりに質問をした。朝飛はまだ解りませんよと苦笑する。
「解らないって」
「まだ何も確実に言えることはないってことです。ただし、どちらか一人は加速器にいるはずだということです」
「それって」
「もちろん、いなくなっている佐久間兄弟のどちらかです」
「――」
 そこは断言され、大関は黙るより他なかった。全員で行く必要があるというのは、要するにどちらがいるか解らないからだ。
「つまり、行方不明になった二人が向かった先は加速器だったということですか」
「ええ。他に呼び出す口実はなさそうです。隣の研究棟に呼び出そうとすると、わざわざ台風の中をと警戒される。しかし、何億という建造費の掛かっている加速器ならばどうか。トラブルを確認したといえば、簡単に呼び出せると思いませんか」
 続いて質問した真衣に対し、朝飛はそう説明する。どうして行き先が横の研究棟ではないのか。あの嵐の中、わざわざ加速器まで向かったのはどうしてか。その説明は簡単につくというわけだ。
「なるほど。どちらにとっても、加速器にトラブルがあるというのは困る。だから断定はできないってことですね。確かに私も、研究が始まっている時にトラブルがあったと言われたら、たとえ台風の中でも確認に行きます」
「ええ」
 実験を担当する真衣が同意してくれたことで、朝飛はちょっとだけ安心した。他にないだろうと思ったものの、やはり外の道を歩いてみて台風の威力を目の当たりにすると、あそこまで行かないかもしれないと思っていたのだ。
「意外と慎重だね」
「そうかな。多くの問題を含む話だからね」
 健輔のからかいに対し、朝飛は慎重になって当然だと肩を竦める。それにしても、意外ってどういう意味だ。そっちが気になったが、また面倒になるだけなので追及しないでおく。
 そうしている間にあの宇宙船のような加速器の建物が見えてきた。その正面玄関は二日前、土嚢を積んだままになっている。
「出入りしたかどうか、見ただけじゃ解らないな」
 信也がどうなんだと朝飛に訊く。土嚢がずれた様子はないし、あの風と雨の中で土嚢を動かすのは難しいだろう。
「見学する時に全員が跨げましたからね。それに、風をもろに受ける正面から入ったとは限らないでしょう」
「そうか」
 ということで、一先ずぐるっと見て回ることになった。すると裏側の入り口の一つの土嚢が、僅かだが崩れている。
「ここかな」
「可能性としては高そうですね。周囲に木々があるから風除けにもなりそうですし」
 台風は基本的に南風だ。今いる入り口は丁度北側。さらに背後は裏側にあたるためか、山に近く木々がすぐ傍にある。
「取り敢えず、ここから入りますか」
「土嚢は除けましょう」
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