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第22話 マジックでリラックス

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「荷物、どこに行ったんでしょう」
「さあ。あの庄司が勝手に持ち出したのか。それとも、この部屋には置かずに、どっか別の場所に置かせてもらっているのか。もしくは邪魔な分は車に載せたままなのか」
「ああ、この部屋、ちょっと手狭ですもんね」
 もともと、ここは使用人たちが使う部屋だったという。そのせいか、雅人たちが使っている広い部屋に比べてとても狭い。
 ベッドと背の低い三段の棚があるのだが、それだけでも圧迫感があった。広さは四畳半ほどというところだろう。ひょっとして、ケンカの原因はこれだったのか。
 それにしても、何とも腑に落ちないことばかりだ。せっかく、青龍の逮捕の決め手となる証拠を挙げようと意気込んで乗り込んで来たというのに。
 まさかの青龍が関わっていない不可解事件に阻まれ、さらには青龍が全く関わっていないことを証明する手伝いをすることになってしまうなんて。



 一階に戻ると、青龍の提案なのか簡単なマジックをやっていた。デッキの中から選ばせたカードを当ててみせる。それだけのものだが、緊張を強いられていたパーティーの参加者たちはそれを純粋に楽しんでいた。
 あれほど落ち込んでいた庄司も、苦笑しつつもその輪に混ざっている。横には、今後の対策を話し合っていたのか岩瀬がいた。その証拠に、マジックの合間にたまに二人でこそこそと話し合っている。しかし、目はしっかりと青龍の手元に釘付けになっていた。
「当たった」
「それだけではありませんよ」
 青龍がにやっと笑って喜ぶ桑野の肩を叩くと、なぜか桑野の背後からードが現れる。そこには桑野が選んだ数字の柄違いのカード三枚だった。
 一体いつ仕込んでいたのかと、観客たちは目を見張っている。しかも同じ数字となると、そう前から仕込めないではないか。そんな不思議を純粋に楽しんでいる。
「おや、もう二時半ですね」
 青龍が雅人たちが戻ってきたことに気づき、わざとらしく腕時計を見て笑った。青龍のマジックに見入っていた人たちも本当だと時計を確認し、そこで場の空気が一段と緩む。
 どうやら、事件による緊張はほとんど消えてしまったようだ。これも青龍の手柄だろうか。本当に人を喜ばせることが好きな男だ。完全犯罪に手を貸しているとは思えない。
「なんか、お腹空いちゃった」
「俺も」
「しまった。お昼の時間をとうに過ぎてましたね。俺まで楽しんじゃってすみませんでした。では、夕食までの繋ぎとして朝の残りでよろしければ温め直しましょうか」
 一緒にマジックを楽しんでいた梶田が、やってしまったという顔で笑う。しかし、それに誰も責めるようなことはなく、むしろ梶田も休めたのならばいいのではと拍手を送った。そして、その拍手はそのまま青龍に向けられる。マジックを披露してくれた青龍がいなかったら、まだまだ事件が起こったと緊張していたことだろう。
「どうもありがとうございます。お楽しみいただけたようで何よりです」
 青龍は大したことないという感じで、しかし嫌味にならない笑顔を浮かべてそれに応じる。
 プロのマジシャンとしてのプライドが、そういう笑顔を取らせるのだろうな。そう雅人は感じて一緒に拍手を送っていた。
 純粋に、彼のマジックは好きだ。ただ、それ以外は大嫌いである。
「では皆さん、食堂に移動しましょうか」
 拍手が鳴り止むタイミングを見計らって、青龍がそう提案した。すでに梶田の姿はその場にはなく、準備に取り掛かっているのだろう。おそらく青龍が拍手を長めに受けたのも、梶田がすんなりと厨房に移動しやすいように配慮したからだ。
 まったく、つくづく鼻に付く気障な男だ。
「そうだな。食欲がなくても少しは食べた方がいい」
 そして、あれほどダメージを受けていたはずの庄司が率先して立ち上がった。
 その切り替えの早さに違和感を覚える雅人だが、まさかこの場で尋問するわけにもいくまい。それに、あえて明るく振舞うことで、考えようにしているという可能性もある。あれこれと怪しい点があるものの、疑えるほどの証拠はない。
「どうでした」
 そんなもやもやを抱える雅人に、観客を振り切ってやって来た青龍が訊ねてくる。お前に教える義理はないと突っぱねたいところだったが、不可解な点ばかりだ。
 ここは裏であれこれやっている奴の意見を取り入れるのも一つの手だろう。そう自己弁護するが、正直に言えば、雅人たちでは解決できそうにない。ここは猫の手も借りたい気分だと、青龍に情報提供することに決めた。
「おい、竹村。教えてやれ」
 しかし、自分から教えるのは腹が立つ。何より敵だと認識している相手に助言を乞うなんて、本来ならばやりたくない。そこで楓にやらせることにした。
「ええっ。金井さんがやってくださいよ。まったく、こういう時だけ上司ですって顔をするんだから」
 それに対してちゃっかり文句を言う楓だったが、青龍に興味津々だ。ここは一つと、説明をするついでにあれこれ聞き出してやろうと画策して笑っている。
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