天にかかる宿

Nori

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4話 

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ある夕暮れ、宿『風灯』の暖簾がふわりと揺れる。

「ただいま~……って、あの、今日はちょっと――」

娘・小春が、扉を開けて一礼したあと、背後にひょこっと顔を出したのは――

テレビで何度も見たことのある、国民的アイドルグループのセンター・綾瀬つかさ(18歳)だった。



つかさ「こんばんは……小春ちゃんに“うち、実家旅館やねん”って聞いて、遊びに来ちゃいました~!」



綾乃、静止。

そして――




小春「えっ!? ちょ……何この料理⁉ 普段出さんやつやん⁉」

綾乃「まぁ、お客様ですさかい。うちの流儀でおもてなしせな」

小春「え、でも“芸能人とか興味ない”って……」

綾乃「せやけど、“推し”いうのは、祭りの神様みたいなもんやろ?
 祭りには、祭りの準備せなあきまへん」



つかさ「うわぁ~!すっごい!すっごいです~!!
 え、この器、もしかして清水焼ですか?」

綾乃「お目が高い。あんじょう焼きとも言いますけどな。
 そちらさんには、こっちの季節の器でご用意してま」



小春「……あのさぁ、おかあさん……」

綾乃「……ん?」

小春「私が友達連れてきたときより、3倍くらい本気じゃない……?」

綾乃「……小春も、ちゃんと自慢の娘どすえ」



つかさ「えっ……なんか、めっちゃいい親子……尊い……!」

綾乃「えらいこっちゃ、つかささんに“尊い”言うてもらえたわぁ……
 ……あ、いえ、なんでもありまへん。おくちが滑りましたえ~~~」



その夜。
女将・綾乃は、誰にも見られないように自室でテレビ録画を60件予約していた。

そして翌日には、綾瀬つかさ専用のお香が調合され、
**“つかさ様おこしやす座布団”**が新設されていた。



小春「おかあさん……アンタ推してるやろ」

綾乃「……うちはただ、おもてなしの心で動いてるだけどすえ?」


数日後、

夕方、宿『風灯』の玄関が開いた。

「ただいま……あ、今日はお客様、一緒やねんけど」

娘・小春の隣に立っていたのは、
茶髪・サングラス・ピチピチジーンズの男。
“昼のコンビニ前”が生息域みたいな空気感を放っている。



小春「紹介するね、お母さん。この人、祐真(ゆうま)さん。大学の先輩。……わたし、付き合ってる」

綾乃「……まぁ、ようこそお越しやす」

綾乃は扇子を閉じ、にこりと微笑む。



「せやけど、あいにく今夜は“香りの強い”お客さんにはちょっと合わへん料理かもしれしまへんなぁ」

※(訳:あんたの香水きっついんじゃ。あとその靴、どこ履いてきたん?)



祐真「あっ、マジすかw じゃあファミレスとか行きます?w俺、そういうのも全然いけるんでw」

綾乃「おぉきに、それは助かります。
 うちの空気、繊細どすさかい。“騒がしいもの”が混ざると、味も変わってしまいますよって」

※(訳:お前の声で庭の鯉が全員気絶しとるんじゃ)



小春「お母さんっ⁉ ちょっと失礼じゃない?」

綾乃「ごめんやしてなぁ……うち、鼻がちょっとよう効くもんで……
 あんたの服のタバコの匂いまで、ちょっと目ぇにしみましてん」

※(訳:服も人間も灰やんけ)



祐真「いや~すみませんすみませんw でも小春ちゃん、マジでいい子っすね!
 俺のこと、超大事にしてくれてて~」

綾乃「……そうどすかぁ……」

綾乃、は目線を落とし、ゆっくりとつぶやく。



「せやけどなぁ、小春は“値打ち物”どすえ。

 そない安い棚に並べるもんやあらしまへんのやけどなぁ……」



小春「お母さん‼‼」

綾乃、ふっと笑いながら扇子をあおぐ。

「おかしなこと言いましたやろか?

それにしても、ようお話しされる方やなぁ……黙ってた方が魅力的やと思いましたのに」

ピリピリとした会話が続くが彼氏は全く言葉を理解していない。

「せっかく来てくださったのに、申し訳ないわぁ……手土産、持ってくるのが“普通の育ち”やと勝手に思うてましたさかい」

そして別れ際。

祐真「じゃ、また来ますわ~」

綾乃「どうぞ、“ご縁があるようなら”……お越しやす」

※(訳:二度と来るな)



その夜。

綾乃は仏間で一人、ろうそくに火を灯す。

「あの子、ちょっと目ぇ曇ってはるなぁ……

 けど、見えたときが大事どす。うちは信じとる。あの子の目ぇの強さを」



数日後、小春がぽつりと。

「あの人、財布落としても全然困ってなくてさ……“他にもあるし”って言ったの聞いて、なんか急に冷めた」

綾乃はお茶をすっと差し出す。



「ほな、ぶぶ漬けでも食べて、気ぃ晴らしまひょか」



※その後、その男のアカウントは“非公開”になったという(何がとは言わない)
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