神造のヨシツネ

ワナリ

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第8話:夢の果て

Act-04 日食

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 すべてが裏目に出た――源氏本軍でさえ、まだ運用を見送ったバキを、見切り発車で実戦投入した事。その不具合に気付いていながら、もう後には引けない状況に、キョウトまで強行軍を敢行した事。そして補給もないまま、いつ止まるか分からない機体で、乾坤一擲のいくさを仕掛けた事。

 ――ここまでか。

 木曽ヨシナカの思考は、その乗機バキと同じく、思考を停止させようとしていた。

 その時、新型機甲武者カイトを駆るたいらのトモモリが、ヨシナカの異常を察知した。

「カイト隊は、このまま掃討を継続しろ! 俺は――ヨシナカを討つ!」

 平氏が開発した新型機甲武者カイト――おそらく海戦を得意とした上級天使たちが用いた鎧をベースにした、水陸両用のそれは、戦場付近の河川や水堀から突如現れては一撃離脱を繰り返し、木曽軍を翻弄し続けていた。
 そこからトモモリは離脱すると、もがく様に足踏みする青い頭部のバキに向かって、一直線に突撃した。

 当たるを幸いに、源氏型ガシアルGを突き崩すトモモリのカイト。
 ウシワカが神造兵器の機甲武者、シャナオウをもってしても、その魔導武者としてのポテンシャルに手も足も出なかったトモモリが、最新の機甲武者を駆っているのである――もはやヨシナカの運命は風前の灯火と思われた。

 海戦に適したランサー――三叉槍トライデントを振りかぶり、バキに迫るカイト。
 その真紅のカイトの頭部に光る錨型の前立てに、相手がトモモリであると気付いたヨシナカは、もはや戦意を喪失した。

「ヨシナカ、もらったーっ!」

 トモモリの叫びと共に繰り出されるトライデントが、バキのコクピットに伸びる。

 だが、それを体当たりで阻んだのは、もう一機のバキ――ヨシナカの妻トモエであった。

 山吹色の頭部のバキによって、トライデントを逸らされたトモモリは、一旦カイトを後退させると、体勢を立て直して連続突きを繰り出した。

 トモエのバキとて状態は、ヨシナカ機と同様に調整不備であり、システムがオーバーフローを起こしてないまでも、万全の調整でロールアウトした、トモモリの新型機を止められる訳もなかった。

 受けにまわり続けるトモエも、このままでは討たれるのは必至であったが、そこに木曽軍のガシアルGが、次々とその間に割り込んできた。

 それはまるで、カイトのトライデントに刺し貫かれるためだけに出てきた様なものであったが、それでもヨシナカとトモエを生かすために、木曽兵は喜んでその身を投げ出した。

「ヨシナカ様、天下をーっ!」

「おさらばでござる! ですが私はいつも、天下人のおそばにおりますぞ!」

 口々に最後の言葉を残し、果てていく木曽兵たち。

「お前たち……やめろ! もういい、やめるんだ!」

 家族同然の配下たちが、共に見た『夢』を口にしながら消えていく姿に、ヨシナカは絶叫した。

「ちいいいーっ!」

 死兵の粘りと恐ろしさを知っているトモモリも、こうなると迂闊に特攻できなくなった。

 その時――戦場に奇跡が起こった。

 それは大地の、いや惑星ヒノモトのいたずらだったのか。

 フクハラの空が突然、闇と化したのである。

「くっ、日食か!」

 武人ながら、暦と天文を知る平氏一門のトモモリは、すぐに状況を理解した。

 それは、惑星ヒノモトの内側を公転する巨大惑星『カラ』が、太陽との間に入った自然現象であったが――それでも戦場には大きな動揺が走った。

「皆、慌てるな、日食だ! 少し待てば空は晴れる。それまで同士討ちを避けるために、全軍みだりに動くな!」

 トモモリの見事な統制で、平氏軍はしばしその動きを止めたが――

 その時、

「今です! 全軍撤退!」

 日食の闇がピークを迎えたタイミングで、木曽軍に撤退を命じたのは、トモエであった。

「お、おい、トモエ……?」

「退きなさい! 全軍、退くのです!」

 驚くヨシナカに構わず、全軍に絶叫するトモエ。彼女は続けて、

「私たちが死んでも、先に死んでいった者たちは喜びません! 生きるのです――生きて我らの『夢』を叶えた姿を、彼らに見せるのです!」

 その声は涙声であった。

 それに突き動かされる様に、木曽軍の機甲武者、戦闘車両、歩兵たちが東方キョウトに向けて落ちていく。

 晴天であれば機関砲の一斉掃射でその背後を襲う事もできたが、トモエが日食のピークを突いたおかげで、平氏軍も同士討ちを警戒して身動きが取れなかった。

 わずか数分の後――フクハラの空が、何事もなかったかの様に晴れ渡った時、もう木曽軍は撤退を完了していた。

 地に転がる、源氏の機甲武者ガシアルGの群れ。その五十機近い残骸は、大地を白一色に彩り、すなわちそれは木曽軍の大敗を物語っていた。

 ヨシナカを討てなかったのは無念であったが、その妻トモエの見事な武者ぶりと、木曽兵たちの心意気に打たれたトモモリは――武を知る者として――追撃を行わなかった。
 情勢から鑑みても、もはや木曽ヨシナカに再起はあるまい。そう見たトモモリの考察通り――もはや木曽軍は瀕死の状態であった。

 大将ヨシナカのバキは、トモエと配下の機甲武者たちに引きずる様に運搬され、そもそもが疲労困憊の極みにあった将兵は、敗戦に今にも崩れ落ちる寸前であった。
 それをギリギリで支えていたのは、トモエが口にした『夢』――ヨシナカを天下人にするという、その思いであった。

 
 そして木曽軍は満身創痍で、キョウトに帰還した。
 
 それに追い討ちをかけたのは平氏ではなく――
 
 皇帝ゴシラカワが、みなもとのヨリトモに東方の支配権を与えたという衝撃の事実であった。



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