憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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嘘の理由(有栖視点)

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「…………その、悪い。後をつけるつもりじゃなかったんだが」


俺はなんとかそれだけ言った。
遊沙はいつもの無感情なので、怒っているのか呆れているのか、はたまた嫌がっているのかよく分からない。
彼はただ、返事もなくこちらを見ていた。

俺は結果的に後をつけることになってしまったが、本当は何をしようとしていたかを話した。
何か不安だったから、という理由では心許ないので、「一緒に遊びたかった」という火が出るほど恥ずかしくて幼稚な理由を言った。

「…………ああ、そういうこと」

遊沙は納得してくれたようだが、やはり何処かよそよそしくなってしまっている。
怒っているのだろうか。

…………そりゃあそうだよな。
デリカシーの欠片もないし。

「奢る。……から、少し喫茶店に寄っていかないか? たまに冴木と行く、人の少ない隠れ家的な所なんだが」

俺は謝罪も兼ねるつもりで喫茶店に誘った。

「…………え、いいの? 行きたい」

断られるかと思ったが、承諾してくれてほっとする。
その喫茶店はここからそれほど遠くない。この霊園が俺たちの家から遠く、たまたまその喫茶店と近い。徒歩10分程度の所にあるのだ。
まあ、つまりこんな所まで彼に声をかけられずに着いてきてしまった訳だが。意気地がないにも程がある。



彼と俺は結局何も話さずに喫茶店に入った。

こぢんまりとして落ち着いた店内は、観葉植物の緑と家具の茶色に包まれている。ゆったりとしたクラシック音楽が流れ、カウンターの中では寡黙なマスターがカップを磨いていた。

遊沙はキョロキョロと店内を物珍しそうに見ながら、俺の後をついてくる。俺は店の奥の窓際の席に座った。ここからは品の良い庭が見え、外は道ではないので沿道を歩く人を気にしなくて済む。

マスター以外に一人しかいないため馴染みのある店員が、メニューを置いてくれる。
俺はカフェラテとツナサンドを、遊沙はココアとフルーツワッフルを頼んだ。
注文したものが届くまでの間に、俺はそっと切り出した。

「なあ、遊沙」

「…………なに?」

「その、デリカシーなくてごめん。知られたくなかったんだよな。それを勝手についてきて、勝手に知ってごめん。怒るのも当然だと思う」

「え?」

「…………え?」

遊沙がきょとんとした顔をするので、俺も意味が分からず眉を跳ね上げる。

「僕、怒ってないけど」

「な、え、だってなんかよそよそしいというか、なんかこう、怒ってそうだっただろ」

「えーっと、ごめん。それは多分僕の表情変化が薄いせい。ただね、これが誰のお墓か誤魔化そうとしてたというか」

「え、両親のじゃないのか?」

「いや、うん、そうだけど」

あ、やべ。またデリカシーのない発言をしてしまった。ここは嘘でも『祖父母のだよな?』とか言うべきだったのに。

「悪い。俺、また……」

「いいんだ。どうせいつかはバレることだったし。まあもうちょっと心の準備はさせて欲しかったけど」

ずーんと凹んでいる俺に、遊沙は優しく声をかけてくれる。良い奴過ぎる。ああいう業界に長くいると猜疑心ばかり強くなって疲れてしまうから、彼といると癒やされる。もしこれが演技とかだったら当分立ち直れないだろうな。

「…………答えたくなかったら答えなくて良いが、亡くなった原因は何なんだ?」

「事故。丁度喧嘩した後でね、なんで喧嘩なんかしたんだろう、なんであのとき死んでしまったのだろう、って、凄く後悔した」

もう遅いんだけど、と何処か自嘲気味な彼に、かけてやれる言葉が見つからない。
俺は自ら両親と別れた。
彼にとってはかけがえのない、もう今では会いたくても会えない相手を、俺は自分から手放したのだ。ここで何か言うのは分不相応というものだろう。

「じゃあ、今は親戚の人に頼って…………?」

「ううん。あんまり好きになれない人たちだったから、縁切っちゃった」

軽っ。
俺の場合は実の親だったから一悶着じゃ済まなかったし、俺もかなり悩んだ上の決断だったから、ついそう感じてしまう。
親がいない上に親戚との縁を切るというのは相当勇気がいるだろうし、本当に苦労しかなかったと思うが、それでも何でもないことのように言ってのける彼は、歴戦の戦士の様だった。俺より年下なのに、俺なんかよりずっと苦労している。俺は俺でそれなりに苦労はしてきたけれど、彼のそれに比べたら少ないだろう。

「そ、そうか。……じゃああの家の家賃とかは自分で?」

「うん、そう。他にもご飯代とか、洋服代とか、電気代とか、あと学費とか…………あっ」

あ。

「な、何でもない」


…………俺、馬鹿だな。それなりの教養は持っているつもりだったんだが。
何故今まで気付かなかったのか。


大学に通うには、学費がいるじゃないか。


学生生活のほとんどをモデル業に費やして、大学も行ってなかったから全く思いつきもしなかった。
親もいない、親戚もいない、頼れるのは自分だけ。そんな中での学費は相当な重荷だろう。
詳しくは知らないが、大学の学費って高かったはずだ。遊沙の行っている大学は公立みたいだから私立よりましだろうが、それでも高いものは高い。
バイトをやめられないはすだ。

あれだけ頑張っているのだし、学費がなきゃゲームはもう買えていてもおかしくない。そこに違和感を抱きつつも、全く疑わなかったのは失態だった。

またデリカシーのない行動になってしまうけれど、ここを無視する訳にはいかなかった。

「…………学費、か。気を遣ってくれるのは嬉しいが、お前には無理をして欲しくないって言ったはずだ。そういうのがあるなら言ってくれれば俺が払うのに」

勝手に家に住まわせたのは俺なのだから。

「そう言ってくれると思ったから言わなかったんだよ。そんなの、有栖にメリットが少なすぎて、許容できないから」

「メリットならたくさんあるだろ。お前といつでも会えるし話せるし、家事までやってもらってる。お前の飯だって毎日食える。むしろお前の方がメリット少ないんじゃないか?」

「有栖は、僕なんかと住んでて楽しいの?」

「”なんか”とか言うなよ。お前だから住まわせてる」

遊沙はむっと黙った。何か言いたげに口をぱくぱくさせているが、結局何も言えずに口を閉じた。
その間に注文の品が届く。ここの店員はとても空気を読めるので好感が持てる。

遊沙は一口ココアを飲んで、ため息を吐いた。

「…………分かった。じゃあ有栖にお金お願いする。だから代わりにやってほしいこととかあったら言ってね。僕ができる限りのことはするから」

「分かった」

別に今のままでいいのだが、それでは彼の気が済まないらしい。
俺は稼いだ金を家のことと食費くらいにしか使っておらず、服もちょっと良いものを少しと、あとは安いものばかりだから遊沙一人の学費くらい痛くもない。

勝手に決めてしまったが、冴木もきっと同意見だろう。
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