憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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新居の傍の滝でサンドイッチを食べた後のこと。

新居見学はこの辺にして、僕たちは一旦車まで戻ってきた。
部屋の広さや造りは大体分かったし、雰囲気も掴めた。家具は今持っている物を置く予定らしいから、サイズは既に部屋に合っているらしい。
有栖が設計図を作るときに、どこにどの家具がはまりそうか考えながら作ってくれたみたいだ。……ずっと思っていることだけど、彼は本当に気が利く。それに、色んなことを考えながらやってくれている。仕事も大変なはずなのに。

「ね、有栖。色々ありがとう」
「……えっ。ど、どうしたんだ、急に」

ふと隣の席に座っている有栖に声をかけると、彼は驚いた様子で髪を揺らした。僕の提案で一時期髪を短くしていた彼だが、今は初めの頃くらいに伸ばしている。撮影のコンセプトとかで髪の長さや色も決めているそうだ。

「有栖は何でも出来る……って言い方は好きじゃないかもしれないけど。でも、いつも僕のこととか考えてくれるから、嬉しいしありがたいなって」
「そりゃ……す、すす好きなんだから当たり前というかなんというか……四六時中考えてしまうというか」

頬を若干染めながら目を泳がせて、最後の方はごにょごにょと何か言っているけど上手く聞き取れない。
それから小さく頭を振って、キリッとこっちを向いてきた。

「俺も、遊紗がいつも喜んでくれたり礼を言ってくれたりするから、またやりたくなるんだ。喜んでくれるかなって想像しながら何かするのが楽しい。職業柄、礼を言われることは多いが、その、邪念とかなく純粋に言われることって少なくて」

やっぱりモデルだから、下心とか込みの対応をされることが多いのだろうか。お互い仕事上、媚びの売り買いをすることもあるだろうし。
仕事は生命線でもあって、素のままの対応では駄目なことが多い。僕もスーパーのバイトをしていたときは上辺の笑顔で乗り切っていた。
……まあ、有栖の場合は綺麗だからそれ以外もたくさんありそうだけど。

「僕は”モデルの有栖”のファンじゃなくて、有栖自身のファンだからね」
「あ、ああ。……なんか、面と向かって言われると気恥ずかしいというか、照れるな」
「実は僕も自分でちょっと恥ずかしい」

言ってしまってから、『あ、まずかったな』と思うことって結構ある。傷つけるタイプと恥ずかしいタイプがあるが、これは恥ずかしいタイプの方だ。

「…………」
「…………」
「ちょっとちょっと君たち、後部座席でいきなりお見合いを始めないでくれるかい?」

僕のクサいセリフのせいで互いに赤くなってそっぽを向いていると、冴木さんが呆れた様子でそう言ってきた。眼鏡の奥の半目とバックミラーで目が合う。

自分の息子同然の人と恋人が後部座席でいちゃいちゃしてたら、確かに気まずいかもしれない。その事実に気付いて更に赤くなった僕たちを見て、冴木さんがため息をついた。それから気を取り直したようににっこりと笑う。

「そうそう、この辺りに遊沙くんが働く場所があるんだよ。せっかくだから寄っていくかい?」

そういえばそうだ。話に気を取られて周囲の景色を見ていなかったけど、新居の近くにあるんだった。

「本当か?  なら寄ってくれ。遊紗もそれで良いか?」

冴木さんの言葉に反応して、有栖がいつもの調子に戻って言う。
僕の就職が決まったという報告をした時、彼はそこがどんなところかしきりに気にしていた。両親の売り込みで幼少期からモデル活動をしていた有栖は、就活というものを知らない。モデル業界以外の仕事も詳しくない。だから純粋に気になるのかもしれない。 

「うん、いいよ」

断る理由もないのでそう答え、車は緩やかに書店へ向かっていく。


かなり古びていて、お世辞にも綺麗とは言えない店の外観を見て、有栖は溜飲が下がらないようだった。喉に何か引っかかっているような、微妙な顔をしている。
有栖には小さな本屋としか説明してなかったから、都会にあるような小綺麗なところを想像していたのだろう。
『え?  ここ、店?』とでも言いたげな顔だけど、全部が有栖基準だと多くの店がただの民家になってしまう。僕の前の家は家だとすら認識されてなかったし。

僕が店内へ入ると、固まっていた有栖も入ってきた。彼は大きいので、少し屈んでから入った。僕や冴木さんならそのまま通れるけど、有栖サイズだと低いようだ。

入口の脇にあるカウンターに座っていた店主は、一度顔を上げて戻し、

「ん?  どうした、何か不備か?」

また顔を上げた。
僕を見ているので、就職関係で来たと思ったらしい。眉間に皺の寄った頑固そうなお爺さんだけど、僕の顔を覚えてくれているし、色々気にかけてくれる人だ。

「いえ、たまたま近くに来たので、知り合いにお店を見せようと思いまして」
「ほぉ。まあ、騒がないなら好きにしな。ゆっくりしてってくれ」

お爺さんは途端に興味無さそうになると、また目線を下に戻した。手元に本があるので、何か読んでいるのだろう。面接の時からひたすら本が好きそうだったし、実際そのようだ。
僕たちもそれ以上話しかけたりはせず、ゆっくりと店内を歩き始めた。
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