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ウィル編 02章:あの空にもう一度虹を架けて

04-[ウィルの素性]

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 ウィルとフェルナが出かけた頃、シャムロックではラスやメルトが依頼主への報告書の作成など依頼の後処理を行っていた。

「なあ、ラス。一つ聞いていいか?」

「どうしたの?」

 自慢の大剣を丁寧に手入れしていたクラウに不意に話しかけられたラスは報告書をまとめるその手を止めてクラウの方を見た。

「ウィルって一体何者なんだ?フアラを壊滅させたってのは本当のようだが、そんなの普通の人にはできねぇだろ?」

「ウィルは山奥から出てきて仕事もお金が無くなって倒れてただけの優しい人だって。それにウィルは本当に強いんだよ?フアラの人達も皆手で倒しちゃったんだから」

「それが信じられねぇって言ってんだ。あいつ確かに鍛えてはいるようだが、いくらなんでもそこまでの大人数を相手にするには無理があるだろ?」

「そ、それは”気”を使って強化したのよ!クラウだって”気”を使えばとんでもなく強いじゃない」

「あのな、ラス。”気”ってのは誰もが持っているし訓練すればその力を使って身体能力を強化できる。だがな、そもそも”気”ってのはそんな簡単に誰しも制御できるもんじゃないし、仮に使えたとしても強い力が使える奴は稀にしかいない。俺にはあいつにそんなことができるとは思えないんだがな」

「それは偏見よ。ウィルがたまたま強い”気”を持っていて使えただけじゃない?」

「・・・ラス、もう隠すのは無しにしねぇか?お前は”気”の訓練をしていないからわからないかもしれないが、訓練した奴ってのは相手の”気”の量がどれくらいなのか感じ取れるようになるんだ。”気”の量と体つきや身のこなしで相手の強さを推し量るのは、気が使えて戦いに慣れている奴だったら常識だ」

「何が言いたいのよ?」

「あいつは、ウィルは”気”が全く感じられねぇんだよ。怖いくらいにな。普通人だったら赤ん坊でも多少の”気”は持っているはずだ。”気”が全く感じ取れないなんて死人くらいだぜ」

「それは・・・」

「なあ、ラス。もう一度だけ聞く。あいつは何者なんだ?何故この街で行き倒れてた?どこから来たんだ?ここに来る前は何をしていた?」

「そんなにいろいろ聞かれてもわからないよ!ウィルはただ私達を助けてくれて、今は一緒にこのギルドに居てくれている、それだけでいいじゃない!」

「素性のわからない奴を置いておくのは危険だって言ってるんだ。何かあったら俺やフェルナだけじゃお前達を守れないかもしれないんだぞ?それにあいつの腰の武器は・・・いや、なんでもない。忘れてくれ」

 クラウはそこまで言って、ラスが涙を目に溜めていることと普段あまり見せない怒りの表情を浮かべていることに気づき、それ以上ラスにウィルのことを追求するのをやめた。

「ラス、俺が悪かった。ただ俺もフェルナもお前達のことを本当の家族みたいに大切に思っている。そのことだけは忘れないでくれ」

 そう言うとクラウは手入れの終えた大剣を武器立てに立てかけた。

「まあまあ二人共!せっかく新しい人が増えて経営も順調になったんだからいいじゃん!クラウもウィル君が強いし性格もよくて見た目もいいからって僻んじゃダメだよ?」

「あのなー、メルト。こう見えて俺はモテるんだぞ?王国の城下町を歩いた日にはそれこそ女の子達に揉みくちゃにされてだなー」

「またまたー、嘘ばっかりー。クラウがいいのは見た目だけだもんねー!下心丸出しのスケベなおじさんに女の子は惹かれませんー」

「メルトは大人の魅力ってもんがわかっていないな。この内から溢れ出る気品と異性を惹きつける魅力が世の中の淑女達を惹きつけるのさ」

「・・・ただの見た目と下心をひた隠しにした第一印象で釣ってるだけの最低軟派野郎じゃない」

 先程の機嫌がまだ治っていないのかラスから容赦ない言葉がクラウに浴びせられる。

「うぐっ・・・ラスまで・・・。いやいや、お前達は何もわかっていない。俺は女性に対しては最初だけじゃなくて最後までずっと優しくするさ!この前だってエルミナちゃんと朝まで「へぇー、その話詳しく聞かせてもらおうかしら?」

 クラウが入口の方を見ると、いつの間にか買い物と防具の修理を済ませたフェルナとウィルが立っていた。フェルナは笑顔でクラウの方に歩いてくるが、その視線はまるでクラウを穿つかのような鋭く冷たいものであった。ウィルは入口でフェルナの防具を持って立ち止まったまま困ったような表情を浮かべ、ラスとメルトは知―らないといった表情で以来の報告書を作成する作業に戻っていった。一人残されたクラウは脂汗を顔面に滲ませながら向かってくるフェルナをただただ見つめていた。

「フェ、フェルナ!?・・・いつからそこに?」

「うーん、女の子達に揉みくちゃにされて・・・ぐらいかしら?」

「い、いや違うんだ!エルミナちゃんとは朝までただ最近流行りのお菓子について話し合っていただけなんだ!ただそれだけだぞ」

「へー、優しく朝までただひたすらお菓子の話をねぇ」

 座っているクラウの傍まで来たフェルナは腕を組んで冷たい目でクラウを見下ろしていた。クラウはしばらく必死にフェルナの視線から逃れようと色々と言い訳を並べていたがやがてどう足掻いても無理だということを悟ったのか最後は素直に謝っていた。フェルナは床に正座したクラウの前に椅子を持ってきて足を組んで座りながらその謝罪をひたすら「ふーん」「へぇー」「あ、そー」と言って聞いていた。抑えてはいるつもりでも湧き上がる怒りが抑えきれないのかたまに矢の羽根でクラウの頭をぺちぺちと叩いていた。

 そんな二人のやり取りを苦笑いして見ていたウィルは居場所に困ったので、少し離れた場所でこの間アレンとサーシャを助けたお礼として貰ったオーパーツを調べてみることにした。ウィルとしても闇ギルドの連中があそこまでして欲しがったオーパーツにどのような力があるのか興味があった。このオーパーツはその見た目からは一体どのような能力を持っているのかは全くわからなかった。

オーパーツは現代の文明が発展する以前から存在していたと言われ、それらがどのようにして作られたのか、どのような力を持っているのかというのはまだ解明できていないことが多い。そのようなオーパーツでも例えば夜の街を照らす街灯や噴水などで水を汲み上げる装置など、いくつかのものは現代文明の人が見てもその効果、用途がわかるものもある。

しかし、今回貰ったオーパーツはその外見から効果や用途を判別できず、どのような力を持っているかは不明であった。このようなオーパーツはその力の大小は様々であるが大抵魔法と同様に原理に干渉して炎や電流などの様々な事象を引き起こすものや人の感情や思考に干渉するようなものである。その効果や力の大きさによっては大事故になってしまうので迂闊に力を発動させるわけにはいかない。

そのためウィルは例えオーパーツの効果が発動しても周囲に影響がないように目の前の小さな空間に魔法による障壁を構築してその中でオーパーツの力を発動させてその効果を調べていた。いろいろな検証をした結果、どうやらこのオーパーツは周囲の生命体の思考情報を収集し、効果を発動させた人にわかる形式でその情報を伝達させるというものだった。このような能力であれば、例えば政治や軍事行動で相手の思考、行動を先読みできるため欲しがる者も大勢いるだろう。自分達が使う予定だったのか、それとも誰か大金を出して買ってくれる貴族にでも売る予定だったのかわからないが闇ギルドの連中があれほど欲しがるのも道理である。

 一通りの検証が終わったところでウィルがこのオーパーツについてどうするか考えていると後ろからメルトが話しかけてきた。

「ねぇねぇ、ウィル君。そのオーパーツってどんな力を持ってるの?何かわかった?」

「ああ、今ちょうど調べ終わったところだよ。このオーパーツは他人の心を読み取れる力を持っているみたいだね」

「へぇ~!そんなことできるんだ!すごいねー。じゃあさじゃあさっ、今私が何考えているかわかるー?」

「えーと、”晩御飯は豚肉の香草焼きが食べたいなー”かな?」

「わおっ、正解!本当に考えていることがわかるんだねー」

「貰ったオーパーツがどうかしたの?」

 メルトがオーパーツの力ではしゃいているのを見てラスも寄ってきた。

「ねぇねぇお姉ちゃん、このオーパーツすごいんだよ!相手の考えていることがわかるみたい!」

「へぇー、オーパーツってそんなこともできるのね」

「あ、そうだ!ウィル君。ついでに今お姉ちゃんが考えていることも読み取ってみてよ!」

「はいよー。えーと、”私もウィルと一緒にお買い物行きたいなー。フェルナだけずるい”」

「わー!わー!ウィルもメルトも何やってるのよ!人の頭の中除くなんて最低!そんなオーパーツは没収よ!」

 何かまずいことでもあったのかラスがウィルから必死になってオーパーツを奪い取ろうとしてきた。ウィルもこのオーパーツは少し危険というか他の人に渡ると面倒なことになるかもしれないという気がしたのでラスに取られないようにオーパーツ目がけてピョンピョン飛び跳ねるラスを躱していた。

 すると、ウィル達の様子が気になったのかずっと正座して謝り続けていたクラウと矢でぺちぺちクラウを叩いていたフェルナもウィル達の方へとやってきた。

「おー、お前らさっきから楽しそうに騒いでるけどどうかしたのか?」

「あ、クラウ!いいところに!ちょっとウィルを取り押さえて!その危険なオーパーツを没収するんだから!」

「ちょっと、ラスどうしたのそんなに慌てて」

 いつもの大人しい感じとは違ったラスの様子にフェルナが少し心配していた。ただラスはウィルからオーパーツを奪うことに夢中になっていてフェルナの言葉は聞こえていないようだった。忙しいラスに代わってメルトがフェルナに状況の説明をした。

「えーとね、ウィル君の持ってるオーパーツが人の考えていることを読み取る力があるみたいなんだけど、それで私が試しにお姉ちゃんの考えていること読み取っちゃえって言ったら急に怒り出しちゃったんだよねー」

「へー、あのオーパーツのそんな力がねぇ。そりゃあラスも怒るわけだ」

「ちょっとフェルナ!あなたも笑っていないで手伝ってよ!」

「あっはっはっ、私は面白いから見てることにするよ!」

「フェルナの裏切り者―!」

 ラスは結局一人でウィルからオーパーツを奪い取ろうとぴょんぴょん跳ねていた。結局クラウはめんどくせーと言って興味無さそうに座って見ていた。

「クラウも手伝って!あのオーパーツがあれば街中の女の子達の心が知りたい放題だよ!」

「何!?それは確かに欲しい!よこせウィル!」

「はぁ・・・あんたも懲りないねぇ・・・」

 ラスにそそのかされてクラウもオーパーツ争奪戦に加わった。フェルナはそれを呆れた様子で眺めていた。

「ウィル、よこしなさい!」

「よこせオラー!」

「うわっ、二人共落ち着いてください!」

 小動物のような可愛らしいラスの飛びかかりと闘牛のような凄まじい勢いのクラウの突撃をウィルはひょいひょいっと躱しながらギルドの中を逃げ回っていた。そのような三人に時折メルトがいいぞー!そこだー!行けー!とやじを入れる。フェルナは馬鹿らしいと思いながら眺めていたが、不意にあることを思いついたようだ。

「あ、そうだ!ねー、ウィル!ちょっとこいつの心覗いて私のことどう思ってるか教えてよ!」

「なっ、おい!よせよ!」

「どうせ他の女のことしか考えてないんだろ?素直にそう言ってくれればいいのに」

「俺が愛しているのはお前だけだって言っているだろう!?」

「どうだか?口でそうは言ってもいつも他の女の事ばかり追っかけてるし信じらんないね」

「そこまで言うならやってやろうじゃねぇか。おい、ウィル!俺の本心を読んでフェルナに言ってやってくれ!」

 クラウはさぁ来いと言わんばかりにどかっと座って腕を組んだ。ラスもウィルから奪い取ろうとするのをやめて事の成り行きを見守っている。ウィルはわかりましたとひとこと言った後にオーパーツの力でクラウの心を読んだ。

「えーと・・・クラウさんは本当にフェルナさんのことを大切に思っているみたいですよ?特に嘘を付いている訳でも無さそうですね。いつも他の女の子を口説いているのは小さい頃からの癖と照れ隠しみたいなものだそうです」

「おい!誰もそこまで深く読めなんて言ってないだろ!」

「そっか・・・。じゃあ今日のところは許してあげるか!」

「よかったねー、フェルナ!」

 フェルナは満足したのかとても機嫌が良さそうにしていた。何故かラスやメルトまで嬉しそうにフェルナによかったねーとかお幸せにと声を掛けていた。

皆もうオーパーツのことはどうでもいいようだった。一通り落ち着いたところで皆で談笑していると入口の方から音がして一人の若い女性が入ってきた。

「・・・お願いです。私達の村を救ってください・・・」

 既に体力的に限界だったのか、その女性はただ一言そういうとそのまま倒れてしまった。
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