春の洗礼を受けて僕は

さつま

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夏の魔物

1話 金曜日1

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 この学校は、7月の期末テストのあとに、スポーツ大会なるものがある。
 すでに酷暑と表現される熱気の中、木之内きのうち睦月《むつき》が『1』と書かれた旗を掲げて、元気に駆けてきた。
 途端にクラスメイトが歓声を上げる。
「むっちゃんすげーな! めちゃ足速いじゃん!」
「あの差を巻き返すとは思わなかった!」
 口々に睦月を褒め称える。
 当の睦月も、まんざらではない様子で「いやぁ~」などとにやけている。
 リレーのアンカーの活躍もあって、1年はA組の勝利に終わった。


 校内の道すがら、山東さんとう弘揮ひろきがまた睦月を褒める。
「足速いとは思ってたけど、今日のは本当にすごかったなー。陸上部に入ればいいのに」
 リレーから戻った途端にヒロと陸上部のコーチが勧誘してくるのを、睦月はのらりくらりとかわしていた。
「おれ図書委員だし」
「両立は可能だろ、むしろその足を活かした方が」
「いいんだよー。それより、夏伊は出られなくて残念だったね」
 睦月が言った途端、ヒロが悲壮な顔をする。
「まさに…。夏伊のストライドも一級品なんだよなあ…」
 香月こうづき夏伊《かい》はまた少し身長が伸びて、いまはヒロと同じく180cm程の長身だ。元々足が長いのもあって、体育ではいつも軽々と駆けている。
 ただ、夏休みに鼻の手術を控えているので、大事をとってスポーツ大会は見学にしていた。
「かいくーん」
 別のクラスの女の子が近づいてくる。
「かいくんの勇姿を見られなくて残念だったよー」
 そう、と微笑み返すと、周りの子も一緒に、きゃあーと黄色い歓声を上げる。
「むっちゃん」
 ヒロが耳打ちする。
「夏伊、最近性格変わったよね?」
 あんな風ににこやかに受け答えすることなかったよ? と訝しむ。
 これを聞かれたのも一度や二度ではない。クラスメイトも含め、夏伊の雰囲気が柔和したことは大きなトピックスとなっていた。
 恋人ができたのではと言う者もいたが、それはないと睦月は思っている。いるとしても、もちろん睦月ではない。
 下の名前で呼び合う仲にはなったけれども。


 セフレがいることは、6月に知った。
 あの日の翌日、登校した際にクラスメイトが夏伊を茶化すのを耳にした。だからゴムもゼリーも持ち歩いていたのか。なるほど。
 ヒロはそのあたりの話になると、毎度苦々しい顔をしてフケツ…とつぶやく。
 そしてそのたびに夏伊も「不潔で結構」と返すのだった。
 なぜそんなにセックスをしようとするのかわからないし、夏伊がセックスに耽溺する割に、あのあと睦月とは一度もそういったことをしていないのも、謎といえば謎だった。
 もしかしたら、お前とは誘われない限りセックスしない、ということなのかもしれない。別にそれで差し支えないので、そのあたりのことはもう考えるのを止めた。
 今日は部活は休みだというのに、体力の有り余ったヒロは、「自主練に行ってくるー」と言って、部活棟に歩いて行った。
 一学期のイベントはもうない。来週終業式があって、あとは夏休みで、たまに図書委員の当番で学校に行くだけ。夏伊に会うことも、しばらくはないだろう。
 ちりちりと照り返す熱が、徐々に気力を奪っていく。しばらく、二人とも黙って歩いた。
 ふと思ったことを聞いてみる。
「夏伊の誕生日っていつ?」
 夏伊がやや驚いた顔をする。
「入院中」
「えっそうなの、そっかあ」
 それは残念だねと言うと、
「祝ってくれる予定があった?」
「えっ、うーん」
「うーんか」
 夏伊が、ふっと笑う。
 そういう態度も、よくわからない。すぐにゆるい返しをするようになったのも。
 夏伊が眩しそうに目を細める。
 薄い茶色の瞳には、この日差しはこたえることだろう。
 用事があるというので、駅で別れた。もしかしたら、これから、セフレの誰かに会いに行くのかもしれない。
 なんだか自分を痛めつけたくなって、灼熱の太陽にあてられながら、睦月は家まで歩いて帰ることにした。
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