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第6章 正しい歪み
第76話 動き出す
しおりを挟む街に入る前に見た光景が忘れられないが、今は巧を助ける事が最優先だ。そう自分自身に言い聞かせ、巧の事に集中する。
今はスキル応急処理でどうにか息をしているが、いつこのスキルが切れるかも分からず、ずっとこのままという訳にもいかないので街の中、広い街道に馬車をゆっくりと走らせつつ、回復魔法の使い手が常住しているという教会を探す。
この世界では最も力があると言われている『ミスラ聖堂会』の教会にはあまり入りたくないが、背に腹は代えられない。取り敢えず回復魔法が使える奴が居る場所へ。
「陸人!あれ、教会じゃない?」
俺とは逆の左側を見ていたお嬢様の声を聞き、お嬢様の言っている方を見ると、確かに十字架が屋根の先端に取り付けられている建物が見えた。
「メサっ!左へ曲がってくれ!」
「分かりました!」
メサはすぐさま馬に指示を出して左へ旋回させる。建物は左へ曲がって5軒目の建物だ。赤いレンガ造りで、屋根も十字架と同じように白く、他の建物とは少し違った雰囲気がある。
「流石お嬢様ですね、自分では全く見つけられませんでした」
「そんな事ないよ~。ただ、たまたま私の方に有っただけだから」
お嬢様は軽く微笑んで謙遜する。お嬢様の笑みはやっぱりどこか、悲しさが滲み出ている。俺ほどの付き合いが無ければ見逃してしまうほど僅かだが。
「………どうしたの?急に見つめて来て…」
俺はいつの間にかお嬢様を凝視していたらしく、お嬢様が少し頬を赤らめてはにかんでいた。
「…いえ。何でもございません」
変な気が起こすより前に視線をずらしつつ、お嬢様から少し離れる。俺は執事だ。お嬢様に対して変な気は起こすんじゃねぇ。分かったか?俺。
「もうそろそろ着きますけど、どうします?」
「ああ。俺が先に話をつけてくるからすぐ近くに停めといてくれ」
少し気まずくなったが、良いタイミングでメサが声をかけてくれたので、感謝しつつ、操縦席へ行く時に通るカーテンのかかったガラスの無い窓から飛び出し、すぐに上側へ手をかけて回転し、馬車の天井部分へと乗る。
メサに言われた通り、結構近かったのでスキル置換転移は使わず、後ろへ下がってからの助走で勢いよく飛び出し、教会の扉の前へ受け身を取って前転し、衝撃を極限まで殺す。それでも両手へのダメージはあったが、これくらいならスキル自己修復ですぐに治る。
手が治ったのを確認し、すぐさま扉を開けると、受付のような場所が真正面にあり、左右の端には更に扉があった。
どちらかの扉が治療してくれる部屋に繋がっている筈。受付へと近づくと建てつけの受付によくある机があり、高さの低い円柱の様な帽子を被った1人の女性がまるで機械のように、暗く無表情で立っていた。
「ご用件は何でしょうか?陸人様」
「……何で俺の名前を…?」
すぐさま用件を伝えようとした矢先、俺の事を知っている奴しか知らない名前を言われ、思わず距離を取り、警戒する。
そんな俺の事も心底興味が無さそうに立ち尽くしたままの女性。視線もずっと変わらず玄関の扉を見ている。本当に機械なのではないかと疑いたくなるほどだ。
「ご用件が無いならお帰りください」
「……い、いや、用件ならある」
驚いてしまったがここで引いてはここに来た意味が無い。ひとまず俺の名前を知っていた事は置いといて、受付の女性に巧の事を伝える。
「承知しました。では左の扉の方へ患者を連れて来てください。料金は後ほど頂きます」
「分かりました。では、連れて来ます」
色々思うところはあるが巧を連れて来よう。巧を連れて来る為に玄関の扉を開けるとそこにもう馬車が停めてあり、操縦席にはメイカ、馬車の後ろの扉の近くにメサが待機していた。恐らくお嬢様は馬車の中で巧を連れ出す用意をしてくれているんだろう。
「メサっ、治療して貰えそうだから巧を馬車から出すぞ」
「はいっ!アカネさん!お願いします!」
メサに呼びかけつつ道具作成で担架を作り出そうとしたが、そんな必要は無かったよう。メサが扉を開けると小さな土で出来た人形が6体がかりで巧を運び出して来た。
「………何あれ?」
「アカネさんによるとゴーレムというものらしいです。土で出来た人形で命令に従順らしいですよ?」
トコトコと歩くその様子はとても可愛らしいが、背も50cmくらいしか無いのに安定して運んでいる辺り、そこそこ力が強いんじゃないんだろうか。
ゴーレムをジッと見つめている間にお嬢様が馬車から降りて来て、ゴーレムにも負けない可愛らしいトコトコ走りでこっちへ来た。
「お嬢様、これは?」
「あぁ。これはね、城に居た魔法使いのーー……本で見たの!」
急に誤魔化したお嬢様をジッと見つめる。お嬢様は冷や汗のような汗をかいて視線を逸らす。全くコッチを向かず、知らないフリだ。
「………また今度聞きます。今は巧を優先しましょう」
「……うん!お願いね、ゴーレムちゃん!!」
お嬢様の命を受け、可愛らしく片手で敬礼をして扉へと向かう。扉はメサが開けたので問題なくゴーレムたちは教会の中へ入って行く。……というか、ゴーレムたち片手で巧を支えなかったか?
メサが先に入り、ゴーレムたちが巧を中に入れたのを確認し、メイカに馬車の見張りを頼んで続いて入る。お嬢様が少し警戒していたので俺が先に入り、お嬢様が続けて入る。
俺が足を踏み入れた時には明らかに何も変わってなかった。奥にメサが居て、ゴーレムたちが巧を両手で支えて待っていた。
だが、お嬢様が足を踏み入れた途端に無機質な白い壁、無表情な受付だったものが、縦に彫りの入った白い柱に灰色の壁、教会特有の木製の長椅子がずらりと並んで真ん中には真っ赤なカーペットが敷かれ、その先には床が一段高くなった舞台のようなものがあった。そこに上から日の光が射し、何とも神々しい空間を演出していた。
「……は?一体何が…?」
いきなり変化した室内を見渡そうとお嬢様から離れた瞬間、俺とお嬢様の間に受付の女性が現れた。音も無く、急にそこに発生したように。
「お待ちしておりました。巧様、朱音様」
「………え?私?」
お嬢様が驚いている間に、受付の女性はお嬢様の手を掴み姿を消した。お嬢様ごと。
「……っ!!お嬢様っ!!」
気付いた時には既に遅く、もう居らず、痕跡なんてものは無い。女性が巧の名前も出していたので巧の方を見るも、さっきまで巧が居た場所には崩れた土クズしか無かった。
「~~っ!!クソッタレがぁぁぁ!!!」
渾身の力を込めて地面に大きく足踏みをする。少しひび割れがいったが、すぐに直ったのがまた忌々しい。
クソ!あの女の目的は初めから巧とお嬢様、即ち勇者の2人だったんだ。思えば、俺の名前を知っていた時点で、クソ神の知り合いだと気付けば良かったのに!俺は巧の心配をし過ぎたせいで。
「クソっ!クソっ!クッ~ソがぁぁ!!」
地面を踏む。地面に足を叩きつける。足が痺れても、疲れても、鈍い痛みが走っても、この気持ちが収まる事は無い。踏んでも、踏んでも踏んでも!お嬢様が戻ってこない。
「何が目的なんだっ!このクソ女がぁぁっ!!」
俺の怒声は部屋の一帯に響き渡った………。
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