職業通りの世界

ヒロ

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第6章 正しい歪み

第78話 漸くの再会

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「考えても仕方ない。取り敢えず試していないやり方で壁を壊してみるか」

 無限収納から真っ黒な刀を取り出して構える。左手を開いて前に突き出し、親指と人差し指の間に刀の背を置き、刀を持っている右手は柄頭付近にして、腰を少しだけ落とす。
 いわゆる牙突と呼ばれる構え方で、一点のみに集中した剣技だ。力より速度を優先とした構えだが、あいにくこれ以外一点に集中した剣技を知らない。

「とっとと壊れーー」

 勢いよく地面を蹴ったのは良いのだが、そろそろ突き刺そうと思っていたタイミングで壁がグニャリと曲がり、1秒もしないうちに元の受付があった空間に戻ってしまった。

「はぁ!?ちょっ!!」

 当然急に変わるなんて知るはずもなく、右手の勢いを止められず壁に風穴を開けてしまった。バコォンと外でくり抜いたように飛んだ壁の破片が地面に当たる音が聞こえた。
 外からざわざわと人が集まってきたらしく、声が聞こえてきた。

「壁を壊されるとは思いませんでした。後ほど請求書をお渡しします」

 壁に穴を開けてしまった事に軽いショックを受けているところに、容赦ない事務的な声が聞こえて後ろへ振り返ると、受付にいる無表情な女性にメサ、そして怪我がすっかり無くなっている巧と口に手を当てて驚いているお嬢様が居た。

「ありゃりゃ。これは弁償しない…ーーっと」

 お嬢様は何か言っていたみたいだが、そんな事はどうでも良かった。俺はお嬢様の姿が目に映った瞬間に駆け出してお嬢様を抱き締めていた。
 女性特有の柔らかな肉体、その中にお嬢様特有の筋肉の硬さが女性らしさを感じさせる程度くらいあり、女性特有の甘い匂いではあるが、少しフローラルさがあるお嬢様特有の匂い。

 間違いない。俺が今抱き締めているのはお嬢様だ。俺が守らなくてはならない、仕えたいほどの人格者であるお嬢様だ。いつもいつも皆を照らす太陽であるお嬢様だ。

「……お嬢様っ、申し訳ございません。自分がっ、迎えにあがれなくて……」
「良いよ。こっちこそごめんね?早く帰れなくて…」

 少し上ずった声になってしまった俺に何も言わず、抱き締め返してくれるお嬢様がこれ以上無いほど愛おしい。……だが、俺は執事。それを忘れてはいけない。
 少し名残惜しいが、お嬢様から手を離して向き合う。お嬢様の表情は普段通りで、何かがあったようには見えない。

「それで、どうされていたのですか?」
「あっ!それなんだけどー!」

 お嬢様は嫌な人の悪口を言うように、さっきより声量を上げて経緯を話してくれた。
 いきなり変な空間に連れ去られて眷属とかいうよく分からないものに勧誘された事、眷属になるまで帰さないと言った事、そして何か用事が出来たようで急に帰されて今に至ると。

「ますますミスラとかいう奴が嫌いになりました。ちょっと一発ぶん殴りたいのでそのよく分からない空間に案内してもらえますか?」
「申し訳ありませんが、そのような物騒な事を仰っている方に会わせる訳にはいきません」

 ついつい怒りが抑えきれなくなって受付の人に交渉したが、取り合ってくれなかった。全くっ!本当にあの女は嫌いだ!!
 イライラしながらお嬢様の下に戻る。もちろん、お嬢様の機嫌を損ねる訳にはいかないので、一歩進む毎に心を落ち着かせ、お嬢様の傍に着いた頃には平常心を取り戻しておいた。

「さて、もうこんなところには用はありませんので次の目的地へと向かいましょうか」
「そ、そうだね。そろそろガレトさんに着いた報告もしないとね」

 お嬢様の納得も得たので、出口へと向かう。その途中に受付の人に治療費の事や請求書の事を言われるかと思ったが、受付の人は無表情でただ立ち尽くしているだけだった。まあ、金を払わなくていいのならそれに越した事はないのだが。

 執事である俺が扉を開いてお嬢様をお通しする。当然外は壁に穴が開いた事を聞きつけた人たちが集まってきていた。だが、まだそんなに人は居ない。今なら抜け出せるな。

「ちょっと!何壁に穴開けてるの!?あの男の治療は済んだの!?」

 馬車の操縦席でメイカがギャンギャン騒いでいる。どうやら壁に穴を開けた時に刀を見られたみたいだ。色々知りたがっているようだが、この状況から抜け出したいのは一緒らしく、既に馬をゆっくりと歩かせて出る準備をしてくれている。

「お嬢様っ!今は速やかにお入りください!」
「うんっ!」
「俺もいるんだぞ~」

 馬車の後ろの扉は俺が開けて順にお嬢様、巧、メサと乗る。馬車が既にゆっくりと動いているのでもう乗らないといけない。巧たちに急かされながらも足をかけて乗り込もうした。

「っ!!」

 だが、急に胸を突くかのような強い殺気を感じ取り背後を見渡してしまう。それらしい人は見つからず、片足だけが地面を蹴って何とか馬車から離れずにいるが、そろそろ乗らないとメイカに迷惑をかけてしまうな。
 もう既に殺気は感じられないので馬車に乗り込む。後ろ手に扉を念のため素早く閉めておいた。

「おいっ!何でさっさと乗らなかったんだ?」

 巧が焦った様子を残したまま聞いてくる。殺気について話せば良かったが、お嬢様に聞かれて変な心配をかけたくなかったので俺は目眩がしたと返すだけにした……。





「それで、今度は文送屋とやらに行けば良いのね?」
「うんっ!よろしくね」

 お嬢様がメイカに次の目的地を指示しているのを見つつ、かなり忘れていた副騎士団長の事を思い出す。

『いいかっ、俺はこれでも忙しい!《ナサーハ》に着いたら連絡しろっ。すぐに向かう』

 あの副騎士団長様は文送屋という、文面を互いの装置で送りあって連絡する場所に行けと言われていた。言ってしまえばメールしろ、みたいなものだろう。

「それにしても、文送屋ってどんなところなんだろうね!」
「大きくて綺麗な石とタイプライターのような物がある装置があるはずです」
「なんでそんなの知ってるの!?」

 「城内で見たからです」と返すとお嬢様は納得したような表情になる。城内の殆どを無断で探索した俺も大概だが、お嬢様はもっと城内の事を知っておくべきだと思う。信用出来る場所なのかも判断出来ていたのか?

 …まあ、一国の中心たる建物だ。お嬢様は知らなくていいようなものは山ほど見かけた。どこの国でも、世界でも闇はあるものだ。

「はぁ~あ。あんな奴と今から一緒なのかよ~」

 巧は正直で、馬車の中でゴロゴロ転がりながら嫌そうに愚痴を溢す。この馬車に乗っている全員の総意だが、堂々と口に出来るのはこいつの良いところでもあるかもしれない。

「まあまあ、そんな事言わないで。これも任務なんだからね」
「つまり、任務だからと割り切らないと無理だと言いたい訳ですな!」

 巧は変な口調だが、核心は突いていたらしくお嬢様は冷や汗をかきつつ否定している。それを見てメサもクスクスと笑い、メイカも上がった口角は横から見えるほどだ。
 帰ってきた光景が何とも懐かしい。たった数十分から数時間の間しか離れていないのに。いや、かえって不確かな時間ほど長く感じるのかもしれない。

 今回の任務はかなり危険だ。なのに、こんなに緊張感が無くて良いのだろうか?…いや、こんな感じがお嬢様がいる俺たちだと思う………。


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