15 / 104
第1章 職業って偉大
第14話 お嬢様と執事
しおりを挟む俺が彼女に初めて会ったのはあの寒い日の事。くそ親に嫌気が差して家を出て、行く当てもなくただ歩き、疲れ果ててあの橋でただ凍えていた。
俺はあそこで凍え死ぬと幼い頭ながらも理解していた。でも、あのくそ親のところで一生を過ごす事よりは断然良かった。けど、幼い俺は死ぬのが怖くないと言える事は出来なかった、……死ぬのが怖かったのだろう。今から生きたいと願っても、叶う事は無いと理解していながら。
「…ねぇ、寒く無いの?」
そんな僕に救い手を差し伸ばしたのは、他でも無いお嬢様だ。だから、幼いながらも決意した。この人の為に、俺の生涯全てを捧げようと………。
俺は目を覚ます。誰かに声をかけられた訳でもなく、ただ目が覚めたから。
俺は起き上がり、周りを見渡す。時刻はもうすぐ夕方に差し掛かりそうというところだろうか、日はまだ橙色を帯びてないが、昼の日よりは赤くなっているような気がする。
「…………」
そして、俺が寝ているベットに伏せて寝息を立てているのは、俺が仕える存在であるお嬢様だ。本来なら、お嬢様を置いて俺がベットで寝る事なんて考えられないが、きっと倒れた俺を寝かしつけてくれたんだろう。それには感謝している。だから……
「………別にもう眠くないよ」
お嬢様を抱き上げて運ぼうとしたところで、お嬢様は目を開けた。その目は寝起きの目とは違い、しっかりしている。どうやら狸寝入りをしていたらしい。
「そのようですね。お嬢様の狸寝入りを見破れないようでは、自分もまだまだですかね」
俺はお嬢様を下ろして半歩下がって軽口を言いつつ、スキル一覧を見る。そこには気絶する前には無かったものがあった。
スキル一覧 ー非常時発動型
・超速再生 (執事たる者、治療に時間をかけていられない)
通常のスキル一覧の下にある非常時発動型のスキル一覧。そこにある超速再生が俺の胸を治したのか。どうりで、間宮じゃ修復出来ないであろう胸の穴が跡形もなく無くなっている訳だ。
「……ねぇ、陸人」
「………何でしょう?」
お嬢様が真剣な表情で呼びかけてきた。俺も、取り敢えずお嬢様の方へ集中する。その顔はどこか寂しさというか、後悔というか、どれにも当てはまらないような顔になっている。
「…もう、執事はやらなくて良いよ」
…………俺は頭の中が真っ白になった。言われた事が理解出来なかった。体が、心が、お嬢様の今の発言を全力で受け入れる事が出来ないようになってしまっている。
「………もう一度、仰って貰えますか?」
「私の執事をやめて」
今度は深く、深く心に刺さった。お嬢様は俺が執事をする事を止めて欲しいと言ったんだ。今までの間、一度も言われなかった事を。
俺の中で何かが壊れていくような感覚が襲う。足が震え、視界がグルグルと回り、頭に酷い頭痛が生じる。立っていられない……。
「大丈夫っ!?ねぇ、しっかりして!!」
お嬢様が心配そうな声で呼びかけてくる。でも、俺の視界はもう色も判別出来ないので、お嬢様がどんな顔をしているのか分からない。
「……俺は何かお嬢様に気に触るような事をしましたか?」
俺はお嬢様の執事として、相応しく無かったのか?どこが?どこがいけなかった?立ち振る舞いか?言動か?料理か?戦闘技術か?
「何がいけなかったのですか?何が、何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が」
全く分からない。確かに俺はお嬢様の執事としては、分不相応なのかもしれないが、でも、あの日に俺はーー
ーパチンッ
頰に熱を伴う痛みが走る。首が右を向き、そのまま右に倒れる。何が起こったのか理解出来なかった。俺は急にクリアになった視界でお嬢様を見ると、お嬢様は目に涙を溜めているのに、大量の涙を流していた。
そして、倒れている俺に思いっきり抱きついた。
「馬鹿っ!そういうところよ!何でもかんでも私に尽くす事ばかり考えて!自分の事は後回しどころか、気にも留めてないでしょ!?」
お嬢様は俺の胸を力の無い拳で叩き始めた。
「私はっ!忠実なる僕が欲しくてあなたを助けた訳じゃない!!私はっ!あなたに生きていて欲しかったから!あの死んだような目をしたあなたに生きる機会をあげたかっただけなのっ!私はっ!!!」
「……もう結構です」
俺は拳を振るっている事なんて気にも留めず、力強くお嬢様を抱き締めた。そして胸に置かれた頭に顎を置いて、子供をあやすように話しかける。
「お嬢様の気持ちは大変嬉しいです。とてもお嬢様らしい。ですが、自分の生き方、生き様はもう決まっているのです。それは、お嬢様に生涯尽くす事。あの日、救い出してくれたお嬢様を執事として尽くす。これ以上の幸せはありません」
「でもっ!!」と頭を急に上げたお嬢様の唇に人差し指を当てて黙らせる。
「お嬢様は自分に生きる機会をあげたと言いました。なら、自分が真にこう生きたいという生き様をお嬢様が否定なさるのですか?」
お嬢様はそれを聞いて俺の胸に顔を埋めた。「……そんなの、卑怯よ…」と力無く言うお嬢様に、「執事とは、知恵がまわるものです」と笑ってお嬢様の頭を撫でた。
この俺の生き様を聞いた奴のほとんどが、自由が無いだの、偽りの想いだの、強迫観念によるものだの、過去に縛られすぎているだの、言って認めようともしないだろう。
だが、そんな周りの目なんて気にしない。俺はお嬢様に尽くす。この世界で命を懸けて護り、元の世界に戻れなくても必ずお嬢様を幸せにしてみせる。
ーグゥー
お嬢様のお腹から鳴った音に、思わず吹き出してしまう。
「笑わないでよっ!お昼食べてないんだから、仕方ないじゃない!!」
「笑ってなどいま……ふふふっ」
堪えたくても、堪えきれなかった笑い声にお嬢様は顔を真っ赤にして今度は力強く俺の胸を叩く。
「痛いです!もう忘れますからおやめください!!」
「本当にっ!?本当に忘れるっ!!??」
かつてないほどの大声で反射的に首を縦に振る。それを見たお嬢様は納得はしていないような顔だけど、俺から離れた。
俺は頑張って思い出し笑いをしないように頭の中にこないだの数学の問題を思い出しながら起き上がる。
「お昼は如何致します?」
「……お肉っ。それも噛みごたえのあるものっ」
ふて腐れたように言うお嬢様に「承知しました」と頭を下げて部屋を出ようと扉まで歩く。そんな俺を思い出したようにお嬢様は呼び止めた。何故呼び止められたのか分からず、首を傾げながら振り向く。
「……もうあんな無茶はしないでねっ」
お嬢様はまた顔を赤らめて言った。あんな無茶は今朝の事を言っているんだろう。
正直、もう一回同じ事があったらまた同じ事をすると思う。けど、これを言ったらお嬢様はまた怒るだろう。なのでーー
「ええ。今度はしっかりと全力で完璧に誰一人として血を流さないようにします」
お嬢様はこの返答に納得したような、何か引っかかっているような顔をしている。俺はそんなお嬢様を見て、不覚にも笑みを浮かべてしまった。
「大丈夫ですから。では、食事の支度をして参ります」
それだけ言って、逃げるように部屋を出た。部屋を出て、まだ緩む頬に手で喝を入れ、調理室へと歩き出した。昼の献立を考えながら………。
============================================
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
転生貴族の領地経営〜現代知識で領地を豊かにして成り上がる
初
ファンタジー
ネーデル王国の北のリーディア辺境伯家には天才的な少年レイトがいた。しかしその少年の正体は現代日本から転生してきた転生者だった。
レイトが洗礼を受けた際、圧倒的な量の魔力やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のレイトを辺境伯領の北の異種族の住むハーデミア領を治める領主とした。しかしハーデミア領は貧困に喘いだ貧乏領地だった。
これはそんなレイトが異世界の領地を経営し、領地を豊かにして成り上がる物語である。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる