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始まり

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「は~い!皆んな注目!今日から待ちに待った職場体験ウィークが始まります!」
ふわふわとした金色の髪を揺らしながら、興奮気味に話すその女性は、生徒達を見て優しく微笑んだ。


[天使見習いの職場体験]

聖立アストラル学園。天国で初めて創設された見習い天使たちの為の教育機関である。ここでは一人前の天使になる為に必要な知識や知恵を学び、神の試練への挑戦権を貰うことを目的としている。そして神の試練に合格した者は一人前の天使として神に仕え、その職務を全うし、天地の住民達と地上の住民達に幸福をもたらすよう努めるのだ。さぁ、今こそ羽を広げ———


教科書の冒頭文をじっと見つめ、首を傾げる少女は、頭上になんとも神々しい輪を浮かせ、純粋無垢な白い羽を背中につけている。彼女の名前はアネム。9歳とまだ幼いアネムはアストラル学園の小学部に所属しており、一人前の天使を夢見て、他の生徒と同じく日々努力を重ねている。
「ううん…どうしよう…」
アネムは教科書の隣にある一枚の紙を拗ねたように見る。そこには『職場体験希望表』と書かれており、下には第三希望までを書き込める欄があった。
「アネム。まだ決まらないのかい?」
隣の席に座るトイがアネムの顔を覗き込む。彼もまた、一人前の天使を志す生徒だ。
「だって…いっぱいあって選べないんだもん…」
アネムはぷくっと頬を膨らませ、トイの方を向いた。それを見たトイは「あはは…」と困ったように笑う。
「なら、僕と同じお医者さんとかどう?」
そう言い出したトイはキラキラした目でアネムに言う。そんな彼の問いにアネムは何か答えようとしたが、有無を言わさずいつものように彼はその魅力について語り始める。


天使にも、それぞれ職業がある。医者、音楽家、弁護士、警備員などなど…地上のものとはほぼ変わらないものがほとんどなのだ。それは、天地での生活が地上の生活とほとんど変わりないからである。というのも、このアストラル学園の周りの街は、地上で生きていた者が多く住んでおり、元の生活の思想が多く反映されているのだ。その為、そのような街では地上と同じ原理で天地の民は生活している。そしてこのアストラル学園は人間出身の子供が天使になるために作られた学校だ。将来生徒達には、地上で生き終えた天地の民達にとって楽園になるような街を作って欲しい。ではまず、本書の使い方から——


「って、話聞いてる!?」
トイは勢いよく立ち上がった。アネムは彼の椅子の音にびくっと肩を揺らし、教科書から目を離した。
「ち、ちゃんと聞いてるよ…!お医者さんって…えっと…す、凄いんだね~!」
聞いてなかったなんて言えないと焦ったアネムは、当たり障りのない言葉で褒めることにした。だがそれを本気にしたトイは、さらに意気揚々と話を続けようと口を開こうとする。だが、それを打ち切るかのように何か閃いたアネムが声を出した。
「決めた!私、配達員にする!!」
「え?」
突然立ち上がり、叫ぶアネムにクラスの人達の注目が一気に集まる。ハッと周囲の状況に気づいたアネムは、体を萎ませながら、ゆっくりと席についた。
「アネム。どうして急に配達……」
「それはね!」
トイの質問に被せるように、アネムが答える。
「配達員って、地上の人が天国の人に送った手紙を届けたりする仕事でしょ?だから、私色んな人に手紙を届けて、色んな人のお話を聞くの!どう?素敵じゃない!」
アネムは、はしゃぐように手をばたつかせた。そんな彼女を見て、いつも通りだとトイは心の中で囁いた。時には周りをざわめかせるほどの突飛な行動をする彼女だが、彼はどんな彼女の行動も絶対に止めたりはしない。なぜなら、その行動はいつだって自分や人を幸せにする為のものである事を知っているからである。そんな彼女を彼は密かに応援し続けている。
「良いね!アネムらしいね」
トイは頬杖をつき、アネムの方を見ると、彼女の透き通るような瞳を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「は~い!それでは!1人ずつ職業体験の制服を配りま~す!」
今日もおっとりとした声で、生徒達に優しく微笑みかけるのは、アネムのクラスの担任であるクレーディア先生だ。金色のふわふわとした髪の毛が今日もキラキラと輝いている。そして、それを毎日見ているアネムはいつかクレーディア先生のような金色の髪になりたいと思っている。
クレーディア先生は、生徒の名前を1人ずつ呼ぶと、彼女の手から金色の糸を出し、それを紡いで生徒達の制服を作り始める。そのなんとも無駄なく綺麗な彼女の魔法は、生徒達全員の目を釘付けにした。

「アネムちゃ~ん!」
「は、はい!」
クレーディア先生の手元に見惚れていたアネムは、呼ばれた事に気づくと慌てて教団の前まで小走りで駆け寄った。
「はい!これがアネムちゃんの制服よ~。アネムちゃんが配達員を選ぶなんて、先生ちょっとびっくりしちゃった」
クレーディア先生は制服を作りながら、アネムの希望表に目を移した。
「でも、いろんな人の話を聞きたいって、アネムちゃんらしくて素敵ね~!是非色んな人の話を聞いたら、私にも教えてね」
ウィンクして、完成した制服を渡すクレーディア先生に、嬉しげなったアネムは元気よく返事をしたのだった。
そして席に着いたアネムは制帽を被り、配達員になりきったように元気よくこう言った。
「お届け物です!!」
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