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第一章 世界創造編
2.それぞれの持ち物
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数秒もすると、虹色の光は薄れ、徐々に消えていった。やがて完全に箱は消え、周囲の空間と同一化する。
「もう……なにがなんだか……まったくわからない! わかんないよ!」
「ここが《外》ですか。ああ主よ。あなたの祝福があらんことを」
「……」
三者三様の反応を見せるツツミ、レカエル、エウラシア。
怒涛の展開にまだ頭の追い付かないツツミと違い、どうやら前もって準備をしてきた二人は比較的落ち着いているように見える。
ひとまず深呼吸をして、ツツミはあたりを見回した。
「なんかここ……気持ち悪い」
見えるものはレカエルとエウラシアだけ。その他には……なにもない。最初は真っ暗な部屋に三人閉じ込められたのかと思った。
しかし闇が漂っているなら見ることはできないのではないだろうか。暗い、黒いというわけでもない。
では何色なのか。何もないなら白なのか。いや白くもない。わからない。強いて言うなら『透明』だろうか。果てがない透明。
いままでの視覚ではありえない光景に体が拒否反応を起こす。
耳もおかしい。今までに静かな場所にいたことがないわけではなかったが、それでもそこが完全な静寂ではなかったことをツツミは認識した。
自分から聴覚という概念がなくなったような気分である。かろうじて聞こえる自分たちの息遣いのなんと愛おしいことか。
手も、何かに触れている気がしない。今まで無自覚だった『空間の感触』とでもいうものがあることを初めて知った。
全身がなにか溶けてしまったような感覚である。
「……いやだ」
ツツミはウカノミタマの『何もせずにはいられない』という言葉の意味を早くも理解した。
「いやだいやだいやだ! ここはやだ!無理! 気が狂うよこんな場所!世界って何? 存在って何? 時間って存在するの? 自分が、自分が……なくなっていく……」
崩れ落ちる(そもそも立っていたのかもわからないが)ツツミの後頭部に次の瞬間激痛が走った。
「落ち着きなさい、悪魔の使い」
「おおおおお!頭が砕けたように痛いい!」
涙目で振り返ると、微笑みを絶やさないレカエルがいた。両手に突如の暴行に使われた武器を構えているツツミの血がしたたり落ちてすごく怖い。
「何するんだよ暴力天使!」
「取り乱す愚か者に聖なる一撃を加えるのは私の仕事です」
「何が聖なる一撃だよ! ただの無属性物理攻撃じゃないか!」
「馬鹿なことを言わないでください。こちらは我が主が賜られた聖槍《ロンギヌス》。まあもちろん本物ではありませんが、我らの信仰の力を一心に受けたレプリカですよ?」
「そんなもの……ん? いやちょっと待って?」
言い返そうとしてツツミは言葉を切った。突然の暴力より引っかかることがある。
「聖……槍?」
「ええ」
ツツミも知識としては知っていた。レカエルたちの神の御子。それが二千年ほどまえに人間界に降臨し、人間に磔で殺された。
その際執行人ロンギヌスが彼の死を確かめるためわき腹を槍で突き刺したらしい。神の御子の血を吸ったそれは以降聖なるものとなり人々の信仰の対象になったというが……。
「なんか金属部分が赤黒いんだけど」
「御子様の血の色を表しているのです」
「いや血っていうかもっとおどろおどろしい……あと柄のとこドクロついてるんだけど」
「……常に死を思えという主の教えです」
やや歯切れの悪くなったレカエル。その時滴っていたツツミの血がドクロの顔に落ちた。
ベロリ。
ドクロの口から舌が出て雫をなめとる。すぐにひっこんだその顔は、先ほどと違い薄ら笑いを浮かべているような気がした。
「……」
まだ笑顔のレカエル。しかし頬に汗がたらりと垂れている。言うか言うまいか迷ってツツミは、もっと根本的な問題を指摘した。
「ていうかそれ……斧じゃん」
レカエルの手元にあるのは紛れもなく斧だった。
「ツツミ……よく聞きなさい」
斧を片手で持ち、もう片方の手をツツミの肩に置くレカエル。こちらと目を合わせているようで若干そらしながら続ける。
「ロンギヌスが使ったのは……実は斧だったのです!」
「そんな訳あるかああ! 死亡確認のため斧でぐしゃって! 猟奇的犯行かバラバラ殺人だよ!」
「嘘ではありません! これを売ってくださった私の尊敬する大天使が教えてくれたのです。槍は斧だったと!」
「意味が分からない! 絶対騙されてるよレカエル! いくらで買ったの!?」
「失礼な! 相場よりずっと安かったのですよ!」
「状況証拠も完璧か!!」
あくまで認めないレカエル。しかし迷いがあるのは明らかだった。
「……まあいいか。ていうか斧……もとい、槍なんてどうするのさ? 転移に力がいるから最小限の荷物だけって言ってたけど、持ってきたのそれだけでしょ?」
「知れたことではありませんか! 数多の敵を打ち払い、主の王国を築くのです!」
「この世界のどこに敵がいるのさ」
再びレカエルの表情が凍った。しかし瞬時に反論する。
「お、おだまりなさい! 私に必要なのはこの聖槍です! ……だいたいあなたたちは何を持ってきたのです?」
あなたたち? 転移は急だったため、レカエルはツツミの持ち物を知らない。
とはいえ高天原にはレカエルとエウラシア連れ立ってきたようだった。エウラシアの荷物も把握していないのか。
疑問を持ってレカエルを見ると彼女はエウラシアの方を見た。
二人がハチャメチャをしているなか忘れていたが、エウラシアはなぜか膝を抱えて丸まった体勢で横になっている(ように見える)。
「……神を僭称する者たちの眷属……という以前に、すごく絡みづらいのです」
レカエルに初めて若干の共感を覚えながらも、ツツミはエウラシアに近づいて話しかけた。
「あの……エウラシア? 何その恰好?」
髪の毛とツタ植物の衣しか身に着けていない彼女がその態勢をとると、なんだかすごく背徳的だ。少し間が合ってエウラシアは答えた。
「あー、この姿勢が。一番。楽」
「そ、そっか楽か、楽なのはいいよね、うん」
「……めんどくさいのは。きらい」
「う、うん」
「めんどくさいことは……八つ目の大罪」
本当に楽なのか知らないが、エウラシアのベストポジションらしい。
しかし七つの大罪の一つに『怠惰』がなかったか。八つ目に『面倒』が入るといろいろおかしいのではないだろうか。
どうでもいい思考を切り替えてツツミは再び話しかける。
「そ、そっか。で、エウラシアの持ち物は?」
「……あー」
エウラシアはそのままの体勢で器用に胸元に手を伸ばすと、植木鉢を取り出した。
どこにしまってあったのだろう、ニンフの秘法だろうか? 片手で持つには少し大きい、それくらいのサイズである。
植えられているのは小さな一本の若木だった。
「わ、ちょっとかわいい。」
「ふん。植物がなんだというのです? 食べられる実でもつけるのですか?万病の薬にでも? もっともそんな若木に力があるとは思えませんが。役立たずでみすぼらしくて矮小で」
「うん。……役には立たない」
「ほら見てごらんなさい。まったくこれだから悪魔たちは……」
勝ち誇ったレカエルの言葉を受けてエウラシアは言った。
「これ枯れたら。私死ぬから」
その後独特のリズムの言葉でエウラシアが語ったところによると、木のニンフである彼女の魂がその木に宿っているそうだ。自身の分身ともいえるその木と命運を共にするらしい。
そんな大切な木をこきおろしたレカエルはさすがにばつが悪そうだった。根はそれほど悪い娘ではないのかもしれない。
「……わ、私は謝りませんよ」
「かまわない。よ」
どうやらエウラシアは本当に気にしていないらしい。少しほっとした様子でレカエルはツツミに向き直った。
「それで、あなたはどんなガラクタを持ってきたのかしら?」
挑発的に笑うレカエル。ツツミは巫女服のたもとから小さな箱を取り出した。見せつけてやらねば、八百万の神の国の底力を。
「じゃーん! ちいさな葛籠ぁ~!」
「本当に小さいですね」
見下したようにいうレカエルにツツミは不敵に笑った。
「ふふーん。大きなものより小さなものにお宝はつまっているのだよ。なんとこの葛籠、ほぼ無限に物を入れることができるのだ! とりあえず自分の住処にあったもの片っ端から入れてきたよ」
「あら、悪魔の眷属の魔術具も少しは役に立つのですね」
少しは見直したか、とばかりにツツミは葛籠を開け、中身を取り出す。結果は案の定としか言えなかった。
「まず数十年に渡って集めたコミックスの数々! これだけの蔵書は個人所有ではなかなかないよ? そしてきらっきらに光るDVD、ブルーレイたち! そしてそれを再生できる最新ゲームハードたち! 携帯機も万全さっ。なんといっても高天原でこれらの運用を可能にしたソーラー発電システムだ!!」
得意げなツツミにレカエルが冷たく一言。
「あなた、人間たちに毒されすぎじゃありません?」
「もう……なにがなんだか……まったくわからない! わかんないよ!」
「ここが《外》ですか。ああ主よ。あなたの祝福があらんことを」
「……」
三者三様の反応を見せるツツミ、レカエル、エウラシア。
怒涛の展開にまだ頭の追い付かないツツミと違い、どうやら前もって準備をしてきた二人は比較的落ち着いているように見える。
ひとまず深呼吸をして、ツツミはあたりを見回した。
「なんかここ……気持ち悪い」
見えるものはレカエルとエウラシアだけ。その他には……なにもない。最初は真っ暗な部屋に三人閉じ込められたのかと思った。
しかし闇が漂っているなら見ることはできないのではないだろうか。暗い、黒いというわけでもない。
では何色なのか。何もないなら白なのか。いや白くもない。わからない。強いて言うなら『透明』だろうか。果てがない透明。
いままでの視覚ではありえない光景に体が拒否反応を起こす。
耳もおかしい。今までに静かな場所にいたことがないわけではなかったが、それでもそこが完全な静寂ではなかったことをツツミは認識した。
自分から聴覚という概念がなくなったような気分である。かろうじて聞こえる自分たちの息遣いのなんと愛おしいことか。
手も、何かに触れている気がしない。今まで無自覚だった『空間の感触』とでもいうものがあることを初めて知った。
全身がなにか溶けてしまったような感覚である。
「……いやだ」
ツツミはウカノミタマの『何もせずにはいられない』という言葉の意味を早くも理解した。
「いやだいやだいやだ! ここはやだ!無理! 気が狂うよこんな場所!世界って何? 存在って何? 時間って存在するの? 自分が、自分が……なくなっていく……」
崩れ落ちる(そもそも立っていたのかもわからないが)ツツミの後頭部に次の瞬間激痛が走った。
「落ち着きなさい、悪魔の使い」
「おおおおお!頭が砕けたように痛いい!」
涙目で振り返ると、微笑みを絶やさないレカエルがいた。両手に突如の暴行に使われた武器を構えているツツミの血がしたたり落ちてすごく怖い。
「何するんだよ暴力天使!」
「取り乱す愚か者に聖なる一撃を加えるのは私の仕事です」
「何が聖なる一撃だよ! ただの無属性物理攻撃じゃないか!」
「馬鹿なことを言わないでください。こちらは我が主が賜られた聖槍《ロンギヌス》。まあもちろん本物ではありませんが、我らの信仰の力を一心に受けたレプリカですよ?」
「そんなもの……ん? いやちょっと待って?」
言い返そうとしてツツミは言葉を切った。突然の暴力より引っかかることがある。
「聖……槍?」
「ええ」
ツツミも知識としては知っていた。レカエルたちの神の御子。それが二千年ほどまえに人間界に降臨し、人間に磔で殺された。
その際執行人ロンギヌスが彼の死を確かめるためわき腹を槍で突き刺したらしい。神の御子の血を吸ったそれは以降聖なるものとなり人々の信仰の対象になったというが……。
「なんか金属部分が赤黒いんだけど」
「御子様の血の色を表しているのです」
「いや血っていうかもっとおどろおどろしい……あと柄のとこドクロついてるんだけど」
「……常に死を思えという主の教えです」
やや歯切れの悪くなったレカエル。その時滴っていたツツミの血がドクロの顔に落ちた。
ベロリ。
ドクロの口から舌が出て雫をなめとる。すぐにひっこんだその顔は、先ほどと違い薄ら笑いを浮かべているような気がした。
「……」
まだ笑顔のレカエル。しかし頬に汗がたらりと垂れている。言うか言うまいか迷ってツツミは、もっと根本的な問題を指摘した。
「ていうかそれ……斧じゃん」
レカエルの手元にあるのは紛れもなく斧だった。
「ツツミ……よく聞きなさい」
斧を片手で持ち、もう片方の手をツツミの肩に置くレカエル。こちらと目を合わせているようで若干そらしながら続ける。
「ロンギヌスが使ったのは……実は斧だったのです!」
「そんな訳あるかああ! 死亡確認のため斧でぐしゃって! 猟奇的犯行かバラバラ殺人だよ!」
「嘘ではありません! これを売ってくださった私の尊敬する大天使が教えてくれたのです。槍は斧だったと!」
「意味が分からない! 絶対騙されてるよレカエル! いくらで買ったの!?」
「失礼な! 相場よりずっと安かったのですよ!」
「状況証拠も完璧か!!」
あくまで認めないレカエル。しかし迷いがあるのは明らかだった。
「……まあいいか。ていうか斧……もとい、槍なんてどうするのさ? 転移に力がいるから最小限の荷物だけって言ってたけど、持ってきたのそれだけでしょ?」
「知れたことではありませんか! 数多の敵を打ち払い、主の王国を築くのです!」
「この世界のどこに敵がいるのさ」
再びレカエルの表情が凍った。しかし瞬時に反論する。
「お、おだまりなさい! 私に必要なのはこの聖槍です! ……だいたいあなたたちは何を持ってきたのです?」
あなたたち? 転移は急だったため、レカエルはツツミの持ち物を知らない。
とはいえ高天原にはレカエルとエウラシア連れ立ってきたようだった。エウラシアの荷物も把握していないのか。
疑問を持ってレカエルを見ると彼女はエウラシアの方を見た。
二人がハチャメチャをしているなか忘れていたが、エウラシアはなぜか膝を抱えて丸まった体勢で横になっている(ように見える)。
「……神を僭称する者たちの眷属……という以前に、すごく絡みづらいのです」
レカエルに初めて若干の共感を覚えながらも、ツツミはエウラシアに近づいて話しかけた。
「あの……エウラシア? 何その恰好?」
髪の毛とツタ植物の衣しか身に着けていない彼女がその態勢をとると、なんだかすごく背徳的だ。少し間が合ってエウラシアは答えた。
「あー、この姿勢が。一番。楽」
「そ、そっか楽か、楽なのはいいよね、うん」
「……めんどくさいのは。きらい」
「う、うん」
「めんどくさいことは……八つ目の大罪」
本当に楽なのか知らないが、エウラシアのベストポジションらしい。
しかし七つの大罪の一つに『怠惰』がなかったか。八つ目に『面倒』が入るといろいろおかしいのではないだろうか。
どうでもいい思考を切り替えてツツミは再び話しかける。
「そ、そっか。で、エウラシアの持ち物は?」
「……あー」
エウラシアはそのままの体勢で器用に胸元に手を伸ばすと、植木鉢を取り出した。
どこにしまってあったのだろう、ニンフの秘法だろうか? 片手で持つには少し大きい、それくらいのサイズである。
植えられているのは小さな一本の若木だった。
「わ、ちょっとかわいい。」
「ふん。植物がなんだというのです? 食べられる実でもつけるのですか?万病の薬にでも? もっともそんな若木に力があるとは思えませんが。役立たずでみすぼらしくて矮小で」
「うん。……役には立たない」
「ほら見てごらんなさい。まったくこれだから悪魔たちは……」
勝ち誇ったレカエルの言葉を受けてエウラシアは言った。
「これ枯れたら。私死ぬから」
その後独特のリズムの言葉でエウラシアが語ったところによると、木のニンフである彼女の魂がその木に宿っているそうだ。自身の分身ともいえるその木と命運を共にするらしい。
そんな大切な木をこきおろしたレカエルはさすがにばつが悪そうだった。根はそれほど悪い娘ではないのかもしれない。
「……わ、私は謝りませんよ」
「かまわない。よ」
どうやらエウラシアは本当に気にしていないらしい。少しほっとした様子でレカエルはツツミに向き直った。
「それで、あなたはどんなガラクタを持ってきたのかしら?」
挑発的に笑うレカエル。ツツミは巫女服のたもとから小さな箱を取り出した。見せつけてやらねば、八百万の神の国の底力を。
「じゃーん! ちいさな葛籠ぁ~!」
「本当に小さいですね」
見下したようにいうレカエルにツツミは不敵に笑った。
「ふふーん。大きなものより小さなものにお宝はつまっているのだよ。なんとこの葛籠、ほぼ無限に物を入れることができるのだ! とりあえず自分の住処にあったもの片っ端から入れてきたよ」
「あら、悪魔の眷属の魔術具も少しは役に立つのですね」
少しは見直したか、とばかりにツツミは葛籠を開け、中身を取り出す。結果は案の定としか言えなかった。
「まず数十年に渡って集めたコミックスの数々! これだけの蔵書は個人所有ではなかなかないよ? そしてきらっきらに光るDVD、ブルーレイたち! そしてそれを再生できる最新ゲームハードたち! 携帯機も万全さっ。なんといっても高天原でこれらの運用を可能にしたソーラー発電システムだ!!」
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