三人娘が異世界を創る ゆるく まったり いとをかし!

市上 未来

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第一章 世界創造編

48.だめ。ぜったい

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「はっはっは主どの。そうやって寝ころんでいる場合ではないぞ」

 エウラシアはミノタリアの前で膝を抱えて横になっていた。やる気がないときのいつもの体勢である。

「うー。ねてたい。このまま。じっと。していたい」

 お菓子作りはあまりエウラシアの琴線には触れなかったらしい。

「もともとこの展開にしたのは主どのだろう? 責任をもって取り組むべきではないか」

 選手権を言い出したのは他ならぬエウラシアである。正直タンチョウの羽毛に目が眩んだかもしれない。後悔でいっぱいのエウラシアだった。

「うー。……ミノタリア。任せる。なんか。おいしいの。作って」
「はっはっは。それはルール違反だ主どの。それにこのミノタリア。おいしいお菓子の作り方など全く心得がないぞ!」

 ものすごく誇らしげに自慢にならないことを断言するミノタリア。

「……役に。たたない」
「おお! 傷つくことを言ってくれるな! はっはっは!」

 ぜんぜん傷ついた様子でもないミノタリアだった。エウラシアは諦めて思いを巡らす。

「おー。んー。お菓子。おいしいの」

 基本的にエウラシアにとっての甘味は野山に生る果実である。調理に関しての知識はないわけではないが、わざわざ自分でやろうという発想にいたることはなかった。

「その辺に。なんか。果物。創って。それで。いいかな」
「主どの。それは今回の趣旨とは外れてしまう」

 技術を競う選手権である。素材の味が一番、といったような言い訳は使えない。

「なにかないのか? オリンポスに伝わるおいしいお菓子の話の一つや二つ、あってもいい物だろう?」

 ミノタリアの言葉に、エウラシアの頭に思い浮かんだものがあった。しぶしぶ、といった感じに取りかかることにする。

「作った。ことは。ないけど。……。やって。みようか」




「主どの! 小麦を分けてもらってきたぞ!」

 レカエルたちが小麦を創ったようだと聞き、使いに出していたミノタリアが戻ってきた。

「おー。分けて。くれたんだ」

 勝負の相手であるエウラシアたちにわざわざ恵んでくれるとは思わなかった。ダメで元々くらいのつもりだったのだが嬉しい誤算である。これで手間が省けた。

「うむ! 最初は渋っていたのだがな! あちらはかなり作業が進んでいるようだったぞ。まあ偵察しようとしたらイヴがすごく焦りだして、押し付けるように小麦を渡されて追い払われたのだが!」
「う? ふーん?」

 事情はよくわからないがまあいいだろう。

「いやはや、それにしても美しい景色だ! やればできるではないか、主どの!」
「すごく。疲れた」

 エウラシアたちの前には美しい花畑が広がっていた。色とりどりの花々がこれでもかといわんばかりに咲き乱れている。その周りを、小さな虫が飛び回っていた。

「おお、ハチたちも元気なようだな!」

 飛んでいるのはたくさんのミツバチの集団である。花に止まっては近くの巣に戻り、せっせと蜜を運んでいるようだ。

「あとは。ブドウも。できた」

 花畑の一角にはブドウの果樹園もできていた。鮮やかな紫色の果実がたわわに実っている。ミノタリアにせっつかれ、これでもかというほど創造に腕を振るったエウラシアだった。

「も。限界。あとは。うー。お願い」
「はっはっは! まだ道半ばではないか主どの! 材料が揃っただけで何も成し遂げてはいないぞ! はやいところソップづくりに取り掛かるとしよう!」
「……はぁ。めんどう」




 エウラシアが作ろうとしているお菓子。それはソップと呼ばれるパンケーキのようなものだった。

「で、どんなお菓子なのだ?」
「冥界の。ケルベロスの。好物。らしいよ?」

 エウラシアの国の冥界を守る番犬ケルベロス。生きている者が冥界に侵入しようとするとすごい勢いで襲い掛かるのだ。そのケルベロスを懐柔するための裏技が、大好物のお菓子を与える事だそうだ。

 なかでもお気に入りはハチミツがたっぷりかかったソップらしい。材料は一通りできた。

「まずは。生地を。つくる」

 小麦に水を加え、よく捏ねていく。ここでブドウにマナと水を加えて放置していた液体を混ぜ合わせる。

「これはなんだ主どの?」
「なんか。ふっくら。焼ける。って」

 ついでに少し水分が抜けた果実も入れておこう。そしてエウラシアはなにやら白いトロッとしたものを取り出した。

「こちらは?」
「これが。一番。大切。らしいよ」

 花畑のなかに赤い花がある。茎にはギザギザの葉が生え、花が散った後には丸い実がついていた。その身に傷をつけると白い液体が出てくるのである。

「ほう? これも甘かったりするのだろうか?」
「どう。だろう。……ん」

 ちょっと味見をしてみるエウラシア。ミノタリアも倣って舐めてみる。

「……何の味もしないな」
「うー? これが。ないと。ケルベロスは。満足。しないって」

 よくわからないが重要な要素らしい。首をかしげる二人だったが、突然謎の脱力感に襲われた。

「お、おや? なんだか、意識が……」

 視界がいきなり揺らぎ、ふらふらとするミノタリア。視覚だけでなく五感がおかしい。ふわふわと夢見心地の気分だ。なんだかすごく気持ちがいい。

「おー? ……あは。うふ。うふふふふ」

 エウラシアもまるで酔っぱらったようによろめく。やがてパタリと倒れると、ぼんやりとした様子で笑い始めた。

「あは。あはははは。主どの。これは何という花から取ったのだ?」
「うー? ふふ。ケシって。いう。花。あはは。ふふふ」
「はっはっは。主どの。それは。人をダメにする。作用があるのだぞ。はっはっは。ケルベロスもおとなしくなる訳だ」
「おー。楽しい。あはははは」

 ……普段以上にのんびりした様子のエウラシアと、同じく尋常ではない振舞いのミノタリア。元世界ではアヘンと呼ばれる成分を摂取した二人は、しばらくの間楽しく笑い続けた。




「……主どの。なんだかすごく身体が重い」
「うー。しんど。い……」

 効果が切れてからは倦怠感が襲ってきた。先ほどまでの楽しい気分はもうどこにもない。

「主どの。……例の花は焼却しよう。あれは世の中にあってはいけないものだ」
「でも。すっごく。楽し。かった。ちょっと。だけなら」
「……特に主どのはもう二度と手を出してはいけない気がする」

 めんどくさがり屋で、ごろごろするのが至福のエウラシア。ある意味相性がよすぎる作用である。主人に道を踏み外させないため、なにがなんでも花を根絶やしにする決意を固めるミノタリアだった。

 ちなみにその後アヘン抜きのソップは問題なく完成した。ケルベロスの口には合わないかもしれないが、ハチミツのたっぷりかかったブドウ入りのパンケーキはコガネたちにも喜んでもらえるだろう。

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