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第二章 人間に崇拝される編
61.キャンセルできない
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「はぁー、なんとか終わった……」
アツシは控室の長椅子にもたれかかって大きなため息をついた。このようなパレードは定期的に催されているが、未だに緊張が取れない。
「だいたい僕こういうの向いてないんだよな……。前の世界にいたときだって……いや、やめよう」
思い出すだけ精神衛生上よろしくないだけである。
「それにしても、最近の若い子たちは……」
アツシの外見は先ほどの女の子たちとそうそう変わらないように見える。しかし地上で波乱万丈な一生を全うし、冥界に来て幾多の年月を過ごしたのだ。似合わぬ愚痴が出るのも仕方あるまい。
もっとも彼女たちの実年齢もわからないのだが、ああいった悪戯を仕掛けるという事はまだ茶目っ気のある年頃なのだろう。
そんなことを考えていると扉がノックされた。ややあってイザナミさんが笑顔で入ってくる。
「ああ、イザナミさんもお疲れ様」
実は楽団や踊り子集団にもけっこう混ざっていたイザナミさん。起き上がるアツシに近づくと、顔に手を伸ばした。
「いてっ」
めっ、というように軽くデコピンをするイザナミさん。冥界に来た当初は面食らった古式ゆかしいこの幽霊も、今ではすっかり気心が知れる仲である。
「いやあれはあの子たちがいきなり……。いや、言い訳だよね。ごめんなさい。反省してます」
予想していなかったとはいえ結果は結果である。それにあの後もっと毅然とした態度をとるべきだったのだ。
パレードの最後をぶち壊しにしてはいけないと気を遣う余裕があるなら、最愛の妻たちの心情を鑑みるべきだった。
「タンチョウたちの耳に入らなければいいけど。余計な心配をかけたくないしね。そういえば慌てた様子で別のイザナミさんに連れられて行ったけどなんか……」
知っているか? そう聞こうとしたアツシの頭を、イザナミさんは優しくなでた。
「イザナミさん?」
今度はやけに気の毒そうな表情をしている。そして両手の手のひらを前で合わせて合掌した。と、今度はノックなしにバタンと扉が開かれる。
「ご苦労だったな、アツシ!」
入ってきたのはミノタリアだった。走ってきたのだろう、そのままの勢いでアツシに抱き着く。
「うわっ! ミノタリア!?」
「今回も素晴らしいパレードだったな! フィナーレの後の演出には驚いた! 驚きのあまり手が震え額に青スジがたつくらいだったぞ!」
「ええっ!? 見てたの!? 急用があったんじゃ……」
「ばっちり見ていたとも!」
イザナミさんの合掌の理由はこれか。アツシは瞬時に謝罪モードに切り替わる。
「ごめんミノタリア!! 本当に悪いことをしてしまったと思ってる!!」
「いやなに、あれは突発的な事故みたいなものだろう? 今度は僕と計画的に事故を起こそう! 熱烈に!」
「痛い痛いミノタリア! 折れる!」
ハグに力を込めるミノタリアに、背骨がきしみはじめる。アツシは必死になって弁明した。
「すまなかった! 彼女たちはちゃんと叱る! 不用意に隙を見せないよう今後は気を付ける! だから、ぁあああああ!!!」
ミノタリアの愛情表現兼憂さ晴らしはアツシが悲鳴を上げるまで続いた。
「よし、この件はこれでよしとしよう!」
「痛てててて……。うぅ、ありがとう……」
「ああ、僕はこれでチャラだ! 僕はな!」
「えっ? ……まさか」
と、背筋に凍るものを感じた。扉の方を見るとタンチョウが笑顔で立っている。
「た、タンチョウ!!」
「お疲れさまでした、アツシさん」
にこやかな口調のタンチョウ。しかしこの状況で何も知らないという事はないだろう。
「タンチョウ……君にも酷いことをしてしまった! 本当にごめん!」
「え? 気にしてませんよ? あんなの防ぎようがないですし、みんなの前で怒るわけにもいかないですもんね。それより……」
言葉と言い方、立ち振る舞いを鵜呑みにするならば、これでこの話は終わりである。しかし普段とは何かが全く違うタンチョウを前にそれはできない。
「きちんと謝らせてほしいんだ」
「あはは。だから気にしすぎですって。そんなことよりも……」
「タンチョウ!」
アツシはタンチョウの手を取った。瞬間、タンチョウが笑顔のままピクッと全身を震わせる。
「もうアツシさんたら。大丈夫ですから」
「大丈夫には見えないんだ。僕は……」
「ホントに大丈夫ですって。だからは、離してください」
「すまない。でも僕は……」
「は、離してください!!」
タンチョウは笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。下にあったのは今にも泣きだしそうな顔である。
「ご、ごめんなさいっ!!」
そう言ってタンチョウは扉の外へと駆け出して行った。
「タンチョウ!」
「いやはやまったく。アツシは不器用だな。少し時間を置くという手もあったろうに。あれでは謝罪の押し売りだぞ?」
やれやれ、と肩をすくめるミノタリア。アツシは言葉に詰まる。
「ああ、不器用といえばタンチョウもだな。これだけ長く一緒にいるというのに……。まあどうせなら徹底して不器用にやればいいのではないかな?」
そう言って片目を瞑って見せる。
「ミノタリア……」
「追えばいいさ。アツシはアツシなのだからな。僕のことは気にしなくていいぞ?」
「……ありがとう。行ってくる!」
アツシはタンチョウに負けずとも劣らぬ速さで控室を出て行った。残されたミノタリアの肩を、イザナミさんがポンッ、とたたいた。
「アツシ!」
タンチョウはどこに行ったのだろう。走りながら辺りを見回すアツシは知らない二人組に呼び止められた。
「こっちこっち!」
「おー」
一人は快活そうな少女。対してもう一人はぼんやりした感じの少女。全身を覆う布を纏っている。
「タンチョウはあっちに行ったよ! 案内するからついてきて!」
「き、君たちは?」
「いいから早く! 走るよ!」
「走るの? じゃあ。私は。いいや」
「もう! わがまま言わない!」
そう言って走り出す二人。なし崩しにアツシもそれに続く。
「それにしても……相変わらず青春してるねぇ」
「女で。苦労する。タイプ。ゼウス様より。ある意味。たちが悪い」
「……うっ」
走りながら好き勝手いわれ、言葉に詰まるアツシ。どこかで会った事があっただろうか。そもそもアツシに敬称をつけない人も珍しい。
「でさ、結局三人の中で誰が一番好きなの?」
「はっきり。させようか」
悪戯っぽく笑う少女たち。随分と不躾な質問だったが、感情が高ぶっていたアツシは本音で答えた。
「タンチョウも!ミノタリアも! イヴも! みんな大好きだ!! 他の人になんて言われてもいい、三人とも僕にとってかけがえのない存在だよ!!!」
「……そ、そっか。ごちそうさま」
「やっぱ。三人は。あげすぎたかも」
やがてアツシたちは観覧車の辺りにたどり着いた。タンチョウが落ち込んだ様子で所在なさげにしている。
「いって。らっしゃい」
「いいとこ見せるんだよ!」
「ありがとう。……タンチョウ!」
走り寄って声をかける。タンチョウははじかれたようにアツシを見た。
「アツシさん!? ……こ、来ないでください!」
タンチョウは反射的に反対側へと駆け出した。結果、観覧車へ近づく形となる。
「待って、タンチョウ!」
「な、なんで来るんですかっ!」
平静を失ったタンチョウはそのまま観覧車のゴンドラに乗り込んだ。アツシも追うが間に合わず、ゴンドラは上昇をはじめる。
「イザナミさーん」
と、先ほどの少女の声がした。途端、緩やかに動いていた観覧車が動きを止める。
「わ、わ! なんで止まるんですかっ!?」
「捕まえた!!」
アツシはゴンドラに飛び乗った。待っていたかのように観覧車は再び動き出す。
「はぁ、はぁ……。はは、これでゆっくり話ができるね」
もう一周するまで強制的に二人きりである。一方のタンチョウは後ろを向いて目を合わせようとしない。
「タンチョウ……」
「み、見ないでください。お願いです……」
「頼むよ。こっちを向いて」
アツシは優しくタンチョウを向き直らせる。もはや力尽きたらしいタンチョウはさしたる抵抗もしなかった。
「み、見ないでって、ひっく、言ったのに……」
タンチョウは完全に泣き出していた。肩を抱き、アツシは静かに言葉を紡ぐ。
「ごめん。傷つけてしまったね……。パレードでのことはどれだけ謝っても足りない」
「ち、ちがうんですっ。……そのことじゃないんです」
堰を切ったようにタンチョウは話しはじめた。
「アツシさんが悪いんじゃないってわかってるんです……。わかってるのに。考えないようにしようとしてるのに! うぅ」
顔を覆ってしまうタンチョウ。
「でも、考えちゃうんです。そうすると、どんどん嫌な気分になっちゃって。そんなの、アツシさんに見られたくないからっ。だから頑張って普通にしてたのに……!」
タンチョウの剣呑な雰囲気は、普段通り振舞おうとする頑張りの産物だった。
「アツシさんの前ではいつも笑っていたいんです! 仲良くしたいんです! 嫌いになってほしくないんですっ!!」
「……やっぱり、僕が悪いんだね」
「そんなっ……!」
なおも言い募ろうとするタンチョウをアツシは強く抱きしめる。
「……あっ」
「僕がどれだけ君のことが大好きか、わかってもらえる努力を怠った。余計な気苦労をかけてしまった」
アツシはタンチョウの温かい背中をさするように優しくたたく。
「タンチョウ。僕は君の全部が愛おしい。いつものニコニコした君も、ちょっと怒った時の君も、全部全部ひっくるめて愛してるんだ。こんなに長い間一緒にいたけど、まだまだずっと君を見ていたい」
「アツシさん……」
「僕が君を嫌いになるなんて、冥界がひっくり返ってもあるもんか。タンチョウと、ミノタリアと、イヴと、ずっと共に在る。なにがあっても。……はは、世界一の幸せ者だね、僕は」
少し照れたように笑うアツシ。つられてタンチョウもふふっと笑う。
「アツシさん。そこは嘘でも君だけと一緒にいるって言えないんですか?」
「う……ごめん」
「もう……。大丈夫ですよ。ミノタリアさんもイヴさんも、私大好きです。あ、これは無理していってるんじゃないですよ? でも……」
タンチョウはそう言って瞳を閉じた。ツツミ特製の観覧車は、頂上に来ると外から見えなくなる。
「せっかく二人きりなんです。一周するまで、もうすこしこのまま……」
「うー。これじゃ。『恋愛劇を狩るもの』。使えない」
「まあまあ。たまにはいいじゃん!」
やがて周回を終えたゴンドラが戻ってきた。アツシとタンチョウは仲良く降りてくる。
「おータンチョウ! 仲直りできたみたいだね!」
「ご、ご主人様!? どうして!?」
「や、アツシ案内してきたの私たちだから」
「久しぶりに。走って。疲れた」
「え、エウラシア様まで! ご、ごめんなさい! こんなことしてる場合じゃなかったのに……」
「いいっていいって! タンチョウがいつも通りになってくれてよかった! 正直すんごい怖かったよ!」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
平謝りをするタンチョウはツツミのよく知っているかわいいうちの子に戻っていた。
「……ご、ご主人様? エウラシア様……?」
一方アツシの方は顔面が蒼白になっていた。タンチョウとツツミ、エウラシアを交互に見て口をパクパクさせている。
「ま、まさか……。まさか!!」
「し、紹介も遅れちゃいましたね……ほんと、なにしてるんだろ私。アツシさんごめんなさい。こちらがその……」
タンチョウの言葉を引き取ってツツミとエウラシアは言った。
「改めまして久しぶり! あ、覚えてないんだっけ? タンチョウの主、ツツミだよ!」
「おー。ミノタリアの。主。エウラシア」
アツシは控室の長椅子にもたれかかって大きなため息をついた。このようなパレードは定期的に催されているが、未だに緊張が取れない。
「だいたい僕こういうの向いてないんだよな……。前の世界にいたときだって……いや、やめよう」
思い出すだけ精神衛生上よろしくないだけである。
「それにしても、最近の若い子たちは……」
アツシの外見は先ほどの女の子たちとそうそう変わらないように見える。しかし地上で波乱万丈な一生を全うし、冥界に来て幾多の年月を過ごしたのだ。似合わぬ愚痴が出るのも仕方あるまい。
もっとも彼女たちの実年齢もわからないのだが、ああいった悪戯を仕掛けるという事はまだ茶目っ気のある年頃なのだろう。
そんなことを考えていると扉がノックされた。ややあってイザナミさんが笑顔で入ってくる。
「ああ、イザナミさんもお疲れ様」
実は楽団や踊り子集団にもけっこう混ざっていたイザナミさん。起き上がるアツシに近づくと、顔に手を伸ばした。
「いてっ」
めっ、というように軽くデコピンをするイザナミさん。冥界に来た当初は面食らった古式ゆかしいこの幽霊も、今ではすっかり気心が知れる仲である。
「いやあれはあの子たちがいきなり……。いや、言い訳だよね。ごめんなさい。反省してます」
予想していなかったとはいえ結果は結果である。それにあの後もっと毅然とした態度をとるべきだったのだ。
パレードの最後をぶち壊しにしてはいけないと気を遣う余裕があるなら、最愛の妻たちの心情を鑑みるべきだった。
「タンチョウたちの耳に入らなければいいけど。余計な心配をかけたくないしね。そういえば慌てた様子で別のイザナミさんに連れられて行ったけどなんか……」
知っているか? そう聞こうとしたアツシの頭を、イザナミさんは優しくなでた。
「イザナミさん?」
今度はやけに気の毒そうな表情をしている。そして両手の手のひらを前で合わせて合掌した。と、今度はノックなしにバタンと扉が開かれる。
「ご苦労だったな、アツシ!」
入ってきたのはミノタリアだった。走ってきたのだろう、そのままの勢いでアツシに抱き着く。
「うわっ! ミノタリア!?」
「今回も素晴らしいパレードだったな! フィナーレの後の演出には驚いた! 驚きのあまり手が震え額に青スジがたつくらいだったぞ!」
「ええっ!? 見てたの!? 急用があったんじゃ……」
「ばっちり見ていたとも!」
イザナミさんの合掌の理由はこれか。アツシは瞬時に謝罪モードに切り替わる。
「ごめんミノタリア!! 本当に悪いことをしてしまったと思ってる!!」
「いやなに、あれは突発的な事故みたいなものだろう? 今度は僕と計画的に事故を起こそう! 熱烈に!」
「痛い痛いミノタリア! 折れる!」
ハグに力を込めるミノタリアに、背骨がきしみはじめる。アツシは必死になって弁明した。
「すまなかった! 彼女たちはちゃんと叱る! 不用意に隙を見せないよう今後は気を付ける! だから、ぁあああああ!!!」
ミノタリアの愛情表現兼憂さ晴らしはアツシが悲鳴を上げるまで続いた。
「よし、この件はこれでよしとしよう!」
「痛てててて……。うぅ、ありがとう……」
「ああ、僕はこれでチャラだ! 僕はな!」
「えっ? ……まさか」
と、背筋に凍るものを感じた。扉の方を見るとタンチョウが笑顔で立っている。
「た、タンチョウ!!」
「お疲れさまでした、アツシさん」
にこやかな口調のタンチョウ。しかしこの状況で何も知らないという事はないだろう。
「タンチョウ……君にも酷いことをしてしまった! 本当にごめん!」
「え? 気にしてませんよ? あんなの防ぎようがないですし、みんなの前で怒るわけにもいかないですもんね。それより……」
言葉と言い方、立ち振る舞いを鵜呑みにするならば、これでこの話は終わりである。しかし普段とは何かが全く違うタンチョウを前にそれはできない。
「きちんと謝らせてほしいんだ」
「あはは。だから気にしすぎですって。そんなことよりも……」
「タンチョウ!」
アツシはタンチョウの手を取った。瞬間、タンチョウが笑顔のままピクッと全身を震わせる。
「もうアツシさんたら。大丈夫ですから」
「大丈夫には見えないんだ。僕は……」
「ホントに大丈夫ですって。だからは、離してください」
「すまない。でも僕は……」
「は、離してください!!」
タンチョウは笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。下にあったのは今にも泣きだしそうな顔である。
「ご、ごめんなさいっ!!」
そう言ってタンチョウは扉の外へと駆け出して行った。
「タンチョウ!」
「いやはやまったく。アツシは不器用だな。少し時間を置くという手もあったろうに。あれでは謝罪の押し売りだぞ?」
やれやれ、と肩をすくめるミノタリア。アツシは言葉に詰まる。
「ああ、不器用といえばタンチョウもだな。これだけ長く一緒にいるというのに……。まあどうせなら徹底して不器用にやればいいのではないかな?」
そう言って片目を瞑って見せる。
「ミノタリア……」
「追えばいいさ。アツシはアツシなのだからな。僕のことは気にしなくていいぞ?」
「……ありがとう。行ってくる!」
アツシはタンチョウに負けずとも劣らぬ速さで控室を出て行った。残されたミノタリアの肩を、イザナミさんがポンッ、とたたいた。
「アツシ!」
タンチョウはどこに行ったのだろう。走りながら辺りを見回すアツシは知らない二人組に呼び止められた。
「こっちこっち!」
「おー」
一人は快活そうな少女。対してもう一人はぼんやりした感じの少女。全身を覆う布を纏っている。
「タンチョウはあっちに行ったよ! 案内するからついてきて!」
「き、君たちは?」
「いいから早く! 走るよ!」
「走るの? じゃあ。私は。いいや」
「もう! わがまま言わない!」
そう言って走り出す二人。なし崩しにアツシもそれに続く。
「それにしても……相変わらず青春してるねぇ」
「女で。苦労する。タイプ。ゼウス様より。ある意味。たちが悪い」
「……うっ」
走りながら好き勝手いわれ、言葉に詰まるアツシ。どこかで会った事があっただろうか。そもそもアツシに敬称をつけない人も珍しい。
「でさ、結局三人の中で誰が一番好きなの?」
「はっきり。させようか」
悪戯っぽく笑う少女たち。随分と不躾な質問だったが、感情が高ぶっていたアツシは本音で答えた。
「タンチョウも!ミノタリアも! イヴも! みんな大好きだ!! 他の人になんて言われてもいい、三人とも僕にとってかけがえのない存在だよ!!!」
「……そ、そっか。ごちそうさま」
「やっぱ。三人は。あげすぎたかも」
やがてアツシたちは観覧車の辺りにたどり着いた。タンチョウが落ち込んだ様子で所在なさげにしている。
「いって。らっしゃい」
「いいとこ見せるんだよ!」
「ありがとう。……タンチョウ!」
走り寄って声をかける。タンチョウははじかれたようにアツシを見た。
「アツシさん!? ……こ、来ないでください!」
タンチョウは反射的に反対側へと駆け出した。結果、観覧車へ近づく形となる。
「待って、タンチョウ!」
「な、なんで来るんですかっ!」
平静を失ったタンチョウはそのまま観覧車のゴンドラに乗り込んだ。アツシも追うが間に合わず、ゴンドラは上昇をはじめる。
「イザナミさーん」
と、先ほどの少女の声がした。途端、緩やかに動いていた観覧車が動きを止める。
「わ、わ! なんで止まるんですかっ!?」
「捕まえた!!」
アツシはゴンドラに飛び乗った。待っていたかのように観覧車は再び動き出す。
「はぁ、はぁ……。はは、これでゆっくり話ができるね」
もう一周するまで強制的に二人きりである。一方のタンチョウは後ろを向いて目を合わせようとしない。
「タンチョウ……」
「み、見ないでください。お願いです……」
「頼むよ。こっちを向いて」
アツシは優しくタンチョウを向き直らせる。もはや力尽きたらしいタンチョウはさしたる抵抗もしなかった。
「み、見ないでって、ひっく、言ったのに……」
タンチョウは完全に泣き出していた。肩を抱き、アツシは静かに言葉を紡ぐ。
「ごめん。傷つけてしまったね……。パレードでのことはどれだけ謝っても足りない」
「ち、ちがうんですっ。……そのことじゃないんです」
堰を切ったようにタンチョウは話しはじめた。
「アツシさんが悪いんじゃないってわかってるんです……。わかってるのに。考えないようにしようとしてるのに! うぅ」
顔を覆ってしまうタンチョウ。
「でも、考えちゃうんです。そうすると、どんどん嫌な気分になっちゃって。そんなの、アツシさんに見られたくないからっ。だから頑張って普通にしてたのに……!」
タンチョウの剣呑な雰囲気は、普段通り振舞おうとする頑張りの産物だった。
「アツシさんの前ではいつも笑っていたいんです! 仲良くしたいんです! 嫌いになってほしくないんですっ!!」
「……やっぱり、僕が悪いんだね」
「そんなっ……!」
なおも言い募ろうとするタンチョウをアツシは強く抱きしめる。
「……あっ」
「僕がどれだけ君のことが大好きか、わかってもらえる努力を怠った。余計な気苦労をかけてしまった」
アツシはタンチョウの温かい背中をさするように優しくたたく。
「タンチョウ。僕は君の全部が愛おしい。いつものニコニコした君も、ちょっと怒った時の君も、全部全部ひっくるめて愛してるんだ。こんなに長い間一緒にいたけど、まだまだずっと君を見ていたい」
「アツシさん……」
「僕が君を嫌いになるなんて、冥界がひっくり返ってもあるもんか。タンチョウと、ミノタリアと、イヴと、ずっと共に在る。なにがあっても。……はは、世界一の幸せ者だね、僕は」
少し照れたように笑うアツシ。つられてタンチョウもふふっと笑う。
「アツシさん。そこは嘘でも君だけと一緒にいるって言えないんですか?」
「う……ごめん」
「もう……。大丈夫ですよ。ミノタリアさんもイヴさんも、私大好きです。あ、これは無理していってるんじゃないですよ? でも……」
タンチョウはそう言って瞳を閉じた。ツツミ特製の観覧車は、頂上に来ると外から見えなくなる。
「せっかく二人きりなんです。一周するまで、もうすこしこのまま……」
「うー。これじゃ。『恋愛劇を狩るもの』。使えない」
「まあまあ。たまにはいいじゃん!」
やがて周回を終えたゴンドラが戻ってきた。アツシとタンチョウは仲良く降りてくる。
「おータンチョウ! 仲直りできたみたいだね!」
「ご、ご主人様!? どうして!?」
「や、アツシ案内してきたの私たちだから」
「久しぶりに。走って。疲れた」
「え、エウラシア様まで! ご、ごめんなさい! こんなことしてる場合じゃなかったのに……」
「いいっていいって! タンチョウがいつも通りになってくれてよかった! 正直すんごい怖かったよ!」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
平謝りをするタンチョウはツツミのよく知っているかわいいうちの子に戻っていた。
「……ご、ご主人様? エウラシア様……?」
一方アツシの方は顔面が蒼白になっていた。タンチョウとツツミ、エウラシアを交互に見て口をパクパクさせている。
「ま、まさか……。まさか!!」
「し、紹介も遅れちゃいましたね……ほんと、なにしてるんだろ私。アツシさんごめんなさい。こちらがその……」
タンチョウの言葉を引き取ってツツミとエウラシアは言った。
「改めまして久しぶり! あ、覚えてないんだっけ? タンチョウの主、ツツミだよ!」
「おー。ミノタリアの。主。エウラシア」
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