6 / 8
6
しおりを挟む
まだ冬だというのに珍しく天気がいい。薄くグレーの雲はあるけれど、一日降らない予報だ。
冬の新潟では雲が出ていても雨も雪も降らないなら天気がいいと言うけど、東京だと雲ひとつない晴天じゃなきゃ天気が悪いと言うらしい。
待ち合わせに現れた望実ちゃも天気がいいせいか柔らかい顔に見えた。
「カメラ持ってないからさ、買ってきたんだよ」
「わざわざ買ってきたの?言ってくれれば貸したのに」
「せっかく教えてもらうからさ。それに望実ちゃんの分もあるよ」
「私の分?」
「これ」
勿体ぶってゆっくりとダウンのポケットから一つ取り出し、それを差し出す。
「写ルンです」
「おそろいだよ!同じの使った方が教えやすいのかなぁと思ってさ」
「そうかもしれないね。まあ写真教えたことなんてないから、わからないけど」
控えめにフフッと笑った。
「大丈夫だよ。望実ちゃんが写真撮りたいなってとこで私のこと撮ってさ、撮ったら入れ替わって私が撮るから。それなら教えるの初めてでも大丈夫でしょ?」
「ちょっと待って、それって私のこと撮るってことだよね?」
「自分で自分のこと撮れないからね。それに撮りあったら面白そうだし」
「そっか……そうだね、面白いかも」
「でしょ?そうやって望実ちゃんの技術を盗む!」
「技術なんてないよ」
「じゃあセンス盗む!」
「センスだって」
「私から見ればセンスあるよ。だって望実ちゃんの写真好きだもん」
少し間が空いてから返事があった。
「うん、ありがと」
「シングルのカップじゃなきゃジェラートじゃないよ」
写真を撮りながら街を歩き、足を休めるため住宅街を抜けた先にあったジェラート屋に入ると望実ちゃんは抑揚のない声でそう言った。
「決まってるの?」
「うん。シングルで好きなのだけを食べたいから。ダブルだと混ざるでしょ。コーンも余計な味がするし」
「え~、二種類の味を組み合わせるのがいいんだよ、ジェラートはさ。コーンをガリガリしたいし。味は?いっつも同じ?」
「それは決めてない。お店とか季節によって違うからさ」
お店の玄関先が温室のようなっていて、そこのベンチに並んで座った。大きな灯油ストーブがあるから寒くない。それを知っているのだろう、冬なのにジェラートを食べに来る人がポツポツとやってくる。
蒼は食べ物の写真を撮らないけど望実ちゃんも撮らないみたいだ。ベンチに腰を下ろすとすぐに食べ始める。
「そんなにカメラ近いとピント合わないよ」
隣でサツマイモのジェラートを食べる望実ちゃんの大きな目を大きく撮りたくて顔のすぐ近くで写ルンですを構えた。
望実ちゃんは慣れていないのか撮ろうとすると恥ずかしがる。これで13枚目になるけど、まだ慣れないのだろう。カメラから目を逸らそうとする。
「合ってなくても大丈夫だよ!わかんないけど」
目の動きに合わせてシャッターを切るとジッと音が響いた。
「可愛く撮れたよ」
「本当かな」
「ホントだよ。可愛く写れ!って念じて撮ってるからね」
ジェラート屋を出て100メートルも歩くと海へ出た。波の音が低く響いている。風が強くて白い波飛沫が護岸ブロックを越えて飛んできそうだ。
いつの間にか雲の切れ間から太陽が射していた。
「こういう正面から射す光のこと順光って言うんだけどさ、順光だと眩しいでしょ。撮ってる方は太陽が背中だからわかりにくいけど目をつぶったり目を細めた写真になっちゃうからね」
目が大きく見えるようにメイクやカラコンを使って、さらにアプリで大きくするんだからな、みんな大きい目がいいに決まってる。
「確かにまぶしい!じゃあ順光で撮っちゃ駄目?」
「駄目っていう人もいるみたいだけど、順光で撮っちゃ駄目ってことはないよ。眩しそうにしてるところ撮りたい時もあるしね、それが可愛いこともあるし」
駄目じゃないのか。
「なるほど!じゃあ望実ちゃんの眩しい顔撮ってみるからこっち来て」
冬の低い太陽が直接顔を照らすせいで眩しそうだ。日に輝く金髪が風になびく。この一瞬を残すことが出来るなんて。写ルンですを構えても恥ずかしそうにしない望実ちゃんをやっと見ることが出来た。
27枚撮り終える頃には雲は厚くなり薄暗くなっていた。疲れた足を休めるために向かったのはやっぱり古そうな喫茶店だった。望実ちゃんは古い喫茶店が好きなのかもしれないけど、信濃川の向こう側、新潟島には新しい喫茶店はないのかもしれない。
「ねえ望実ちゃん、気づいてた?ここに名前書いておいたこと」
テーブルの上の写ルンですを手に取り、底を向けた。
「ほんとだ、全然気が付かなかったよ」
そこにはサインペンで「のぞみちゃん」と書いてある。
「おんなじだから、途中で入れ替わると困るでしょ。だから渡す前に書いておいたの」
望実ちゃんが気が付かないのは当然だった。その写ルンですは私が使っていたし、望実ちゃんが使った方には何も書いてなかったから。
望実ちゃんと別れると「のぞみちゃん」と書いてない方の写ルンですを駅前のカメラ屋に持っていった。
冬の新潟では雲が出ていても雨も雪も降らないなら天気がいいと言うけど、東京だと雲ひとつない晴天じゃなきゃ天気が悪いと言うらしい。
待ち合わせに現れた望実ちゃも天気がいいせいか柔らかい顔に見えた。
「カメラ持ってないからさ、買ってきたんだよ」
「わざわざ買ってきたの?言ってくれれば貸したのに」
「せっかく教えてもらうからさ。それに望実ちゃんの分もあるよ」
「私の分?」
「これ」
勿体ぶってゆっくりとダウンのポケットから一つ取り出し、それを差し出す。
「写ルンです」
「おそろいだよ!同じの使った方が教えやすいのかなぁと思ってさ」
「そうかもしれないね。まあ写真教えたことなんてないから、わからないけど」
控えめにフフッと笑った。
「大丈夫だよ。望実ちゃんが写真撮りたいなってとこで私のこと撮ってさ、撮ったら入れ替わって私が撮るから。それなら教えるの初めてでも大丈夫でしょ?」
「ちょっと待って、それって私のこと撮るってことだよね?」
「自分で自分のこと撮れないからね。それに撮りあったら面白そうだし」
「そっか……そうだね、面白いかも」
「でしょ?そうやって望実ちゃんの技術を盗む!」
「技術なんてないよ」
「じゃあセンス盗む!」
「センスだって」
「私から見ればセンスあるよ。だって望実ちゃんの写真好きだもん」
少し間が空いてから返事があった。
「うん、ありがと」
「シングルのカップじゃなきゃジェラートじゃないよ」
写真を撮りながら街を歩き、足を休めるため住宅街を抜けた先にあったジェラート屋に入ると望実ちゃんは抑揚のない声でそう言った。
「決まってるの?」
「うん。シングルで好きなのだけを食べたいから。ダブルだと混ざるでしょ。コーンも余計な味がするし」
「え~、二種類の味を組み合わせるのがいいんだよ、ジェラートはさ。コーンをガリガリしたいし。味は?いっつも同じ?」
「それは決めてない。お店とか季節によって違うからさ」
お店の玄関先が温室のようなっていて、そこのベンチに並んで座った。大きな灯油ストーブがあるから寒くない。それを知っているのだろう、冬なのにジェラートを食べに来る人がポツポツとやってくる。
蒼は食べ物の写真を撮らないけど望実ちゃんも撮らないみたいだ。ベンチに腰を下ろすとすぐに食べ始める。
「そんなにカメラ近いとピント合わないよ」
隣でサツマイモのジェラートを食べる望実ちゃんの大きな目を大きく撮りたくて顔のすぐ近くで写ルンですを構えた。
望実ちゃんは慣れていないのか撮ろうとすると恥ずかしがる。これで13枚目になるけど、まだ慣れないのだろう。カメラから目を逸らそうとする。
「合ってなくても大丈夫だよ!わかんないけど」
目の動きに合わせてシャッターを切るとジッと音が響いた。
「可愛く撮れたよ」
「本当かな」
「ホントだよ。可愛く写れ!って念じて撮ってるからね」
ジェラート屋を出て100メートルも歩くと海へ出た。波の音が低く響いている。風が強くて白い波飛沫が護岸ブロックを越えて飛んできそうだ。
いつの間にか雲の切れ間から太陽が射していた。
「こういう正面から射す光のこと順光って言うんだけどさ、順光だと眩しいでしょ。撮ってる方は太陽が背中だからわかりにくいけど目をつぶったり目を細めた写真になっちゃうからね」
目が大きく見えるようにメイクやカラコンを使って、さらにアプリで大きくするんだからな、みんな大きい目がいいに決まってる。
「確かにまぶしい!じゃあ順光で撮っちゃ駄目?」
「駄目っていう人もいるみたいだけど、順光で撮っちゃ駄目ってことはないよ。眩しそうにしてるところ撮りたい時もあるしね、それが可愛いこともあるし」
駄目じゃないのか。
「なるほど!じゃあ望実ちゃんの眩しい顔撮ってみるからこっち来て」
冬の低い太陽が直接顔を照らすせいで眩しそうだ。日に輝く金髪が風になびく。この一瞬を残すことが出来るなんて。写ルンですを構えても恥ずかしそうにしない望実ちゃんをやっと見ることが出来た。
27枚撮り終える頃には雲は厚くなり薄暗くなっていた。疲れた足を休めるために向かったのはやっぱり古そうな喫茶店だった。望実ちゃんは古い喫茶店が好きなのかもしれないけど、信濃川の向こう側、新潟島には新しい喫茶店はないのかもしれない。
「ねえ望実ちゃん、気づいてた?ここに名前書いておいたこと」
テーブルの上の写ルンですを手に取り、底を向けた。
「ほんとだ、全然気が付かなかったよ」
そこにはサインペンで「のぞみちゃん」と書いてある。
「おんなじだから、途中で入れ替わると困るでしょ。だから渡す前に書いておいたの」
望実ちゃんが気が付かないのは当然だった。その写ルンですは私が使っていたし、望実ちゃんが使った方には何も書いてなかったから。
望実ちゃんと別れると「のぞみちゃん」と書いてない方の写ルンですを駅前のカメラ屋に持っていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる