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邪神モーロックの都
その52
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旧モーロックの都の城壁の正門前でシュナン一行と彼らを見送る為に集まった市民たちに自分が連れてきた「家獣」を自慢げに披露するカムラン。
ムスカル王の元で非道の振る舞いを長年にわたって行ってきた彼は市民たちに袋叩きに遭いもう少しで殺される所でした。
しかしオロ現市長の口添えで何とか助命されこれからは市民たちの為に身を粉にして働くという条件でかろうじて許されたのでした。
そして本日はムスカル王が隠し持っていた秘蔵の移動用の魔物をシュナンたちへ手向けの品として送る為にオロ市長の命令で部下たちと共にムスカル王の魔物たちが収容されている秘密施設「万魔殿」まで赴きそこからこの城門付近まで件のその魔物「家獣」を引き連れてきたのです。
自分の連れてきた魔獣を背にして胸を張るカムラン。
そんな彼を目にしてレダは呆れたように言います。
「あんた、よく許してもらえたわね、あんなひどい事しといて」
カムランはレダのその言葉を聞いて急にしょんぼりと肩を落とします。
「いや・・・。わたしだってそう簡単に許されるとは思っていません。でもこれから毎日地道に頑張っていつかはみんなの信頼を取り戻したいと考えています。もちろん険しい道だとは解っていますが・・・」
すると今度はシュナン少年がカムランに声をかけます。
「過ちを正すのに遅すぎるという事は無いと思いますよ、カムランさん。どうか今の気持ちを忘れずに努力して下さい。そうすればいつか道は開けるでしょう」
カムランはシュナンの顔を一瞬驚きの表情で見つめます。
やがて彼は自分の今までの行いに思いを馳せるとその顔を恥ずかしそうにうつ向かせました。
「ありがとう、シュナン君。君のおかげで人生の最後に人の心を取り戻す事が出来ました」
カムランのその言葉を聞いて深くうなずくシュナン。
そして今度はシュナンの持つ師匠の杖がカムランに質問をします。
「ところで君が連れてきたその奇妙な生き物は一体何なのかね?」
どうやら師匠はカムランが連れてきた「家獣」に興味津々の様です。
うつ向いていたカムランは顔を上げ再び得意そうな笑みを浮かべると自分の背後の地面に屹立する「家獣」に命令をします。
「伏せよ」
カムランの言葉と共に長い長い脚を持つ「家獣」がその細長い脚をくの字に折りたたみました。
すると何という事でしょう。
脚の動きと連動してその長い四脚の足に支えられ見上げるような高さにあった「家獣」の胴体が地面に向かってスーッと降りてくるではありませんか。
やがて巨獣の灰色の象のような胴体はそこから放射状に延びた四本の山折りに曲げられた脚の間の地面に音もなく着地します。
その姿はまるで地面にうずくまる四足の巨大な化け物蜘蛛か地上に迷い込んだ超巨大なアメンボのようです。
また先ほども言ったように巨獣の背中にはベランダ付きの木造家屋がくっついており地面にうずくまったその姿は遠目から眺めるとまるで小さな丘の上に平屋建ての家が立っているみたいに見えました。
そしてその巨獣の横腹には昇降用の小さな階段が付いており地面からそれを昇ると巨獣の背中に建つ家へと入ることが出来ました。
カムランは自慢げな笑みを浮かべながらシュナンたちにその階段を昇って巨獣の背中に乗っている家に入ってみる事を熱心に勧めます。
「さぁさぁ、シュナン君、それに他の皆さん。その横腹に付いている階段を使って「家獣」の背中に登って下さい。そこにある家は何日も人が暮らせる作りになっています。大丈夫、何も危険はありませんから。この魔獣はあなた方の命令に従って動くように調整してあります。これからはこの「家獣」に乗って快適な旅ができますよ」
カムランにうながされ、オロを初めとする大勢の市民たちが見守る中、地面に長い四脚を折りたたんでうずくまる件の魔物の巨象に似た身体に登るシュナンとその仲間たち。
シュナンたちは「家獣」の横腹に付いている階段を昇り更にその上の大きな背中に乗っかっている木の柵で仕切ったベランダに周囲を囲まれた木造家屋の中に入って内部の様子を見て回りました。
巨獣の大きくてなだらかな背の上に設けられたそのベランダ付きの木造の一軒家は外見もなかなかお洒落でしたが何よりもシュナンたちを驚かせたのはその平屋建ての家の内部の広さと立派さでした。
外見からは想像がつかないほど中は広くて内部はいくつもの部屋に分かれています。
設備も充実しており電気やガスや水道はもちろん水洗式トイレそれに自動給湯のお風呂まで完備されています。
それに広いリビングやシステムキッチンもあり女性陣はうっとりとしながらそれを見ています。
「素敵ね、レダ。あたし結婚したらこんな所に住みたいわ」
「キッチンも使いやすそう。良かったら今度一緒にニンジン料理を作りましょう、メデューサ」
緑の巨人ボボンゴもこの家を気に入った様子です。
「木のいい匂いする。故郷の村の家と同じ」
そしてまたシュナン少年も手に持つ師匠の杖と共にこの魔獣の背中に建っている家に感心する事しきりでした。
「一体どうして中はこんなに広いんでしょう?どこから電気とかが供給されているかも謎です」
先端の円板についている眼を光らせて師匠の杖が答えます。
「この家を背負っている魔物のエネルギーを利用して異次元の部屋を構築してるんだろう。ムスカルの魔法の力だよ。まったく敵ながら大したものだ。あれほどの魔術師はしばらくは現れないだろうな」
シュナンも師匠のその言葉に同意してうなずきます。
そして家の中の様子を眺めながらあの邪悪で狡猾ではあるけれど卓越した力を持つ魔術師が今頃どうしているのかとふと思いました。
シュナンたちはその家の中を一通り見学するとそこから出て魔物の横腹に付いている階段を今度は降りるのに使い再び地上に降り立ちます。
そこで彼らは自分たちを見送るために城門前に集まった市民たちとあらためて向かい合いました。
「家獣」の見学を済ませたシュナンにカムラン元市長が話しかけます。
「どうかな、シュナン君。気に入ってくれたかな?君たちの旅に役に立つといいんだが・・・」
カムランに向かってうなずくシュナン少年。
「ありがとう、カムランさん。でも、こんな貴重な生き物を譲っていただくわけには・・・」
しかし今度はシュナンの正面に他の市民たちと共に立っているオロ現市長が少年に対して言いました。
「いえ、シュナンさんそう言わずに是非この魔獣をあなた方の旅の乗り物として使って下さい。実はムスカル王が残した万魔殿の魔物たちの扱いには苦慮してましてね。簡単に逃がしたりするわけにはいきませんし。ムスカルに匹敵する魔術師であるシュナンさんが引き取っていただけるならとても助かります」
するとシュナンの持つ師匠の杖が弟子に助言をします。
「もらっておこう、シュナン。この「家獣」に乗って旅をすれば予定を大幅に短縮出来る。我々が休んでいる時や睡眠時でも移動距離が稼げるのが大きい。それに険しい山道も移動可能の様だし人目につかずに旅を続けられる筈だ」
シュナンは師匠のその言葉にうなずくとオロ市長やカムランの方へ向き直ってお礼を言います。
「わかりました。それでは喜んで使わせていただきます。ご厚意は決して忘れません。それからー」
シュナンはそう言うと貴族風の服の中から何やら小さな布袋を取り出してオロ市長に手渡しました。
「これは僕が師匠とともに「黄金の種子」を求めて北の国を放浪していた時に見つけた果実の種です。丈夫で病気にかかりにくくとても美味しい実がなります。この付近の土壌にも合っているはずです。お返しといってはなんですが良かったら受け取って下さい」
それは現在では「林檎」と呼ばれる種類の果実がなる木の先祖にあたる樹木の種子でした。
オロ市長はシュナンからその袋入りの種子をうやうやしく受け取ると前に立っている目隠しをした魔法使いの少年に深々と頭を下げました。
「ありがとう、シュナンさん。この種子は必ず大切に育てます。あなた方が戻って来たその時にはこの地がもらった種から育てた生い茂る木々でいっぱいになっているように」
その時、またシュナンが持つ師匠の杖が口を挟んできました。
「この土地は海にも近いし貿易にも適している。やり方次第では人間族と異種族との交流地点として栄える事もできるだろう」
師匠の杖の言葉にうなずくオロ市長とカムラン。
こうして街を取り囲む城壁の正門前でシュナン一行と彼らを見送る為に集まった大勢の市民たちはしばし言葉を交わし合い別れを惜しんでいました。
しかしいつまでも旅立ちの時機を遅らすわけにはいきません。
ついに出立の時が来るとシュナンたちは見送りに来てくれた人々としっかりと別れの握手を交わしました。
シュナンはオロ市長とレダはジュドー将軍とボボンゴはクズタフ隊長とそしてメデューサはテトラとジムの夫婦と固く手を握り合い別れの挨拶をすると共に互いの健闘と将来の再会を誓い合います。
ちなみにその際にシュナンの持つ師匠の杖が先端の円板についた大きな眼でカムラン元市長にウインクをしてみんなの失笑を買うという一幕もありました。
そうして別れの挨拶を済ませたシュナン一行はいよいよ旅立つために見送りの人々に背を向けると自分たちの背後にうずくまる「家獣」の方に向かって歩みを進めます。
彼らは「家獣」の巨体の側まで来るとその細い4本の脚を折り曲げて地面にうずくまる巨獣の横腹についた階段を使って再びその背中の上に登りました。
シュナンたちは巨獣の背中の上に登りましたがそこに建っている家の中には入らずその周りの巨獣のなだらかな背中を柵で囲ったベランダみたいになっている場所に並んで立ちました。
「家獣」の背中に乗った彼ら四人はその上に建つ家を取り囲む柵の近くに居並ぶとそこから眼下の城門近くに見送りのため集まった大勢の市民たちの列を見つめます。
そしてー。
「立て、家獣よ」
シュナンの言葉とともに「家獣」はその折りたたんだ四つ足を再び真っ直ぐに伸ばします。
すると地面にへばり付いていた「家獣」の象のような身体はシュナンたちを背中に乗せたまま宙に浮き上がり見る見るうちに上昇して行きます。
「家獣」が折りたたんでいたとてつもなく長いキリンみたいな脚をピンと張るとシュナンたちが背中に乗っているその巨獣の背丈はすぐ横にそびえ立つ街を取り囲む城壁と同じくらいの高さにまで達していました。
シュナンたちは「家獣」の背中に建つ家を囲む柵の近くに並んで立っておりそこから見下ろすと城壁の向こうに広がる市街地の様子が一望出来ました。
それはまるで高層の建物の5階くらいから下を見下ろすような眺めでした。
彼らが更に視線を下げるとはるか下の城門付近の地面から市民のみんながこちらを見上げて手を振っているのが見えます。
今は豆粒みたいに見える地上にいる市民たちに向かって遥かな高みにある「家獣」の背中の上から手を振り返すシュナン一行。
巨獣の背中の上で囲いの柵を握りしめて手を振るシュナン一行とそれに応えて地上から懸命に手を振る大勢の市民たち。
しばし地上と上空から手を振りあっていた両者ですがそんな彼らにも否応なく別れの時は訪れます。
「東北東に進路を取れ」
シュナンの発する命令とともに彼と仲間たちが背中に乗る「家獣」は象のような雄叫びを一声上げるとそのキリンに似た細い脚で歩き始めやがて街を取り囲む城壁からゆっくりと離れていきます。
城壁の正門前にシュナンたちを見送るために集まった数多くの市民たちは大きく手を振り惜別の声を上げながらその自分たちから徐々に遠ざかる巨獣の後ろ姿を万感の想いで見つめました。
彼らの目に巨獣の背中の上で柵につかまりながら自分たちに向かって手を振るシュナンたちの姿が小さく映ります。
彼らが子々孫々まで語り伝えるであろう伝説の希人(まれびと)たちの姿が。
やがて懸命に手を振る街の人々の感謝の叫び声が届かないほど遠くに去ったその巨獣の孤影は朝霧にかすむ地平線の向こうへと静かに消えて行きました。
[続く]
ムスカル王の元で非道の振る舞いを長年にわたって行ってきた彼は市民たちに袋叩きに遭いもう少しで殺される所でした。
しかしオロ現市長の口添えで何とか助命されこれからは市民たちの為に身を粉にして働くという条件でかろうじて許されたのでした。
そして本日はムスカル王が隠し持っていた秘蔵の移動用の魔物をシュナンたちへ手向けの品として送る為にオロ市長の命令で部下たちと共にムスカル王の魔物たちが収容されている秘密施設「万魔殿」まで赴きそこからこの城門付近まで件のその魔物「家獣」を引き連れてきたのです。
自分の連れてきた魔獣を背にして胸を張るカムラン。
そんな彼を目にしてレダは呆れたように言います。
「あんた、よく許してもらえたわね、あんなひどい事しといて」
カムランはレダのその言葉を聞いて急にしょんぼりと肩を落とします。
「いや・・・。わたしだってそう簡単に許されるとは思っていません。でもこれから毎日地道に頑張っていつかはみんなの信頼を取り戻したいと考えています。もちろん険しい道だとは解っていますが・・・」
すると今度はシュナン少年がカムランに声をかけます。
「過ちを正すのに遅すぎるという事は無いと思いますよ、カムランさん。どうか今の気持ちを忘れずに努力して下さい。そうすればいつか道は開けるでしょう」
カムランはシュナンの顔を一瞬驚きの表情で見つめます。
やがて彼は自分の今までの行いに思いを馳せるとその顔を恥ずかしそうにうつ向かせました。
「ありがとう、シュナン君。君のおかげで人生の最後に人の心を取り戻す事が出来ました」
カムランのその言葉を聞いて深くうなずくシュナン。
そして今度はシュナンの持つ師匠の杖がカムランに質問をします。
「ところで君が連れてきたその奇妙な生き物は一体何なのかね?」
どうやら師匠はカムランが連れてきた「家獣」に興味津々の様です。
うつ向いていたカムランは顔を上げ再び得意そうな笑みを浮かべると自分の背後の地面に屹立する「家獣」に命令をします。
「伏せよ」
カムランの言葉と共に長い長い脚を持つ「家獣」がその細長い脚をくの字に折りたたみました。
すると何という事でしょう。
脚の動きと連動してその長い四脚の足に支えられ見上げるような高さにあった「家獣」の胴体が地面に向かってスーッと降りてくるではありませんか。
やがて巨獣の灰色の象のような胴体はそこから放射状に延びた四本の山折りに曲げられた脚の間の地面に音もなく着地します。
その姿はまるで地面にうずくまる四足の巨大な化け物蜘蛛か地上に迷い込んだ超巨大なアメンボのようです。
また先ほども言ったように巨獣の背中にはベランダ付きの木造家屋がくっついており地面にうずくまったその姿は遠目から眺めるとまるで小さな丘の上に平屋建ての家が立っているみたいに見えました。
そしてその巨獣の横腹には昇降用の小さな階段が付いており地面からそれを昇ると巨獣の背中に建つ家へと入ることが出来ました。
カムランは自慢げな笑みを浮かべながらシュナンたちにその階段を昇って巨獣の背中に乗っている家に入ってみる事を熱心に勧めます。
「さぁさぁ、シュナン君、それに他の皆さん。その横腹に付いている階段を使って「家獣」の背中に登って下さい。そこにある家は何日も人が暮らせる作りになっています。大丈夫、何も危険はありませんから。この魔獣はあなた方の命令に従って動くように調整してあります。これからはこの「家獣」に乗って快適な旅ができますよ」
カムランにうながされ、オロを初めとする大勢の市民たちが見守る中、地面に長い四脚を折りたたんでうずくまる件の魔物の巨象に似た身体に登るシュナンとその仲間たち。
シュナンたちは「家獣」の横腹に付いている階段を昇り更にその上の大きな背中に乗っかっている木の柵で仕切ったベランダに周囲を囲まれた木造家屋の中に入って内部の様子を見て回りました。
巨獣の大きくてなだらかな背の上に設けられたそのベランダ付きの木造の一軒家は外見もなかなかお洒落でしたが何よりもシュナンたちを驚かせたのはその平屋建ての家の内部の広さと立派さでした。
外見からは想像がつかないほど中は広くて内部はいくつもの部屋に分かれています。
設備も充実しており電気やガスや水道はもちろん水洗式トイレそれに自動給湯のお風呂まで完備されています。
それに広いリビングやシステムキッチンもあり女性陣はうっとりとしながらそれを見ています。
「素敵ね、レダ。あたし結婚したらこんな所に住みたいわ」
「キッチンも使いやすそう。良かったら今度一緒にニンジン料理を作りましょう、メデューサ」
緑の巨人ボボンゴもこの家を気に入った様子です。
「木のいい匂いする。故郷の村の家と同じ」
そしてまたシュナン少年も手に持つ師匠の杖と共にこの魔獣の背中に建っている家に感心する事しきりでした。
「一体どうして中はこんなに広いんでしょう?どこから電気とかが供給されているかも謎です」
先端の円板についている眼を光らせて師匠の杖が答えます。
「この家を背負っている魔物のエネルギーを利用して異次元の部屋を構築してるんだろう。ムスカルの魔法の力だよ。まったく敵ながら大したものだ。あれほどの魔術師はしばらくは現れないだろうな」
シュナンも師匠のその言葉に同意してうなずきます。
そして家の中の様子を眺めながらあの邪悪で狡猾ではあるけれど卓越した力を持つ魔術師が今頃どうしているのかとふと思いました。
シュナンたちはその家の中を一通り見学するとそこから出て魔物の横腹に付いている階段を今度は降りるのに使い再び地上に降り立ちます。
そこで彼らは自分たちを見送るために城門前に集まった市民たちとあらためて向かい合いました。
「家獣」の見学を済ませたシュナンにカムラン元市長が話しかけます。
「どうかな、シュナン君。気に入ってくれたかな?君たちの旅に役に立つといいんだが・・・」
カムランに向かってうなずくシュナン少年。
「ありがとう、カムランさん。でも、こんな貴重な生き物を譲っていただくわけには・・・」
しかし今度はシュナンの正面に他の市民たちと共に立っているオロ現市長が少年に対して言いました。
「いえ、シュナンさんそう言わずに是非この魔獣をあなた方の旅の乗り物として使って下さい。実はムスカル王が残した万魔殿の魔物たちの扱いには苦慮してましてね。簡単に逃がしたりするわけにはいきませんし。ムスカルに匹敵する魔術師であるシュナンさんが引き取っていただけるならとても助かります」
するとシュナンの持つ師匠の杖が弟子に助言をします。
「もらっておこう、シュナン。この「家獣」に乗って旅をすれば予定を大幅に短縮出来る。我々が休んでいる時や睡眠時でも移動距離が稼げるのが大きい。それに険しい山道も移動可能の様だし人目につかずに旅を続けられる筈だ」
シュナンは師匠のその言葉にうなずくとオロ市長やカムランの方へ向き直ってお礼を言います。
「わかりました。それでは喜んで使わせていただきます。ご厚意は決して忘れません。それからー」
シュナンはそう言うと貴族風の服の中から何やら小さな布袋を取り出してオロ市長に手渡しました。
「これは僕が師匠とともに「黄金の種子」を求めて北の国を放浪していた時に見つけた果実の種です。丈夫で病気にかかりにくくとても美味しい実がなります。この付近の土壌にも合っているはずです。お返しといってはなんですが良かったら受け取って下さい」
それは現在では「林檎」と呼ばれる種類の果実がなる木の先祖にあたる樹木の種子でした。
オロ市長はシュナンからその袋入りの種子をうやうやしく受け取ると前に立っている目隠しをした魔法使いの少年に深々と頭を下げました。
「ありがとう、シュナンさん。この種子は必ず大切に育てます。あなた方が戻って来たその時にはこの地がもらった種から育てた生い茂る木々でいっぱいになっているように」
その時、またシュナンが持つ師匠の杖が口を挟んできました。
「この土地は海にも近いし貿易にも適している。やり方次第では人間族と異種族との交流地点として栄える事もできるだろう」
師匠の杖の言葉にうなずくオロ市長とカムラン。
こうして街を取り囲む城壁の正門前でシュナン一行と彼らを見送る為に集まった大勢の市民たちはしばし言葉を交わし合い別れを惜しんでいました。
しかしいつまでも旅立ちの時機を遅らすわけにはいきません。
ついに出立の時が来るとシュナンたちは見送りに来てくれた人々としっかりと別れの握手を交わしました。
シュナンはオロ市長とレダはジュドー将軍とボボンゴはクズタフ隊長とそしてメデューサはテトラとジムの夫婦と固く手を握り合い別れの挨拶をすると共に互いの健闘と将来の再会を誓い合います。
ちなみにその際にシュナンの持つ師匠の杖が先端の円板についた大きな眼でカムラン元市長にウインクをしてみんなの失笑を買うという一幕もありました。
そうして別れの挨拶を済ませたシュナン一行はいよいよ旅立つために見送りの人々に背を向けると自分たちの背後にうずくまる「家獣」の方に向かって歩みを進めます。
彼らは「家獣」の巨体の側まで来るとその細い4本の脚を折り曲げて地面にうずくまる巨獣の横腹についた階段を使って再びその背中の上に登りました。
シュナンたちは巨獣の背中の上に登りましたがそこに建っている家の中には入らずその周りの巨獣のなだらかな背中を柵で囲ったベランダみたいになっている場所に並んで立ちました。
「家獣」の背中に乗った彼ら四人はその上に建つ家を取り囲む柵の近くに居並ぶとそこから眼下の城門近くに見送りのため集まった大勢の市民たちの列を見つめます。
そしてー。
「立て、家獣よ」
シュナンの言葉とともに「家獣」はその折りたたんだ四つ足を再び真っ直ぐに伸ばします。
すると地面にへばり付いていた「家獣」の象のような身体はシュナンたちを背中に乗せたまま宙に浮き上がり見る見るうちに上昇して行きます。
「家獣」が折りたたんでいたとてつもなく長いキリンみたいな脚をピンと張るとシュナンたちが背中に乗っているその巨獣の背丈はすぐ横にそびえ立つ街を取り囲む城壁と同じくらいの高さにまで達していました。
シュナンたちは「家獣」の背中に建つ家を囲む柵の近くに並んで立っておりそこから見下ろすと城壁の向こうに広がる市街地の様子が一望出来ました。
それはまるで高層の建物の5階くらいから下を見下ろすような眺めでした。
彼らが更に視線を下げるとはるか下の城門付近の地面から市民のみんながこちらを見上げて手を振っているのが見えます。
今は豆粒みたいに見える地上にいる市民たちに向かって遥かな高みにある「家獣」の背中の上から手を振り返すシュナン一行。
巨獣の背中の上で囲いの柵を握りしめて手を振るシュナン一行とそれに応えて地上から懸命に手を振る大勢の市民たち。
しばし地上と上空から手を振りあっていた両者ですがそんな彼らにも否応なく別れの時は訪れます。
「東北東に進路を取れ」
シュナンの発する命令とともに彼と仲間たちが背中に乗る「家獣」は象のような雄叫びを一声上げるとそのキリンに似た細い脚で歩き始めやがて街を取り囲む城壁からゆっくりと離れていきます。
城壁の正門前にシュナンたちを見送るために集まった数多くの市民たちは大きく手を振り惜別の声を上げながらその自分たちから徐々に遠ざかる巨獣の後ろ姿を万感の想いで見つめました。
彼らの目に巨獣の背中の上で柵につかまりながら自分たちに向かって手を振るシュナンたちの姿が小さく映ります。
彼らが子々孫々まで語り伝えるであろう伝説の希人(まれびと)たちの姿が。
やがて懸命に手を振る街の人々の感謝の叫び声が届かないほど遠くに去ったその巨獣の孤影は朝霧にかすむ地平線の向こうへと静かに消えて行きました。
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