メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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夢見る蛇の都

その43

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 やがて大勢の兵士たちが、堀の底の石造りの床で右往左往する中、彼らの間に微動だにせず立つペルセウス王の石像は、必死にこの死地から逃げ出そうとするその兵たちの身体とぶつかり、鈍い音を立てて床上に倒れ込みます。
その堀の底の床上に横倒しとなった王の石像の上を、大勢の逃げまどう兵士たちが足裏で踏みにじり、一顧だにする事なく通り過ぎて行きます。
メデューサの力で身体が石になりかけている兵士たちからは、王に対する忠誠心など一切消え失せており、もはや彼らの頭の中には、一刻も早く伝説の大怪物メデューサがいるこの悪夢の地から遠ざかり、現在自分たちを襲っている凄まじい恐怖から逃れたいという強い気持ちしかありませんでした。
ラピータ宮殿を支える高い土台の周りから、まるで波が引くように逃げ去ったペルセウス軍の兵士たちは、今度は今まで自分たちが陣を張っていた、宮殿の周囲に広がる深い堀の中からも脱出する為に、その堀の外周部についた幾つかの大きな階段の前に集まり始めました。
その堀の外周の内壁に幾つか設けられた大きな階段は、堀の底と地上とを長い縦階段で結んでおり、外部と孤立している広い堀の中に屹立する高い土台の上に建つ「天空の城」ラピータ宮殿と、堀の外の外界とを行き来する唯一の道の一角をになう、堀の内壁を昇り降りする為についた連絡用の階段でした。
恐怖にかられたペルセウス軍の兵士たちは、ラピータ宮殿の周囲に広がる深い堀から脱出しようと、その堀の底と堀の外の地上との間を行き来する為に、堀の外周部の内壁に設けられたいくつかの大きな階段に、まるで波が押し寄せるように殺到します。
しかし、堀の外周部分の内壁に数基ついている、地上へと続くそれらの大きな階段に押し寄せた大勢の兵士たちは、我先にと争うように階段を昇った為に、途中で互いに押し合って団子状態となり中々、階段を昇りきって地上に脱出する事が出来ません。
それどころか、メデューサの魔力で徐々に石化しつつある彼らは身体のコントロールがうまく取れず、階段を踏み外して元いた堀の中に落下したり、周りを巻き込んで雪崩を起こすように大人数で階段を転げ落ち、他の者が階段を昇るのを妨げたりする兵士たちも大勢いました。
今や高い土台の上に建つラピータ宮殿の周りに広がる深い堀の中は、潰走してそこから逃げ出そうとするペルセウス軍の兵士たちによって混乱の極みに達し、彼らの発する怒号と悲鳴が激しく飛び交う地獄のような場所となっていました。
彼等に包囲されていた、ラピータ宮殿を支えている堀の中に屹立する高い土台の周りからは、潮が引くように誰もいなくなり、ガランとした石造りの地面にはバラバラに打ち捨てられた武器類と共に、横倒しとなったペルセウス王の石像がポツンと転がっています。
そしてー。
そんな状況を超然と見下ろすように堀の中に屹立する、長い階段のついた塔みたいな形状の高い土台の上には、そこに建つラピータ宮殿の門前で仁王立ちとなっている、ラーナ・メデューサの鬼気迫る姿がありました。
石畳の上に横たわるシュナン少年の石像の傍に立つ彼女の蛇の髪は、まるで鎌首をもたげたように全て逆立っており、その下の真紅の魔眼は血の涙を流しながら全体が発光していて、不気味な赤い光を放っています。
世にも恐ろしい形相をその顔に浮かべながら、シュナン少年の横臥した石像の傍らに立つ彼女は、愛する人を失った事による絶望と憎悪から破壊衝動の塊となっており、真っ赤になった魔眼から凄まじい魔力のオーラを周囲に対してまき散らしていました。
元々は神々の権能の一部であるその魔眼の力は、代々強力な超能力の持ち主であったメデューサ王の裔であるメデューサが、潜在的に持つ能力と合わさって、凄まじい威力を発揮しており、その魔力が及ぶ範囲は、高い塔みたいな土台に支えられたラピータ宮殿の門前にいる彼女が立つ地点を中心として同心円状に展開し、周囲に広がる深い堀を含めて広大な宮殿の敷地内をすっぽりと覆っていました。
メデューサが放つ強力な魔の波動は、彼女が、足元に横たわるシュナン少年の石像や、近くに寝転がるレダやボボンゴたちと共にその門前にいる、ラピータ宮殿の周りにまるで同心円を描くように広がっており、上空から見ると、宮殿を支える高い土台の周辺に、ドーナッツ状の赤い霧がかかっているみたいに見えました。
そしてそんな悪鬼のような姿となって、シュナン少年の仇であるペルセウス軍に己が強大な魔力をぶつけ、彼等を宮殿の周囲から駆逐するメデューサに対して、彼女から少し離れた場所で、いまだに身体を拘束された状態で石畳の上に寝転がっているレダとボボンゴは、変わり果てた仲間の放つ凄まじい憎悪の波動を間近に感じ、ただ恐怖に震えながらその身を伏せる事しか出来ませんでした。
メデューサの広範囲に放つ魔力によって石像と化す恐怖におびえたペルセウス軍の兵士たちは、彼女がその門前にいる、深い堀の中に屹立する高い土台の上に建つ、ラピータ宮殿に対して展開していた包囲陣を解き、そこからまるで蜘蛛の子を散らすように潰走して行きます。
彼らが放り出した多数の武器が散らばっている石造りの地面の間に孤独に横たわる馬に乗った姿のペルセウス王の石像をその場に残したままー。
潰走したペルセウス軍は、すでに魔力の波動に覆い尽くされた周囲に広がる堀の中からも脱出しようと、その堀の外周部の内壁に複数基ついた大きな階段に取り付き、堀の中から外に出ようと先を争って上方へと伸びた階段を昇り始めます。
しかしー。
パニックを起こした彼らはすでに兵士ではなく戦闘意欲を失った烏合の衆と化しており、徐々に石像となる恐怖におびえながらメデューサの放つ魔力から少しでも離れようと、外界へと通じる堀の内壁に数箇所設置された縦に伸びた長い階段を争って昇り、やがてその途中で押し合いへし合いを始めると、そこから弾かれた者は次々と元いた堀の中に落ちて行きます。
徐々に身体が石化する恐怖におびえて互いに足を引っ張り合い、自分だけは危地を脱しようと、堀の底から地上へとつながる、堀の内壁に数箇所つけられた長い階段に群がる兵士たちのその姿は、まるで地獄から抜け出そうと天から垂らされた蜘蛛の糸に群がる亡者の群れのようでした。

そしてそんな彼らに更なる災厄が訪れます。
押し合いへし合いしながら、堀の底から地上へとつながる堀の内壁に数箇所ついている長い縦階段を昇り、ようやく外の地面にたどり着こうとしていた兵士の一人が、急に階段を昇るその足を止めると、自分たちの昇っている堀の内壁部分の延長線上にある奥まった一角を指差し、大きな声で叫びます。

「水だっ!!水が来るぞーっ!!!」

堀の中から脱出するために、その兵士と一緒に堀の内壁についた上方へと伸びる長い階段を昇っていた周りの兵士たちも、件の兵士の指差した方を見て口々に叫びます。

「うわあぁーっ!!!み、水だーっ!!水が押し寄せて来るぞーっ!!!」

それは、ラピータ宮殿の周囲に広がる深い堀の内壁部分の一角に設置された、巨大な水門が開かれた為に引き起こされた出来事でした。
そしてその水門を開き、大量の水を宮殿の周りに広がる堀の中に引き込んだのは、シュナンの旅の仲間の一人である吟遊詩人デイスでした。
シュナンの旅の仲間である彼は、少し前に他の仲間たちがいるラピータ宮殿の門前から離れ、ただ一人宮殿の中に舞い戻っていました。
そして事前に確認しておいたラピータ宮殿内に存在する秘密の扉から、通路内に侵入し、網の目のように宮殿の周辺に張り巡らされ、周囲を取り囲む堀の底の地下部分にまで延びたその秘密通路を移動すると、やがて彼は、宮殿を支える高い土台を遠巻きにして囲む、堀の外周部の内壁についた大きな水門にまでたどり着いたのです。
更に彼は、その大きな水門を稼働させる為に、手動の開閉装置がついているあたりまで堀の内壁を必死でよじ登ると、水門の可動部に、懐から出した手製の爆弾をいくつか無理やりねじ込みます。
これは吟遊詩人デイスが、錆びついた水門の扉を何とか開けようとしたものの、遠隔操作はもちろん手動での開門も、500年以上もメンテナンスが行われていない以上無理だろうとその状態を見て判断し、悩んだ挙げ句に、懐に隠し持った爆弾で手っ取り早く水門の可動部を破壊して、錆びついた扉自体を吹き飛ばし、それによって外部の水流を堀の中に引き込もうと考えたからでした。
大きな湖を水源とする貯水池から流れ込んだその水流で、堀の中にひしめくペルセウス軍を一挙に壊滅させる為にー。
やがてズドンという大きな音と共に水門についていた扉が吹き飛び、そこから大量の水が堀の中に流れ込み始めました。
しかし不思議な事には水門の扉が爆弾で吹き飛んだ時、すぐ側で堀の内壁にしがみついていたはずの吟遊詩人デイスの姿は、その場からかき消すようにいなくなっていました。
彼はそれが破裂する直前まで爆弾を水門に仕掛けていたはずでした。
それなのに何故ー。
ともあれデイスが水門を破壊した事によって、そこから大量の水が流れ込み、堀の中にいるペルセウス軍の兵士たちに牙を向いて襲い掛かります。
地をなめるように走るその水流は、まずはラピータ宮殿が建つ高い土台の上からメデューサが発する魔力の波動におびえ、堀の底の石造りの地面を右往左往する兵士たちをあっという間に押し流しました。
更に深い堀の内壁に数箇所ついている、長い縦階段を昇って堀の外の外界へと逃げ出そうとしている兵士たちにも、その凶暴な竜の顎のような水流は白波を立てて次々と迫り、彼らを容赦なく水中へと引きずり込みます。
運良く堀の中から外界へ脱出できた者以外は、全てその巨大な水流に飲み込まれ、悲鳴を上げながら水の中へ沈んでいきます。
こうしてメデューサの魔力の発動により、撤退を余儀なくされ潰走した西の都の軍勢は、突如として襲来した津波のような大水流によって更なる追い討ちを受け、生き残った者もてんでバラバラに逃げ出すしかない悲惨な壊滅状態となり、精強だったかの軍はついに完全に崩壊してしまったのです。
ラピータ宮殿の周辺に広がる堀の中を席巻した巨大な水流は、逃げ遅れたペルセウス軍の兵士たちを容赦なく次々と飲み込んでいき、やがて満足したのかその勢いを少し弱めると、メデューサたちがそこにいるラピータ宮殿を支える高い土台に、白波を弾かせてぶつかります。
そして更に勢いを弱めると、その塔みたいな高い土台の周りに、まるでとぐろを巻くような黒い渦を作りました。

[最終章に続く]
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