ナロー姫の大冒険

その2

旅立ちの朝

 ナロー姫は旅立ち前に母親たちに冷や水を浴びせられ少し意気消沈してしまいました。
それでも何とか自分自身を奮い立たせ顔をツンと上げて王宮の広い廊下を歩きます。
そして自分の部屋の前まで来た時にナロー姫は部屋の扉の側で佇む一人の人物に気付きました。
最初は旅のお供になるはずの騎士、シールズ・ガウェィンかと思ったのですが違っていました。

「カクヨーミお兄様」

その人物はナロー姫にとって兄にあたるカクヨーミ王子でした。
横分けにした金髪を指でもてあそび軽薄な薄笑いを浮かべるいかにもチャラそうな男です。
彼はナロー姫の部屋の扉がある通路の壁に腕を組んでもたれかかり胡散臭そうな目でナロー姫を見つめます。

「冒険者として旅に出るそうだな。フンッお嬢様のお遊びにしては度が過ぎているのではないか。ちょっとは人の迷惑を考えろよ」 

ナロー姫は兄の顔もまともに見ないでツンと横を向き無愛想な声で答えます。

「お兄さんには関係ありませんわ。ちゃんと陛下の許可は得ました」

そう言うとナロー姫は傍らの壁際で腕を組み自分を見つめるカクヨーミ王子を完全に無視して部屋の扉を開け自室へと入っていきました。
バタンと王子の目の前でナロー姫の部屋の扉が閉まります。
カクヨーミ王子は部屋の外の通路でその閉まった扉をしばらく無言で見つめていましたがやがて肩をすくめるとその場を去って行きました。
実はナロー姫とカクヨーミ王子は本当の兄妹ではありません。
ナロー姫は国王夫妻の一人娘で長子なのですがこの国では男子でないと基本的に国王の座を継ぐ事が出来ません。
そこで十年くらい前に国王陛下の弟に当たる貴族から一人の男子を後継ぎ候補として養子にもらったのです。
それがカクヨーミ王子なのです。
つまりナロー姫とカクヨーミ王子は血筋からいえば父方のいとこに当たるのでした。
二人は幼少の頃はいつも一緒に遊んで実の兄妹の様に仲がよかったのですが成長し思春期に差し掛かると何となくお互い壁ができて近頃ではかなり険悪な関係になっていました。
それに最近のカクヨーミ王子は非常に素行が悪く特に女性関係で悪い噂が絶えませんでした。
宮殿で働く何人かの侍女に手を出しているというのです。
ナロー姫は母に仕える親しい侍女から直接その話を聞かされ信じざるを得ませんでした。
ナロー姫は兄がすっかり変わってしまったと思いとてもガッカリしました。
そんなこんなでナロー姫はカクヨーミ王子とは距離を置くようになっていたのでした。
さて、ナロー姫は部屋に戻ると旅支度を始め、必要な物をリュックサックに詰め込みました。
着替えの下着に携帯食料や水筒。
雨具や地図にコンパス、寝袋に夜のお供のライトノベルなどです。
もちろんお金は必要なので今までに貯めたヘソクリの金貨を全て皮袋の財布に入れて持っていく事にしました。
そして明日の旅立ちに備えていつもより早めにベッドにはいり眠りに就いたのでした。
しばらくはこんな柔らかなベッドで眠ることは出来ないだろうなと思いながら。

翌朝、城の城門の前に旅支度を整えたナロー姫とお供の騎士シールズの姿がありました。
ナロー姫は動きやすく丈夫な長袖の上着にフレアスカートその上から旅人用のマントを羽織り山道でも平気な革製の長靴を履いています。
そして魔法使いの杖を片手に持ち荷物の入ったリュックを背負って茶色い仔馬に乗っていました。
傍にはお付きの騎士であるシールズが控えています。
シールズは全身を覆う銀製のフルアーマーを装着しておりナロー姫の乗っている仔馬より何回りも大きな黒い軍馬に跨っていました。
重騎士の彼は顔まですっぽりと銀製のマスクで覆っている為その表情をうかがい知る事はできません。
しかしナロー姫は子供の頃から自分に護衛騎士として仕えてくれている彼に全幅の信頼を寄せており今回の旅でもとても頼りにしていました。
さて城門の前で今から旅立とうとしている二人を高い城壁の踊り場から見下ろす人々がいました。
国王陛下やお妃それにお城に仕えている侍女や家臣たちです。
彼らはナロー姫とシールズ卿を見送るためにわざわざその場所に集まったのでした。
ナロー姫は城壁の上にいる国王たちを見上げて杖をブンブンと振って別れの挨拶をします。

「行ってきます！お父様、お母様、それにみんなっ！！ナローは必ずビッグになりますわ！！」

そうして仔馬の手綱を取ると横に並んで馬に乗るシールズと共に城門の前から旅立って行きました。
次第に小さくなっていく二つの馬影を城壁の上から国王陛下たちが心配そうに見送ります。
やがて二人の姿は城下の村へと続く小高い丘の向こう側に消えていきました。

「心配だなぁ」

城壁の上の誰かが言いました。

[続く]